ステージ#6:第7日
#6:第7日 (1) 見張りの結果
第7日-2003年11月23日(日)
6時に目覚ましが鳴った。昨夜寝たのは1時前なので、寝不足だ。だが、このステージに来てからほとんど運動をしていないので、それを補う意味で、今朝は走ろうと思う。せっかくレティーロ公園の近くに泊まっているのだから、それを利用しない手はない。
トレーニング・ウェアに着替えてホテルを出る。秋晴れの朝の空気が気持ちいい。アルカラ通りを渡り、公園の柵に沿って東へ歩いて、北東の門から入る。日曜日の朝だというのに意外に人が多い。走っている人の姿も見える。準備運動をしてから走り出す。
ランニング用のコースがあるわけではないが、とりあえず他の連中が走っているのと同じ、一番広い道を南へ行く。道は緩やかに蛇行している。少し行くと、右側に少し高くなったところがあって、そこに騎馬の銅像が建っているのが見えた。台座の下には壊れた大砲のような物があったので、きっと戦争関係の英雄だろう。
左手には煉瓦作りの、ドーム屋根の建物が建っている。売店か、レストランではないかと思う。もちろん、まだ開いていない。
公園の中央辺りにある、広い通りを横切る。
弧を半周して、大きな噴水のある広場を通り過ぎ、進路を北へと向ける。道幅が先ほどの半分くらいになったが、公園の西側で最も広い道はこれのはずだ。右手の木立に隠れるようにして小さな池が見えている。
それにしてもこの公園は散策道だらけだ。ニュー・ヨークのセントラル・パークでも走ったことがあるが、あそこの比ではない。合衆国なら道を減らして芝生にしてるだろう。
前方に大きな噴水が見えてくる。東側の道で先ほど横切った、公園を南北に分かつ広い道との合流点にそれがある。ラウンドアバウトを通り抜けるときのように噴水の右側を周りながら、さらに北へ。
すぐに右手に大きな池が広がり始める。長さは300ヤード以上、幅は150ヤード以上ありそうな広い池だ。昼間ならボートで遊ぶこともできるに違いないが、さすがに朝の6時過ぎでは人影もない。池の向こう側に、大きなモニュメントが建っているのが見える。
池を通り過ぎたところにまた小さな噴水のある広場があって、そこを右に折れ、4分の1マイルほど走るとスタート地点に戻ってきた。1周は、距離にして1マイルと4分の3くらいだろうか。目標は6マイルだから、3周半くらいか。最後に半周だけするわけにはいかないので、公園の真ん中でショートカットするか、それとも4周してしまうか。
「
意外。マリオンとメイベルが来ていた。引き返して話しかける。
「
「ええ、そうよ。朝食を摂ったらすぐ空港へ行くつもりだから、来てみたの」
「火曜日にも来たけど、広くて気持ちのいいところだから」
「後で朝食の時に会うかもしれないな。それじゃあ」
二人を置いてまた走り出す。彼女たちがここにいるということは、やはりドロレスを見張っているのではなかったわけだ。余計な心配をした。
もう一度、同じ道筋で走る。1周して、スタート地点に戻ってきたら二人はいなくて、それは当然なのだが、走って行くと、公園中央の広い通りと交わるところにいた。単純に考えると俺の方が6倍くらいの速さで走っていることになるが、要するに彼女たちがゆっくりと散歩を楽しんでいるというだけだろう。
半分まで走ったところで、少し考えて、西の方の脇道へ逸れる。迷路のように複雑に散策道が絡み合っているのを、縫うように走る。テニスコートや、宮殿のような建物が建っていた。一番北まで行ったら、元のルートに復帰する。
スタート地点に戻ってみると、時間的にはさっきまでより半マイル分くらいは余計にかかっている。6マイルには少し足りないが、これでやめておく。
整理運動をしながら辺りを見回したが、マリオンとメイベルの姿はなかった。もうホテルへ戻ったのか、それともまだ散歩しているのか。
シャワーを浴びてから、7時半頃に朝食へ行った。昨夜と同じ“金の鍵”だ。ドロレスは既に来ていたが、同じテーブルに見知らぬ男が座っている。ハンサムだ。また男の誘いに乗ったのか。まあ、それが彼女のやり方だから仕方ない。
ところで、ドロレスが食べているあれは何だ? チュロスを何かに浸けて……溶かしたチョコレートか? チュロス自体に砂糖がかかっているはずなのに、よくあんなもの食べられるな。とても真似できない。バゲットとコーヒーにしておく。
それにしても本当に男に声をかけられやすいんだなあ。気付かれないような位置に座って観察する。ドロレスは昨日に比べてカジュアルな服を着ている。いつもの野暮ったい服より多少ましな程度だ。つまり、あの男と会うのは予定外だと思えるのだが、それにしてはやけに親しそうに見える。もしかしたら以前に会ったことがあるのか。でも、俺の時だって初対面なのに親しげだったし、話してる内容を聞かないと判らないだろうな。
マリオンとメイベルが来た。ドロレスの観察を中止しなければならない、
「
「いや、走れる場所と時間があるときだけだ。トレドでは走らなかった」
「旧市街は道が狭いし、曲がりくねってるものね。でも新市街なら走れたんじゃない?」
「そうだと思うが、そこへ行くまでに時間がかかる」
しばらく二人と話す。ドロレスを目で追うことすらままならないが、どうやらゆっくりしているようだし、むしろマリオンとメイベルの方が急いでいる。ニューヨークJFK空港行きに乗るが、わりあい早い時間の便しか取れなかったらしい。「見送ってよ」と言われたので、ホテルの外まで付いていく。
別れの握手をして、タクシーに乗るのを見届け、“金の鍵”を覗きに戻ったが、ドロレスはいなかった。隣にいた男もいない。さて、どうするか。
アランフエスへ行く手段について、
荷物をまとめて
振り返るとスーツ姿の、6フィート4インチ、250ポンドくらいはありそうなでかい男が立っていた。
「セニョール・ナイト、昨夜のご依頼の件で報告したいことが」
小声だが重低音を響かせて言った。俺、こいつに何か依頼したっけ。
「ドロレス・エラスの件?」
「はい」
「聞こうか」
「昨夜から今朝にかけて、セニョリータ・エラスの部屋の前を厳重に監視しておりました。あなたが出られた後、1時前頃ですが、男が一人、部屋の前に立ちました。ノックもせずチャイムも鳴らさず、ドアに耳を付けて中の様子を窺うかのような行動を取っておりましたので、警備員を向かわせました。しかし、到着する前に男は去りました。他の監視カメラで男の行動を確認したところ、外へ出て行ったようです。宿泊客ではないようですが、入ってきた時間がよく判りませんでした」
「全部監視しきれないのは仕方ないさ。そいつは朝、彼女がカフェテリアで一緒に朝食を摂っていた男?」
「いえ、あの方は宿泊客です。必要であれば名前もお教えしますが?」
そんなことまで教えてくれるのかよ。あのカードには他の客のプライヴァシーまで侵害できるほどの力があるのか?
「名前は必要ないが……もしかして、誰かがカフェテリアでの会話を聞いてたりした?」
「はい。彼女の安全を確保せよとのご依頼でしたので、ホテル内で彼女に近付いた人物がいるときには監視しておりました」
つまり、俺よりも近いところで常に誰かが見張ってたんだな。客かウェイトレスに紛れ込ませたのか。
「アランフエスのことで何か言ってたか」
「はい。男が彼女に今日の行き先を尋ね、それなら自分も行くから一緒に、と誘っていました」
「移動手段はバス?」
「いえ、鉄道です。8時30分の列車に乗ってはどうかと男の方から提案しました」
何か企んでそうだな。俺も同じ列車に乗るか。
「ところで、もし警備中に見かけていたら教えて欲しいんだが」
と言って、グレイのハット、グレイのコートの女の特徴を説明する。心当たりがない、という返事だった。2回見かけたのは単なる偶然か。そういうこともあるかも……いや、ここは仮想世界なんだから、偶然はないな。しかし、服装を変えたかもしれないから、グレイにはこだわらない方がいいだろう。男にチップを渡してホテルを出る。
さて、ここでドロレスが出てくるまで待ってもいいが、駅へ行くのが判っているのだから先回りしてみよう。もしかしたらドロレスは手段をバスに変えるかもしれないが、その時は予定の8時30分の列車でアランフエスへ向かうことにすればいい。アランフエスはそれほど広くない町だし、見に行くところは限られているんだから、探せば会えるだろう。ただ、その間にドロレスが襲われるという心配もないではない。
タクシーでアトーチャ駅へ。
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