ステージ#7:第4日
#7:第4日 (1) ウルル・サンライズ
第4日-2002年2月6日(水)
「おはようございます。よくお休みになれましたか?」
電話が架かってくる前から起きて、待ち受けていた。10時半なんていう時間に寝ると、5時前に起きても眠くない。
「おはよう、メグ。もう顔を洗って髭も剃ったぞ。これから着替えるところだ」
「
「ああ、頼む」
かっきり10分後にメグが来た。早朝から何てすがすがしい笑顔をしてるんだろう。また違うスーツを着ている。日替わりだな。土曜日まで、毎日違うのを着る気だろうか。
メグはコーヒーを用意した後、ツアーに持っていく荷物の中身をチェックしている。「お水が足りなかったらいけないので買い足しておきました」などと細かい。それから、今日の天気予報を教えてくれたり、午後からの予定を確認してくれたり。
俺の着替えを片付けようとしてベッド・ルームを探すので、それはもうスーツ・ケースの中に詰めたと言うと、なぜか残念そうな顔をしている。秘書兼執事以外に、メイドの仕事までしたいらしい。ずっとせわしなくしているので座れと言ってやったが、見目よい笑顔で礼を言いつつ座ろうとしない。
そろそろお時間ですと言われて部屋を出ると、外はかなり涼しい。さすが砂漠地帯、夜の間に熱が逃げていく。70度ないくらいか。走るのにちょうどよさそうだ。
エントランスに行くとバスが停まっていて、メグに可憐な笑顔で見送られながら乗る。ダーク・スーツの男も来ていたので、ミズ・フレイザーも同じように世話をされたのだろう。彼女は先にバスに乗っていたが、相変わらず中年夫妻だの中年紳士だのに囲まれていた。俺の方を一瞬見たが、声はかけてこなかった。話しかける必要がなくて助かる。
ガイドは昨日と同じ男だった。まずウルルの北東の、日の出鑑賞地点へ向かう。東の空が薄明るくなっていたが、まだ陽は出ていない。その薄暗がりの中に、ウルルがどっしりと重量感を持って横たわっているのが見える。周りに比べる物が何もないのに、ひたすら大きいということが判るのはすごい。
着いたところは草原の真ん中。観賞用に並べられたパイプ椅子に座る。辺りは日の出を見に来たツアー客だらけだ。朝食に配布されたサンドウィッチを摘まみながら待つ。少し強めの風が吹いていて心地よい。西の空には半月、東の空には
待つほどに東の空が明るくなり、やがて左手の低木越しに太陽が現れ、ウルルが赤く照らし出される。感動しやすいツアー客たちも、さすがに黙ってその光景を見ている。目の前に雑木林があって、ウルルの麓が見づらいが、これは麓の“聖地”を写真に撮られないようにするためらしい。
陽が少し高くなると、ウルルが鮮やかなオレンジに染まった。更に時間が経って、ゴールデン・イエローに輝き出した。日没の時はそれほど色が変わったように見えなかったのに、日の出の時は確かに色が違った。太陽が昇りきると見慣れたブラウンに戻った。
次は登山。北西端にある登山口にバスで移動する。が、日の出直後から登れるはずなのに、誰も登り始めていない。ゲートも閉まっている。
ガイドが言うには、上部の風が強くて中止されているとのこと。風が弱まれば登れるようになるらしいが、8時までに解除されないとツアーの時間の都合で登れなくなってしまうそうだ。俺の時代、ウルルは数十年間も登頂禁止なので、仮想世界の中とはいえ是非登ってみたい。いくつもあるオプショナル・ツアーの中で、1泊してでもここに来ようと思ったのは、そのためだ。
待つ間、登山口に近いマラ・ウォークを散策する。昨日同様、アボリジニの壁画がいくつも見られる。が、他の客も登山できるようになるかどうかが気になるらしく、ガイドの説明も上の空といった感じだ。
短い谷の奥に行くと、岩が高波のようにそそり立っているところがあった。シェルターと呼ばれているとのこと。浸食された地形ではなく、地層の隙間に水が入り込んで、割れたことでできたらしい。
岩の前で他の客の写真を撮ってやっていると、後ろから来た別の団体が騒ぎながら引き返していく。解除されたという声も聞こえる。「確認してきますが、皆さんもお早めに登山口に戻って下さい」と言ってガイドが走って行く。
登山口まで戻ると、他の連中が続々と登り始めている。ガイドが戻ってくる前に、列に並び始める。が、なぜか俺が列の整理をやるはめになって――ミズ・フレイザーと一緒に登りたいという連中のせいで団子になって列ができないのだ!――俺が最後尾になってしまった。
早く登り始めないと、また中止になってしまうという声も聞こえる。しかし、心配するほどもなく、順調に列がはけていく。ミズ・フレイザーが登り始めたが、彼女もさすがに今日はパンツ姿だ。それでも白いブラウスに白いパンツ、白い帽子という白ずくめだった。汚れたら困るだろうに。
ようやく俺の順番になった。登ると言ってもロック・クライミングではなく、最初はなだらかな坂道だ。しかし次第に急坂になっていって、途中からはそこに埋め込まれたチェーンに掴まりながら登る。意外に急斜面だ。ただ、他の場所はほとんど崖のようにそそり立っているので、ここだけが比較的なだらかなのだ。
それでも振り返るとかなりの急角度に見える。横を見ると、浸食でできた窪みに水が溜まっているところがある。2時間半以内に登って降りればいいので、寄り道していってもいいのだが、時間が余るかどうかわからないので、とりあえず後回しにする。
だんだんと平らになって、チェーンが必要ないところまで登り、もう一度下を見る。さすがに高い。1000フィートくらいだろう。視界のほとんどは空と平原と地平線。空が広がった気がする。昨日行ったカタ・ジュタが西の彼方に見える。
頂上とされる地点までの距離は短いが、意外にアップ・ダウンが激しいし――風で浸食された筋があるからだ――、写真を撮ったり周りの景色を見たりしながらなので、なかなか進まない。ただ、大急ぎで行って戻るのも味気ないので、ゆっくり歩く。
不意に、前の方から女の悲鳴が聞こえた。視界の上の方に、白い物体が舞っているのが見える。またミズ・フレイザーが帽子を飛ばしたのだろうか。反射的に
これは追い付かない、
帽子を持って小走りで戻っていくと、なぜかミズ・フレイザーではなく例のネクタイを締めた中年紳士が寄って来て、私が渡してきましょうと言って帽子を受け取ろうとする。俺のことを別のツアーの客と思っているのかもしれないが、まあいい。
渡すと男はミズ・フレイザーのところに戻り、まるで自分の手柄のように彼女の頭に帽子を被せている。ミズ・フレイザーは俺の方を見て何か言いたそうにしているが、目を合わせないでおく。どうせ後で待ち伏せでもして話しかけてくるだろう。
山頂に着く。例によって、世界の各都市への方向と距離が書かれたプレートが設置されている。そこでみんなが写真を撮り終わるのを待つ。ガイドが「写真を撮らないのですか」と言いながら俺に寄ってくる。だから、カメラを持ってないってのに。
そこにしばらく留まり、周りの景色を見渡す。さっきまでとほぼ同じ景色なので、格別どうということはないが、とにかく見る。仮想世界の中だが、この景色は正確に再現できているのだろうか。10分ほど過ごしてから引き返す。帰りはミズ・フレイザーの帽子は飛ばなかった。
最後の、チェーンに掴まって降りるところは、滑り落ちそうになっている人が多かった。おかげでなかなか降りられず、ここが一番時間がかかったような気がする。ようやく下に降りると、ミズ・フレイザーと中年紳士が待っていた。
「帽子を捕っていただいてありがとうございました。お怪我はありませんでしたか?」
「運が良かっただけだよ。気にしなくていい」
「そうですか。後でホテルに戻りましたら、改めてお礼に伺いますわ」
昨夜と違ってやけに他人行儀だ。それに、頂上周辺でも俺に話しかける時間はあっただろうに、なぜ降りてからなのだろう。どうも彼女の行動はよく解らない。「さあ、行きましょう」と中年紳士が彼女をバスへ促す。俺が同じツアーのメンバーであることを彼女が指摘すると、中年紳士はさも初めて気が付いたかのように驚いた顔をしている。いかにも演技臭い。どうでもいいことだが。
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