ステージ#8:舞台の上の夢
#8:百周年記念会場-2066年2月14日(日)
第1
次のキック・オフまで、
そもそも、各ハーフ終了
待ち時間が残り30秒になって、サイド・ラインからフィールド内のハドルへと歩き出す。そろそろ映像がスタジアムへ戻って来た頃だ。歩く俺の姿が映っているのか、それともフィールド内のハドルなのか。頼むから俺は映さないでいい。
ハドルに近付くと、今日のレフェリーのエディー・ホキュリが声をかけてきた。
「
相変わらずすごい筋肉だ。弁護士なのになぜこんなに鍛えているのか。大叔父のエディ、叔父のショウン、そして彼と、ホキュリ・ファミリーは3人ものNFLレフェリーを排出した。名実ともに“オフィシャル・ファミリー”だ。彼もまた、この
「ありがとう、エディー。だが、入場の時にあんなにブーイングが多かったのは初めてだ。まるでテキサス・スタジアムに来たようだよ」
「それはいつもと緊張感が違うせいさ。今日は
「俺たちはいつだって前半から真剣にやってるよ。結果が伴わないのは、主に俺のミスが多いからさ。しかも今日は相手が相手だ。
「とにかく、
言いながら、エディーは俺の腰をパンパンパンと3回軽く叩き――それはよく知られた彼の激励のジェスチャーだ――自分のポジションへと就いた。既にプレイ・コールはサイド・ラインから出ていて、俺がハドル内で伝えるべきことは何もない。
「2分は長いな、ボビー」
ボビーに声をかけてみる。ポジションは
「そう感じてるのはアーティーだけだよ。僕はもう慣れた」
ボビーは気合いを入れるかのようにヘルメットを両手でバンバンと叩いた。さっきからずっとそうやっている。実は緊張をほぐすためであるというのは解っている。
他の連中だってそうだ。会場の雰囲気を楽しむかのように辺りを眺め回しているが、実は何も目に入っていない。腰に手を当て悠揚とした態度で身体を揺らしているが、実は不安を抑えるために体重移動を繰り返しているだけ。周りの10人、みんながみんな、落ち着かないことこの上ない。ところで、俺は落ち着いてるのか? よく解らんな。
無理もない。11月の第1週の時点では、ジャガーズのメンバーがこのフィールドに立っているなんて、誰も夢想だにしなかった。もちろん俺だって同じ。ここにいるのは何かの間違いのような気がする。
たぶん、誰かの夢の中なのだろう。それにしても、大きな夢を見る奴だ。スタッフの顔どころか、チア・リーダーや、観客の顔まではっきり見える夢なんて、そうそうないじゃないか。レディー・フォー・プレイの笛が鳴った。
「ヘイ、
ハドルを
「そんなの見えるわけないだろ」
「OK、
ヘッド・コーチ兼攻撃コーディネイターのジョー・ブルックスはカレッジの時の攻撃コーチでもあったが、最初のプレイで時々こういう無茶なプレイ・コールを出すことがある。
「
ディフェンスの
「オマハ、ハット!」
スナップが出た。ヘイ、高すぎだ! 頭の上をあっという間に越えていく。2フィート跳んだって届かない。振り返ると、ボールはもうエンド・ゾーンに転がり込もうとしている。
リカヴァーか!? いや、こぼして相手に押さえられたらタッチダウンだ。蹴り出すか!? かっこわるいからやめとこう。リカヴァーに飛び込むふりをして、ボールを手で弾き、エンド・ゾーンの向こうにボールを押しやる。
レフェリー・ホキュリが頭の上で両手を合わせる。セイフティー。2点献上だが、仕方ない。7点取られるよりはいい。スタンドが騒然となる。白と青のジャージーを着たファンが大熱狂している。
「あーーーーー! ああーーーーー!」
サイド・ラインに戻ると、ヘルメットを脱いだボビーが大声を上げている。ヘルメットをフィールドに叩き付けないだけ、大人になったものだ。「
「ヘーイ、ロォバァーーート!
「
怒りで真っ赤になっていたボビーの顔が、あっという間に真っ白になっていく。カレッジの時も、ゲーム中に奴がちょっとでもミスをしたら、こうやってサイド・ラインで「
特に、“ボビー”ではなく“ロバート”と本名で呼ぶと、俺の本気度が伝わって、奴は震え上がる。
「おい、アーティー、落ち着けよ!」
控え
「ダニー、よく見ろよ、俺は常に落ち着いてるぜ。ゲーム直前にビビって小便行ったりもしねぇからな」
わざと野卑な言葉遣いをしてみせる。ダニーが睨むが、全然迫力がない。
「落ち着いてないのはボビーの方だ。奴の頭が空っぽになるまで、一緒にスナップ練習をやろうぜって誘ってるだけさ。ヘイ、ボビー!」
「解った、解ったよ、アーティー」
ボビーが泣きそうな顔をしながら付いてくる。カレッジの先輩の言うことに文句を言わず素直に従うのは、奴の長所の一つではある。もちろん、プロでは奴の方が先輩なのだが、それでもなぜかこの力関係だけは変わらない。キック・ケージの横まで連れて行って、ヘルメットを被らせ、セット・バックからスナップを20本出させた。
「よし、今はここまでだ。いいか、ボビー、5年前にもお前は同じことをやらかしてんだぞ。そのことを思い出しやがれ!」
「解った、解ったよ、アーティー。もう絶対に失敗しないよ」
ボビーの反省の弁を聞いてベンチに戻る。頭からタオルを被り、周囲への無関心を装う。フィールドではもう相手の攻撃が始まっている。セイフティーの後は、相手の攻撃から始まるから大損だ。またパスを通された。歓声が高まる。相変わらずうちのディフェンスは前半ボロボロだ。守備コーディネイターのバリーはマゾヒストなのかもしれない。
「珍しいな、アーティーがあんなに荒れるなんて」
J・Cの呟きが聞こえる。誰かと話してるのだろう。5ヤードくらい離れている上に、スタジアムの大歓声があるから、俺には声が届かないと思っているようだが、俺の耳がとんでもなくいいことを奴は知らない。カレッジの時は対戦相手だったからな。
「ありゃあ、たぶんわざとだよ。みんなが混乱している時に一人荒れている奴がいると、周りは却って冷静になれるもんだ。カレッジの時も何度かあった」
話し相手はどうやらケヴィン・ダレイマスだったようだ。奴はカレッジの同級だから、俺がなぜ怒ったか気付いただろう。
「あいつが? ショック療法ってやつ? そこまで考える
「そこまで考える
J・Cがちらりとこっちを見た。とても信じられないという顔をしている。
「OK、みんな、次の攻撃シリーズの説明だ。集まってくれ」
ジョーが寄って来てサイン・ボードをみんなに見せる。説明を聞きながら、ボビーの後ろ頭を見る。ジョーのプレイ説明に真剣に聞き入っているようだ。それはいいが、さっさと5年前に何があったかを思い出しやがれ!
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