#7:第3日 (5) 振り返り・その3

 ランニングを終えて部屋に戻り、第3ステージの反省をする。昨夜はスーパー・ボウルを見るのに忙しくてできなかった。


 第3ステージ

  時代:2000年代

  場所:オックスフォード、イングランド

  ターゲット:ゴッドストウ・キー、ステージの中盤を過ぎてから現れた

  キー・パーソンズ:クライスト・チャーチ・カレッジの学生3人(女2、男1)


 学生たちの名前が思い出せない。これはまずい。特に淑女二人とはあれほど仲良くなったのに。顔もはっきりと思い出せるし、一緒にボールを投げる練習をした時の二人の綺麗な脚も……いや、そんなことまで思い出す必要はないのだが、とにかく、あの時読んだ論文の内容まで思い出せるのに、なぜ名前だけが思い出せない?

 はっきり言って、これはおかしい。あのステージで初めてマルーシャに会ったが、その際“無名アノニマスのアンナ”という仮名を付けたことまで憶えているというのに。やはりこの仮想世界の仕様か?

 こんなことじゃあ、次のステージに行ったらメグの名前も忘れてしまうぞ。どこかに書いておかなければ。紙の裏に、Mrs. Margaret "Meg" Hudsonと大書してから振り返りに入る。

 さて、キー・パーソンズの淑女二人に会ったのは、道を訊くために声をかけた時だった。その前に何人かとすれ違っていたが、声をかける気にはならず、彼女たちを見た時に急にかける気になったのだった。彼女たちが美人だったというのもあるが、かけやすい雰囲気を持っていたのは間違いない。

 もし彼女たちに声をかけていなかったら? おそらく、キー・パーソンズは他にも何人かいて、“声をかけやすい雰囲気”の人物にかけたら、それがキー・パーソンだった、ということになるのではないかと思う。ステージ内に全部で何人のキー・パーソンズが設定されているのかは判らないが、向こうから俺に接触してくることもあるはずだ。

 一昨日の反省では“キー・パーソンは俺に好意を抱きやすい”という特徴を見出したが、これをもう一歩進めると、“競争者コンテスタントとキー・パーソンは惹かれ合う”ということになっているのではないかと思う。

 もちろん、キー・パーソンに会う努力をしなくても向こうから自動的かつ積極的に接触してくる、などということはなくて、俺が何らかの目的を持った行動を起こせば、それに応じてキー・パーソンが現れる、という仕様なのではないかと推察する。

 続いて、他の競争者コンテスタンツの見極めについて。これについては、このステージはどうやって反省していいのか判らない。どうも、マルーシャが他の競争者コンテスタンツを何らかの方法で失敗に追いやったらしいからな。

 しかし、俺はなぜ同じ目に遭わなかったのだろう。マルーシャの他に俺を含めた3人の競争者コンテスタンツのうち、たまたま俺が一番使えそうだった、と思われたのだろうか。マルーシャが俺を利用してターゲットを獲得しようとしていたのは明らかだからな。これについてはミステリーのまま残しておくしかないか。

 それから、ターゲットの入手方法について。ビッティーは確か、もう1日で決定的な情報が入手できた、と言っていた。おそらく博物館に“安全に”侵入するための情報だと思われるが……特別な見学会に紛れ込むとか、ナイト・ミュージアムに参加するとかだろうか。

 アッシュ・ブロンドのスリム・レディーの叔父が博物館の警備員だったはずだし、やはりその関係だろうか。臨時の警備員として雇われるとか? うん、そういうのもあったかもしれない。

 とにかく、キー・パーソンから情報をもらえる状態になったら、徹底的に入手するのが大事だということだ。キー・パーソンを“騙して利用している”などと思わないこと。おそらく、騙すようなことをしたら、正しい情報を得られなくなるのではないか?

 騙してるかどうかがどうやって相手に伝わるのかは解らないが、誠意があるかないかは雰囲気で伝わることもあるはずだよな。信用しすぎるくらい信用してもいいんだろう。俺としては、騙すくらいなら騙されるほうがいいし。他の競争者コンテスタントの差し金で騙されたってのなら油断しすぎだが。

 最後は、ターゲットを獲得してから、ステージを退出するまで。これはなあ……このステージは、参考にしていいのかどうか判らない。

 マルーシャの手口が巧妙すぎるんだよ。本来なら他の競争者コンテスタントがターゲットを獲得してから、奪うための行動を始めるものだと思うんだが、最初から奪うつもりで行動してるんだもんな。しかも、俺にヒントまで与えて。そりゃあ、俺が間抜けでヒントを生かし切れなかったり、獲得に失敗したりすれば、自分で獲得するための方法もちゃんと考えてたんだろうけどさ。

 しかし、俺もよく追いついたよ。何の確証もなく、勘だけでゲートの位置を当ててさ。投げたパスをインターセプトされて、闇雲にタックルに行ったら相手がファンブルしてリカヴァーできたってだけだ。運が良すぎただけで、何の参考にもならない。

 そういえば、あのタックルの後……あああ、また手のひらに何か感触が甦ってきた。余計なこと思い出しちまった。もう寝るか。いや待て、ジェシーの手紙だ。昨日、ホテルに帰ってきてから受け取ったが、スーパー・ボウルのおかげで読む暇がなかった。持って来ているとは思うが。


  “紳士泥棒様”


 ……何だ、この書き出しは。訳注? "Monsieur le gentleman-cambrioleur"の直訳です。"gentleman-cambrioleur"はアルセーヌ・リュパンのことです……だから、そんないいものじゃないって言ったのに。


  “紳士泥棒様

  私が最初にあなたと会った時、私はあなたが迷子になったと思いました。”


 迷子? 冒頭からいきなり何を言いたいのかが解らん。いや、こんなことをいちいち考えながら読んでいたら、時間がかかってしかたない。とりあえず一気に読んでしまおう。


  “私が最初にあなたと会った時、私はあなたが迷子になったと思いました。

  その時、私は考え事をしていたので、あなたに正しく親切にできませんでした。

  その後、私はあなたにもっと親切にするべきだったと思い、

  あなたともう一度会う機会が欲しいと願いました。

  あなたが私のゲストハウスに泊まっているのを知って、

  私はあなたに親切にする機会があるように願いました。

  でも、私は結局、あなたに親切にすることができませんでした。

  それなのに、あなたは私に親切にして下さいました。

  そして、あなたは私が大事に思っていたものを取り戻して下さいました。

  私はそのことを一生忘れず、あなたに感謝の気持ちを捧げ続けるつもりです。

  もし、あなたがなさったことを、他の人に知られてしまったら、

  その人はあなたのことを、泥棒と言うかもしれません。

  しかし、私はあなたがマリアに誓って正しいことをなさったと信じています。

  どうかあなたにマリアのご加護がありますよう。

  そして願わくば、あなたがもう一度私の元を訪れて下さいますよう。

  その時にはあなたの親切に対して、お返しをさせて下さい。

  私はそのことを願い続けます。


  私の最も深い敬意の表明を、騎士よ、どうか受け入れてください。

    ジェシカ・シルヴィー・ロビー”


 文章が子供っぽいな。年齢が年齢だし、しかたない。それに急いで書いたんだろうし。しかし、色々誤解されていると言うか何と言うか。

 おっと、もう一つ訳注がある。「最後の一文は、フランス語の手紙における結語の定型文ですが、通例"Monsieurムッシュー"と書くところが"Chevalierシュヴァリエ"となっており、これをそのまま騎士と訳しました」。泥棒という言葉以外、俺が何をしたとは書いてなくて、それっぽいことは書いてあるけれども、無難な内容でよかった。

 だが、あの大人しそうな少女が、俺に対してこれほどの感謝の気持ちを抱いているとは思わなかったな。最後に何かを言おうとはしていたけれども。感情の表現が下手なんだろうか。ただ、仮想世界の中の人格とは思えないほど情熱的だなあ。こっちが感情移入してもしかたないじゃないか。本当にこんな人物が、シナリオに必要だったんだろうか。

 考えてもしかたない。ここはそういう世界だと思うしかない。メグだってそれなりに情熱的な性格だし。さて、寝る前にメグに電話を1本入れておくか。

「ご用でしょうか?」

 一鳴らしワン・リングで出た。待ってましたって感じだな。椅子に座ってずっと電話を睨んでるんじゃないか。

「ヘイ、メグ、寝る前に君の声が聞きたくなっただけだ。用はないよ。お休み、夢で会おうシー・ユー・イン・マイ・ドリームズ

「ありがとうございます。おやすみなさいませアイ・ホープ・ユー・ハヴ・スウィート・ドリームズ。私もあなたの夢を見ると思います!」

 きっと夢の中でも俺の世話をしてくれることだろう。

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