#7:第1日 (6) 振り返り・その2
さて、手紙を見て、ようやくキー・パーソンの名前を思い出した。メモを修正する。
キー・パーソン(ズ):ジェシー、レストランの娘、神父? 修道女?
レストランの娘の名前は相変わらず思い出せない。大人っぽい美人だったのにな。手紙に書いてあればいいのだが。
ジェシーに会ったのはスタート地点のすぐ近くだったので、これは必然的に会うことになっていたのだろう。チュートリアルが終わって最初のステージだったので、比較的簡単なものが割り当てられたのに違いない。
だが、彼女から十分情報を訊き出せたかどうかというと、微妙だ。年下すぎて話しかけにくかったし、相手の警戒を完全に解くまでには至らなかったようだからな。最初に泥棒であることを明かして、興味を持たせたのはよかったかもしれない。
その上でさらに話しかけていれば、彼女から色んな話が聞き出せて、結果としてレストランの娘から情報が引き出しやすくなったり、修道女と会うことを思い付いたかもしれない。結果論でしかないが、たぶんそうなっていただろう。
それと、後のステージでの経験を踏まえると、キー・パーソンというのは俺に好意を抱きやすい、という特徴がある。それがこの世界の仕様なのかはよく判らないが、ジェシーからは手紙ももらったことだし、もう一押しというところだったのは明かだ。
つまり、相手がキー・パーソンであると思ったら、興味を引きながら積極的に話しかけるべし、だな。それは第1ステージの反省から気付いていて、後のステージでもだいたいうまくできていただろう。ただもちろん、細かい失敗はたくさんあった。
キー・パーソン以外の反省点は? 恐らく、ゲストハウスの亭主とレストランの店主――彼らの名前もやはり思い出せない――から得た情報が少なすぎたことだろう。彼らが元警察官と元泥棒というのを見抜いたところまではよかったが、それだけで満足すべきじゃなかった。
ゲストハウスの亭主は、一度だけ俺に気さくに話しかけてきたことがあった。あの時、もっと話を膨らませていれば、重要な情報が聞き出せたかもしれない。レストランの店主も、話し方が強引すぎた。俺が泥棒であることをいきなり明かしたが、その前から親しくなって、何らかの情報を聞き出す方法があったのかもしれない。
つまり、さっきのポイントと合わせて考えると、俺は男から話を聞き出そうとしていない、ということがよく解る。男と話すのが嫌いなわけじゃないんだが、関係する女たちが誰もかも魅力的すぎるから、つい男を蔑ろにしてしまうんだなあ。
クリエイターはそこのところをはっきり言わないが、情報の収集が不十分だってことはさんざん言われたし、それはこの点を踏まえてのことなんだろう。フットボールで言えば、俺はターゲットになるレシーヴァーを一人か二人しか見ていなくて、他のフリーになっているレシーヴァーが見えてない、ってところだな。一流のQBは、見ていなくても全てのレシーヴァーはおろか、
その他は……もう一人の
そのこととも関係しているが、ターゲットを獲得してから、すぐにステージを退出しなかったことも反省すべき点の一つだ。ジェシーのために、彼女が父親と話す時間を作ってやりたかったからだが、そんな厚意は甘すぎるってことだ。何しろ、ステージ内の登場人物の感情に配慮する必要はないんだから。
しかし、特定の人物に肩入れしたくなるようなシナリオを作っておきながら、そういうことを指摘されてもなあ。そのシナリオに反して、冷酷さや非情さを示すことが試されているのだろうか。
フットボールだって、スポーツマンらしくない行為をした時には罰則があるんだぜ。このゲームの中にはしばしば、フットボールを参考にしたんじゃないかと思えるようなルールがあるんだから、スポーツマンらしい行為を発揮したくなるようなシナリオにしてくれればいいのに。それも時と場合によるか。タックルは激しく、されどタックルした相手を起こしてやる時は親切に、だもんな。
他にこのステージで得た知識としては、ルビーの見分け方だ。最初の頃は宝石ばかりがターゲットになるものだから、その手の知識を仕入れた方がいいと思って、よく学習したな。もし、もっと子供の頃に興味を持っていれば、解錠なんかじゃなく宝石鑑定を趣味にしていたかもしれない。
その点、最近の2ステージはターゲットが宝石と関係なかったので、知識が増えていない。綺麗な女が多かったけれども、女の扱い方の知識はちっとも増えない。さて、回収できなかったシナリオにも興味はあるが、それを想像してもしかたがないことだし、今夜はこの辺りにしておくか。喉が渇いたな。
「ヘイ、メグ!」
「はい、ご用でしょうか?」
仕事を終わっていいと言いながら、つい呼び出してしまった。飲み物のことを考えたら、メグの顔が思い浮かんでしまったのだ。いつの間に刷り込まれたのだろう。メグの返事も、やけに嬉しそうだ。やっぱり呼び出してくれた!ってところか?
「飲み物が欲しい」
「
「いや、オレンジ・ジュースを頼む。氷は入れなくていい。上のバルコニーにいるから、持ってきてくれ」
「かしこまりました!」
上の部屋に行き、窓を開けて外に出る。海はもちろん真っ暗だが、下のプールはライト・アップされていて明るい。ビーチにも、灯りがいくつか立っているようだ。夜の波の音を聴くのは好きだ。
デッキ・チェアに座る。気温はそれほど低くないが、風が気持ちいい。見上げると星がよく見える。南半球の夜空を見たのは初めてだな。あの星の配置も、正しく再現されているのだろうか? ぼんやりしていると、軽い足音が聞こえてきた。
「オレンジ・ジュースをお持ちしました」
メグがグラスをそっとテーブルの上に置く。下の灯りのおかげで、彼女の顔が薄ぼんやりと照らされる。陰影のせいもあるが、実に整った笑顔だ。カメオにして、ペンダントに入れておきたいくらいだ。
「ありがとう、メグ。一つ、質問がある」
「何でしょうか?」
「俺のように、一人でこんなところに来ている男をどう思う?」
言いながらメグの顔を見ていたが、笑顔は全く変わることがなかった。
「もし、この7日間のご滞在で、ここがお気に召されましたら、次はぜひ、素敵な女性を連れてお越し下さい」
「そうだな。君のように、笑顔が綺麗で有能な女性を見つけられるように、努力するよ」
「
そう言った後でも、メグは立ち去ろうとしなかった。他にご用は、とも訊かない。もしそれを言ったら、しばらく一緒に星を見ていてくれ、と言おうと思っていたが、俺の気持ちを先回りして読んだのかもしれない。
黙って星空を見上げ、波の音を聞いた後で呟く。
「メグ、今、何時だ?」
「9時55分です」
「10時まで一緒にいてくれ」
「かしこまりました」
思い返してみると、この架空世界で、俺は夜の海や湖に縁がある。フランスの海、架空の王国の湖、それからメキシカン・リヴィエラ・クルーズ。トレドでは夜の川を見た。オックスフォードの最後も川沿いで、おまけに土砂降りで……これらは何かの暗合なのかな。
カンザスにも湖があったが、夜には行かなかった。夜の湖を見る、というシナリオがあったかもしれない。季節外れのキャンパーが来ていたとか。
「メグ、何時になった?」
「9時55分です」
さっきもそう言った。あれから、5分くらいは経っているはずだが。
「メグ、本当は何時なんだ?」
「あなたからお休みをおっしゃっていただくまでは、ずっと9時55分です」
さっきメグは、他にご用は、とは訊かなかった。この時間に訊いてしまうと、早く仕事を終わりたいのか、と相手に感じさせてしまうから、ではないだろうか。もちろん、彼女だけではなくて、同じようにVIPの相手をする担当は、みんなそういう細かいことまで気を配っているのだろう。
「解った。お休み、メグ。俺はこのままここで寝るかもしれない」
「今の季節は外でお休みになっても、お風邪を召されることはないと思いますが、念のために夜中に何度かご様子を見に参ります」
「君にそこまでしてもらうのは申し訳ない。やっぱり部屋で寝るよ」
そう言ってグラスを掴みながら立ち上がると、部屋の中に入るよう、メグに手振りで指示した。メグはまた優しい笑顔を返しながら、俺に手振りで部屋の中に入るように促した。彼女の笑顔には勝てないので、先に部屋の中に戻る。メグは後から付いてきて、窓を閉めた。下の部屋に行き、メグが出るまで見送る。
「
メグはその言葉にふさわしい安らぎのある笑顔を見せてから、部屋を出て行った。夢で彼女に会いたい気持ちになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます