#6:第4日 (7) 3人で夕食を

 並んで歩きながらバレリアに訊く。

「それで、君とモニカの関係は?」

従姉妹プリーマよ。私の父の、妹の娘がモニカ」

「なるほど。言われてみればどことなく似ているな」

 二人ともアラビア系に見えたのは当たっていたというわけだ。もちろんそれだけではなくて、痩せ型なのに胸だけがやけに大きいところとかも似ているが。しかし、バレリアは貞淑な感じで、モニカは粗野な感じがするところが違う。

「ところで、どこの店へ行くんだ?」

「ドロレスと待ち合わせている店があるんでしょう? でも、その前に私の家へ寄ってね」

「君の家へ?」

「こんな服で夕食へ行きたくないもの」

 そういえばバレリアは作業着のような姿だ。これではいかにもデートらしくない。まあ、ドロレスは同じような服装なのに全く気にしていないようだが。

「で、君の家ってのは?」

「もう少しよ」

 相変わらずこの町は地図がないとどこを通っているのかさっぱり判らない。たぶん南の方へ向かっているのではないか、という気がするだけだ。そう感じるのは坂を下っているからだろう。

 10分ほど歩いたところで、バレリアが「ここでちょっと待ってて」と言って古めかしい2階建ての家へ入っていった。部屋の中には入れてくれないらしい。それにしても2日連続で夕食前に女の着替えを待たされるということになっているが、名誉なことなのか、迷惑なことなのか。まあ、前者かな。

 だんだん空が暗くなってきて、通りのところどころに灯りが点いていく。辺りをぼんやりと眺めていると、物陰に人が立っているのが見えた。たぶん、ロベール氏だろう。バレリアを誘ったのに断られて、そのバレリアが俺を誘ったので、悔しくて跡を尾け回している、とかかな。俺がいなければ彼がバレリアと食事に行けたのかもしれない。まあ、放っておくことにする。

 昨日と同じく30分は待つ覚悟だったが、案に相違して15分ほどでバレリアが出てきた。微笑む顔を薄暗い街灯の光で見てみたが、化粧を直した様子はない。ただ、オレンジ色のドレスはスカートが短めで、フェミニンでデート向きに見える。胸元の露出度が高くて気になりすぎるけれども。

 とりあえず、ソコドベール広場まで行かなければならないのだが、当然道が判らないので、バレリアに案内を頼む。

「ところで今日の夕方のことなんだが」

「何? ああ、マックスのこと?」

「店に来て君と何か話していた男のことなんだが、あれがマックス?」

「ええ」

「どういう関係なんだ?」

「私の交友関係ばっかり訊いてくるのね」

「いけなかったか?」

「そんなことないわ。でも、食事の時はもっと違う話もしてね?」

「もちろん」

「マクシミリアーノは私の元夫エクス・エスポーソ。あら? 離婚してないから、まだ夫のままなのかしら?」

 夫? あの冴えない中年が? 一体何の間違いで結婚したんだか。

「君、既婚者だったのか」

「ええ。人妻とデートするのはお気に召さないのかしら?」

「そんなことはないさ。魅力的な女性とデートできるなら未婚だろうが既婚だろうが気にならないね」

 普段はこういうことは絶対に言わないのだが、騎士道的には言わざるを得ない。本当は不倫はあまり好きじゃないんだが、仮想世界のシナリオなんだから気にしないことにする。

「あら、よかった」

「金を渡していたようだが」

「ええ、彼、タクシーの運転手なんだけど、事故を起こして、車の修理代が足りないからって」

「その話を信じたのか?」

「いいえ、信じないわよ」

「信じないのに金を渡したのか」

「ええ、たぶんサッカーフットボールの賭けで負けたんじゃないかしら。でも、可哀想な人なのよ。軍隊に入ってたんだけど、演習中に大怪我して、仕方なく除隊して、タクシーの運転手になって。しばらくは真面目に仕事してたけど、そのうちにやりきれない気持ちになったらしくて、自暴自棄になって、家出しちゃったのよ。だから、私に顔向けできないと思ってるだろうけど、どうしても会いたくなる時があるから、あんな風に借金を理由にして会いに来るんだわ」

 恐るべき博愛精神。俺の騎士道精神をはるかに上回ってるな。マックスも、優しくされすぎて、いたたまれなくなったのかもしれない。負い目のある人間ってのは、多少責められる方が却って開き直れるからな。POSのお金は後で親方に返したから、心配しないで、とバレリアは言った。

「さあ、マックスの話はもうよしましょうよ。それより、あなたのことがもっと知りたいわ。ゲームフエーゴが強いんですって?」

「それもモニカに聞いたのか?」

「そうよ。ドロレスをコテンパンにしちゃうほど強いって」

 スペイン語で何と言ったのか聞き取れなかったが、コテンパンアス・キックトと訳されるような卑語を使ったのは間違いない。モニカと同じで、こんなに美人なのに意外と言葉遣いが悪い。

「ゲームにも依るよ。勝ったり負けたりだ」

「あら、それでもいいのよ。どんなゲームフエーゴでも強い人なんていないもの。何が強いのかしら。楽しみだわ」

「俺とゲームする気で夕食に誘ったのか?」

「そうよ」

 待て待て待て。それじゃあ俺へのご褒美じゃないじゃないか。それとも、ご褒美はその後にくれるのか?

 店に着くと、例の袖なし男が前に立っている。俺が女連れなのに気付いて、声をかけてこなかった。ロベール氏は後から付いて来ていたはずだが、どこへ行ったのか姿が見えない。彼が袖なし男に捕まらないよう祈っておこう。モニカが目敏く俺たちを見つけて寄って来た。

ハーイオーラ、バリー、アメリカ人アメリカーノを首尾よく捕まえたのね」

「あら、モニカ、私が捕まったのよ。彼、ダマスキナードのテクニックもすごいの!」

「じゃあ、何とかして引き留めなさいよ。ロリータから奪っちゃって」

「ええ、頑張るわ、ロリータは?」

「もう来てるわよ。奥の席」

 全く、俺は彼女たちにとって、何なんだろうな。どうしてこの仮想世界のシナリオってのはこんな理不尽なものばかりなんだろう。奥の席へ行くと、ドロレスが一人でビールを飲んで生ハムをつまんでいる。俺を見て笑顔になったが、すぐそれが凍り付いた。

「バレリア! どうしてここへ?」

「もちろん、夕食に来たのよ。アーティーに連れてきてもらったの」

「あら、そう、じゃあ、他の席に行ってくれないかしら。私、今日は一人でいいから」

 ドロレスが急に不機嫌になった。二股を掛けられたとでも思ったのだろうか。さて、どうやって説明したものか。俺より先にバレリアが口を出す。

「ノー、ノー、勘違いしないで。あなたとアーティーの夕食の仲間に私を入れてってお願いしに来たのよ。別に構わないでしょう?」

「アーティー、そうなの?」

「俺はドロレスとの先約があるって言ったよ」

「ええ、確かにそう言ったわよ。でも、私が無理を言って付いて来ちゃったの。アーティーを責めちゃダメ。ね、いいでしょ、3人でも」

「解ったわよ。さあ、どうぞ」

 何だかドロレスがやけになっている気がしないでもないが、いつもどおりドロレスの向かい側に座る。そしてバレリアが俺の隣に座る。身体が近い。何も注文していないはずなのに、モニカがビールを3杯持ってきた。バレリアも最初に2杯注文する派なのか。

「料理のご注文は?」

「そうね、じゃあ、ロシア風サラダエンサラディージャ・ルサタコのガリシア風プルポ・ア・ラ・ガジェガツナのエスカベーシュアトゥン・エスカベチャード肉団子アルボンディガスムーア風串焼きピンチョ・モルーノ、カルネ・メチャーダ、それからチョピートス」

「シー・セニョーラ」

「アーティーも頼んでね」

「今、頼んだ物の中に俺のは入ってないのか?」

「入れてないつもりだけど?」

「よく食うな」

 痩せてるのに、どこに入るんだろう。やっぱり胸かな。

「今日は体験の人たちと昼食に行って、あんまりたくさん食べられなかったからよ」

「モニカ、前に頼んだことのある、鶏と野菜のスープ」

「んんー、何だっけ、コシードだったかしら」

「確かそんな名前だよ。とりあえずそれだけだ」

「シー・セニョール」

 俺が注文している間に、バレリアが1杯目のビールを飲み干してしまった。そしてもう一つのグラスを取り上げながら言う。

「じゃあ、アーティーと出会ったことを記念して、乾杯しましょう」

 いや、君、もう1杯目飲み終わってるだろ。だが、文句を言えそうにないので仕方なくグラスを挙げて乾杯の意を示す。ドロレスも不本意そうにそれに従う。バレリアは「乾杯サルー!」と言った後で、2杯目も一気に飲み干してしまった。恐ろしいことに、ドロレスよりもペースが速いらしい。

「ううーん、仕事が終わった後のビールセルベッサって美味しいわね。特に、今日は英語ばかりしゃべってて喉が渇いたし頭が疲れてるから、最高に美味しく感じるわ」

「バレリア、アーティーはアルコールに強くないんだから、あんまり勧めないでよ」

「知ってるわよ。でも、あなただって初めての日は無理に勧めてたらしいじゃないの」

「あれは……アーティーの方から突然声をかけてきたんで、変な男かもしれないって思ったから酔いつぶそうとしただけよ」

 いや、君、俺のこと変なこと考えてなさそうって言ってたじゃないか。突然声をかけたのはそのとおりだけどさ。

「でも、つぶれなかったんでしょ?」

「つぶれたわよ。私とモニカと二人で担いで連れて行ったんだから」

「あら、そうだったの。でも、その後で復活したんでしょ」

「まあね」

「それで、あなたの好きなアレ、やったんでしょ? 何回したの? 満足できた?」

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