ステージ#8:第3日
#8:第3日 (1) 心の動揺
第3日-2041年4月3日(水)
「では、3日目、午前6時時点での
まず
H-2・キャットは訪問場所を12ヶ所クリア、うち必須は9ヶ所、キー・パーソンは二人と接触、ステファンとスザンヌ、それぞれレヴェル1、サブ・キー・パーソンはニールスの
H-11・クリバーは訪問場所を13ヶ所クリア、うち必須は11ヶ所、キー・パーソンは二人と接触、ロイスとダフィット、それぞれレヴェル1、サブ・キー・パーソンとの接触はなしです。
キー・イヴェントは、前日にステファンを除く5人のイヴェントが発生、ステファンは3日目未明に発生しました。以上ですが、それぞれコメントをお願いします。まず、ミスター・レッド?」
「状況的には
「ミス・グリーン?」
「
「では、ミスター・ブルー?」
「そうだなあ、二人の意見には同意するけど、僕はやっぱりステファンとの接触に期待したいなあ。
「他の二人の
「ノー・コメント」
「了解です。では、3日目、アクション!」
6時45分起床。着替えて外に出る。寒い。街のあちこちが白くなっている。夜明け直前の空は晴れているが、夜の間に雪でも降ったのだろうか。4月なのに。俺、寒いの苦手なんだけどな。フットボールの練習中とゲーム中は我慢してたし、今日も我慢するか。
昨日と同じように街中をゆっくり走って、スタツ公園へ行く。寒いが、昨日と同じように、走っている人はかなりいる。ただし、見た目の印象だが、男より女の方が多いようだ。
昨日と同じく、反時計回りに走る。昨日と同じく、池の端で絵を描いている男がいる。ただし、場所は少し違っている。昨日と同じく、広場でサッカーの練習をしている親子がいる。こういう日は子供の方が元気だよなあ。そして昨日と同じく、走っている連中たちを追い越していく。
追い越しながら数えたが、やはり女の方が多いようだ。しかも、昨日より寒いのに上着を着ず、昨日と同じような寒々しいウェアで走っている。昨日と同じ女を見かけたわけではないが、ほとんどみんな半袖シャツ、ドルフィン・ショーツ、レギンスだ。もしかしたら、この時代のベルギーに有名な女子陸上アスリートがいて、そのスタイルを真似ているのかもしれない。
どうでもいいことだが、と思いながら、一際プロポーションがよくて、ファッショナブルなウェアの女を追い越す。ランニングやジョギングをする女は、元々健康でプロポーションのいい身体を持っていながら、更に健康でプロポーションを良くしようという願望を持っているのではないかという気がする。
合衆国だけかもしれないが、男でも女でも、肥満で運動が必要だと思えるような奴らは、絶対にジョギングをしない。他の運動もしないから、更に肥満になる。負の悪循環だな。そうして肥満とそうでない奴の差が広がっていく。
サッカーのボールが俺の方に転がってきたので、拾って投げ返す。蹴り返すととんでもないところへ飛んで行くのがオチだ。止まっているボールならコントロールできるんだがな。投げる方は、走りながらでも、子供の足下にぴったり返すことができた。
絵描きの男は、今日も描くのが早い。ちょっと注目しておく。しばらくすると女が横に現れるのは昨日と同じ。似合いの
1時間ほど走り、ラスト1周の時に、さっきのファッショナブルなウェアの女をまた追い越した。2回追い越したのは彼女だけだな。それだけ長く走っていたということだろう。
ホテルに戻ってシャワーを浴びてから朝食。ラウンジで気を付けていたが、今朝はデボラはいなかった。時間を変えたのかもしれない。
朝食の後、すぐに街へは出ず。フィットネス・ジムへ行く。昨日の夜に、今日何を調査するかを考えたが、博物館へ行くくらいしかないという結論になった。この街の博物館で考古学的美術品を扱っているのはMASくらいだが、そのコレクションはかなり特殊で、その他は絵画中心ばかりのようだから、聖杯なんてどこにも置いていなさそうだが、他にすることがないから仕方ない。もしかしたら“最後の晩餐”のように聖杯を描いた絵があるかもしれないからな。
昨日、教会やルーベンスの家で見た絵にはそういうものはなかったが。ともかく、博物館はどこも開館が10時だから、1時間ほど暇がある。
「今日もキー・パーソンには気付かず、声もかけずか。ここではイヴェントが起こらないから仕方ないけど、存在くらいは気付いてるのかな」
「視界には入ってるから、気付いてはいるんじゃないかしら。確か彼の場合、広い視界で、対象をぼんやりとしか見ないんでしょう? フットボーラーの癖だったと思うけど」
「見ていないようで見ている、あるいは見たことを映像的に憶えていて後で、思い出したりするのか。視線検知アルゴリズムが役に立たないのはやっかいだなあ」
「映像記憶の解析アルゴリズムとか、面白そうじゃない。レッドが研究してみたら?」
「海馬の活動部位のリアルタイム解析か。それにはチャンネル数の大幅増加が必要だろうね。適合者がいないんじゃないかな」
「ミスター・レッド、ミス・グリーン、お二人とも、観察に集中して下さいね」
さて、今日はメグに誂えてもらった服を着ていくか。せっかくスーツ・ケースまで用意してもらって服を詰めてくれたのに、まだ開けてもいないからな。
おいおい、何だ、これは、買ってもらった服より多くないか? 新品のシャツに新品の下着? もしかして追加で買ってくれたのか? それはまた今度に着るか。一度着たことがある服はこれとこれと……あれ、何だ、このポーチは。中に紙が……手紙?
“愛しきミスター・アーティー・ナイト
何枚ものメッセージをしたためていながら、やはりあなたとお別れすることの寂しさに耐えがたく、ここにあなたへのプレゼントを同梱します。いずれも私が最近まで身に着け、大切に使っていた物です。これを常にあなたの身近に置いて、私のことを想って下さることを願っています。
心乱れるメグより”
いや、メグからメッセージをたくさんもらえるのは嬉しいけど、この調子だとこの荷物の中にどれくらいメッセージが仕込んであるんだよって気がしてくるな。スーツ・ケースの隠しポケットとか、上着の内ポケットとか、新品のシャツの袋の中とか。
とりあえず、このポーチの中に入ってるのは……おお、ネックレス。チェーンの長さが短いな。そうか、メグが着けてたんだから女物だ。チェーンを足せば俺が着けることもできるが、不自然だろうなあ。それから……おいおいおい、これはさすがにちょっと! いくら“心乱れるメグ”からだって、こんな物もらったら困惑するのはこっちだぜ。
「何をもらったの? 見えないわ」
「所持品リストを見ればいいよ。あっはあ、これはすごいね。いくらヴァケイション用に調整済みの仮想人格だからって、ここまで過激な性格にするのはどうかと思うなあ」
「本当ですねえ。私ならどんなに好きな相手でも、これは恥ずかしくて無理です」
「確かに、ステージに対する
「本当ね、シナリオ製作チームの担当者の性格の悪さが窺えるわ。友達がたくさんいるからあんまりひどいこと言いたくないけど。グレイ、とりあえず、この件に関する私たちの感想は発言記録から削除しといて」
「もちろん、了解です」
15分ほどかかって心の動揺を何とか抑えることができたので、着替えてホテルを出る。10時を過ぎてしまった。今日巡るのは近場ばかりだが、やはり自転車を使うことにする。
まず行くのはMAS。昨日も朝に通りがかったが、ドックのそばに建つ、赤くて四角い博物館だ。外壁は煉瓦色のタイルとガラス窓が螺旋を描くようにデザインされている。名前はムセウム・アーン・デ・ストローム、“流れの側の博物館”の意味。してみるとこの水場はドックではなく川だったということになるが、そんなことはどうでもいいとして、今日はここを起点に順次南の方へ攻め下ることにする。
チケットを購入し、中へ。今日は特別展示があるので15フラン。展示は3階から8階とあるが、階の表示はヨーロッパ式なので一番下がグランド・フロアだから、アメリカ式だと4階から9階となる。最上階は11階、無料で入れる展望台。もちろん、一番最後に行くことにする。
外観は螺旋状だったが、中に入るとエスカレーターも螺旋状に配置されている。エスカレーター自体が曲がっているのではなく、上のフロアに行って右に折れるとエスカレーターがあって、それを上がってまた右に曲がるとエスカレーターがあって……という具合だ。
しかも、各階の展示室へはドアを開けて出入りするようになっている。ちょうど劇場や映画館のように、エスカレーターのあるスペースがロビーで、展示室が客席、という感じ。
各階にテーマがあって、4階は特別展示、5階“力の誇示”、6階“世界の都市”、7階“世界の港”、8階と9階“生と死”。どうしてこういう種々雑多なことになっているかというと、ステーン城を始めとする色々な博物館の展示物をかき集めてきたから、ということらしい。
特別展示はブリュッセルの色々な博物館との交換展示。王立美術館、市立美術館、自然史博物館、ベルビュー博物館、マグリット美術館といったオーソドックスなものから、楽器博物館、ビール博物館、チョコレート博物館に漫画センターなどという特殊なものまで。この世界のことだから、特別展示はターゲットに何かしら関係があるだろう。
その他は5階、8階と9階くらいかな。順に見ていくが、4階だけでも展示物が多すぎて、訳が解らないことになっている。ベルギーを代表する芸術家の絵画・彫刻諸作品の横に、古代の楽器や世界各地の珍しい楽器、恐竜の骨や珍獣の剥製、ビール蒸留樽と様々な形のグラス、チョコレートを作る職人の蝋人形という有様だ。何を見たかも憶えきれない。こんなところからターゲットのヒントを見つけるのは、それこそ宝探しのようなものだ。
俺としては手間取って30分もかけてから見終わると、次は5階。まず、様々な武器。うん、まあ、力の誇示だね。それから甲冑。16世紀頃のいわゆる“
6階、7階もざっと見て回ったが成果なし。8階は宗教に関する遺物がたくさん展示してあって、これはと思ったのだが、キリスト教に関する展示はごく一部で、世界の宗教というか、死生観というか、呪術的な展示が主だった。
9階は“ヤンセン・コレクション”で、マヤやインカなどの南米の古代工芸品が展示されていた。宗教儀式に使われた杯でも展示されているかと思ったのだが、なかった。色々ありすぎたので、何かを見逃している気がしないでもない。
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