#8:第1日 (6) 手紙、手紙、手紙!
それで、別紙って……待て、何だ、この便箋の枚数は。どれだけ長い追伸なんだよ。
“追伸
お優しきミスター・アーティー・ナイト
この度は私どもシェラトン・ミラージュ・ポート・ダグラスをご利用頂きまして誠にありがとうございました。”
……えーと、出だしはさっきとほとんど一緒だな。まあ、いいか。
“あなたのお世話役に指名されてからというもの、私のサーヴィスにご満足頂けるかどうか、大変不安に感じておりました。それと言いますのも、私が男性のお客様のお世話役を務めるのが、初めてだったからです。加えて、財団の重要な役職をお務めの方と伺いましたので、ご到着になる数日も前から、ずっと緊張しておりました。
しかし、あなたがご到着になり、お姿を拝見した途端、私の重かった心がたちまち晴れて、最上の笑顔で挨拶ができたことを、大変嬉しく思いました。その時には、なぜそれができたのかを不思議に思っただけでしたけれど、あなたの気取りなく自然で鷹揚な振る舞いに接し、私に対する細やかなお気遣いを感じるうちに、人の心を安らかにする
初日の午後に、オプショナル・ツアーを一緒に検討させて頂いた際、私がエアーズ・ロック・リゾートを熱心にお薦めしたことを、憶えておいででしょうか? 他の日帰りツアーでは日中はあなたと離れてしまうのに対し、1泊のツアーではより長くあなたと接していられることで、少しでも早く親密になって、あなたに合わせたサービスが提供できるようになりたいと望み、また、私どものホテルでない場に身を置いた時でも、変わらぬ快適さを感じて頂けるよう務めたいと願い、お薦めしたのでした。
そういえばあのリゾートの夜にはあなたから「夢で会おう」というお休み前のメッセージを頂きましたが、その夜、本当にあなたが私の夢に出てきた時には、どれほど驚きかつ幸せに感じたことでしょう! それまで私があなたのことを真剣に考え続けたそのご褒美かと思い、最終日までより良いサーヴィスに努めようと心新たにさせられたのでした。
私がお客様のお世話役を務めた経験の中で、これほど楽しい日々は初めてでした。中でも特に楽しかったのは、フットボールの練習のお付き合いをさせていただいたことです。
私はあなたが研究者と伺っておりましたので、フットボールのような勇壮なスポーツを愛好されているのを、失礼ながら意外に感じていました。しかし、あなたが投じられたボールを受けてみて、また、その正確無比な球筋を見て、これは“
一つだけ残念だったのは――本当に些細な残念事なのですが――あなたと一緒にテニスを楽しむ機会がなかったことです。私のテニス・ウェア姿はフットボールの練習の時にお目にかけましたが、もしあなたと一緒にテニスをプレイすることができていたら、私の“サーヴィス&デリヴァリー”であなたにご満足頂くことができたのではないかと考えていました。平たく申しますと、私とテニスをプレイするととても楽しいということを感じて(そしてきっと私も楽しいと感じたのでしょうが)、当地でのアクティヴィティーの一つとして思い出にして頂きたかったのです!
最後になりましたが、あなたが私どものホテルにお越し頂き、また私がお世話係としてあなたにサーヴィスすることができて、大変感謝しています。次に北クイーンズランド州にお越しの機会には、また私どものホテルをご利用頂きますよう、またその際には是非とも私をお世話係としてご指名頂きますよう、よろしくお願いいたします。
あなたの忠実なるお世話係
メグ・ハドスン
三伸、このメッセージはあの事件の前に書きました。あの後で改めてあなたに対して思うことがあり、メッセージをしたためましたので、別紙をご覧くださいませ。”
おお、何という愛のあるメッセージ。メグがこれほど俺のことを買い被っていたというのは驚き以外の何物でもないが、こんなにも愛おしく思ってくれていて大変嬉しく思うと同時にまだ続きがあるのかよって感じだな。いや、メグからのメッセージなんて1週間分あっても嬉しいけど。それで、
“三伸
愛情深きミスター・アーティー・ナイト”
……“
“この度は私の不始末によりあなたに大変なご迷惑をおかけし、誠に申し訳ありませんでした。メッセージにてこれ以上の悔いを述べることは、常に前向きなあなたのお気に染まないと存じますので、感謝の気持ちを述べさせていただくにとどめます。
いいえ、どれだけの言葉を尽くしても、あなたに感謝を伝えるには足りません。ですが、あなたの言葉と行動で、私の罪の気持ちがどれだけ救われたかを、ほんの一端でも解っていただけたら!
あなたに初めてお目にかかった時、私の心が捉えられたことは前信にてお伝えしましたが、私の心を捉え、また私の心の底を覗くことなど、あなたにとっては
接客とはお客様の願望を汲み取ったり、要望を先回りして叶えたりするだけではなくて、能う限りの愛情をもってお客様に接することであり、その愛情を少しでも曇らせるような些事があれば、全力をもってそれを排するように務めることまでが含まれるということを、あなたは私に気付かせて下さいました! 夫との私事はあなたへのサーヴィスとは別問題と考えたのは私の間違いで、それを含め全てを同じ愛情の下で遇することが私の務めだったのです。あなたによってこの蒙を啓かされたことは、私の生涯の宝となるに違いありません。
感謝の気持ちを述べるにとどめると前記しましたが、私のあなたへの思いは、もはや言葉で書き連ねることができないのを知りました。このメッセージをしたためてからあなたとお別れするまでの短い時間も、私の全ての愛情をあなたへのサーヴィスに捧げ、またその時間があなたと、そして私にとって最良の思い出になるよう、誠心誠意努力いたします。願わくは、このメッセージをあなたがお読みになる時に、私の深い愛情があなたに伝わっていますように!
あなたの愛情の囚人、メグ”
……いや、このメッセージ、いつ書いたんだろう? あの事件というか、少なくともアスリート・ガイの侵入未遂の後だよな? 俺の部屋にとどまって、隣の部屋で寝るか寝ないかっていうあの後か、それとも、朝にマリーナに指輪を買いにやって、それからビーチに出て来るまでの間か?
それにしても過激なまでに情熱的な文章だ。寝不足で神経が高ぶってた時に一気に書き上げたって感じじゃないだろうか。しかも最後に“
え、おい、ちょっと、この便箋は何だよ。まだメッセージがあるの? おいおいおい、
“四伸
愛しきミスター・アーティー・ナイト
このメッセージは、あなたがご出発を延ばされた、その短い時間で書いています。前信は熱に浮かされたような、とりとめのないメッセージになってしまいましたが、その後、落ち着いて考え直してみましても、私のあなたをお慕いする感情は深まるばかりでとどまることを知らず、どうにも我慢できない気持ちでこのメッセージをしたためるに至りました。
最後の土曜日の、昼食とお買い物は私にとって、とても楽しい、そして二度とないであろう貴重な経験となりました。特に、あなたと共に、フレイザー夫人の指輪を守るという秘め事を抱いて行動することは、あなたの忠実なパートナーになったような気がして、どれほど心が躍る出来事だったでしょう!
昼食の間もお買い物の時も、私がずっとあなたの方ばかり見ていたことを、もしかしたらお気付きだったかもしれません。いいえ、きっとお気付きだったに違いありません。
それだから、私が宝石店で夫人が薦める指輪にほんの一瞬気を取られている隙をあなたに見つけられてしまったのでしょう。あなたと二人きりでお買い物をするという(しかもあなたにプレゼントを買っていただけるという!)夢のような機会を逃したことが、本当に残念でなりません。あのプレゼントはあなたの愛のこもった記念品として一生大事にいたします。
もう時間がありません。あなたとお別れする時が近付いてしまいました。できることならあと1週間、いいえ、あと1日、ああ、違います! ずっとずっと、あなたのお世話係を続けていたかったのです。
ですが、あなたのご出発を見送る間、私のこの気持ちは抑えるようにいたします。あなたの心を乱すことは私の本意ではなく、また、接客とは相手に自分が思うままの愛情を注ぐだけでなく、相手の気持ちを考え自制することもまたサーヴィスであるというのがあなたの教えであると思うからです。ただ、それでも私が気持ちを抑えきれず発露してしまうことになるかもしれませんが、未熟ゆえとお思いになりご寛容下さればありがたく存じます。
最後になりましたが、願わくばあなたがもう一度私の元を訪れて下さいますよう!
心よりの敬愛と思慕を込めて
メグ・――――”
……いや、これは……どう見ても、ラヴ・レターだよなあ。ジェシーを遙かに上回る情熱的なメッセージだ。おまけに、この最後の署名! ハドスンをわざわざ消してあるんだぜ。“ハドスンじゃなくなりたい”ってのを意味してることくらい解るさ。メグが何を勘違いしたのか俺に恋慕の感情を抱いてそうだってのは何となく気付いてたけど、彼女は架空世界の仮想人格だし、あのステージから連れ出すわけにもいかないし、いったいどうしろってんだよ!
はあ、一日の最後に、とんでもないものを読んじまった。シャワーを浴びて、さっさと寝たいが、寝付けるかなあ。
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