#5:第6日 (9) 騎士道の結末

 突然、マルーシャが言った。いや、待てよ。ここ、船室キャビンじゃないのに、そんなことできるのか? しかし、そう思う間もなく周りに黒幕が下りてきて、いつもの暗闇になった。そして俺とマルーシャにスポットライトが当たる。ティーラは身体を輝かせながら固まっている。

「おい、さっきの茶番ファースは何のつもりだ?」

「茶番じゃないわ。妹の願いを叶えてあげたかっただけよ」

 まあ、マルーシャはティーラのことを途轍もなく大切に思っているらしいから、そういうことをしたいのかもしれんがね。だが、俺をそれに付き合わせることはないと思うんだが。ため息をついてから、目の前にあるディレクターズ・チェアに座る。空間を元に戻すときには、立たないといけないんだろうな。

汽船シップの中の騒動も知ってたんだろう? どうやって判った?」

「盗聴器」

「盗聴器?」

 そんなもの、自分の部屋に仕掛けてたのか。じゃあ、あの部屋で何か起こると予想していたとでも?

「フォルティーニ氏が仕掛けていたから、何かするつもりと思って私も仕掛けておいただけよ。あなたの部屋にも仕掛けてあるから、悪いけど後で外しておいて」

 おい、そんなとんでもないこと、しれっと白状するなっての。

「勘弁しろよ。俺の寝言も全部聞いてたってのか?」

「一晩中起きてたわけじゃないわ」

 俺が言ったのはジョークだよ。通じない女だな。

「それで、どこからどうやって奴を撃った?」

「そこの窓から、アサルト・ライフルで」

 おいおいおい! アサルト・ライフルだと!? だが、4分の3マイルだぞ!? 外してティーラに当たったら大変なことになってたし、奴に大怪我させても失格だぞ!? どうしてそんな、ティーラどころか自分自身まで危険に追いやるような状況を作って、平気でいられるんだ?

「ティーラに当たるかもしれないとは考えなかったのか?」

「全く」

「それほど自信があったとでも?」

「もちろん」

「銃はどこから持ってきて、どこへ隠したんだ?」

「ご想像にお任せするわ」

 いやはや、マルーシャってのは一体何者なんだ? 世界的オペラ歌手にして、超一流スナイパーだって? ウクライナの秘密警察の諜報員か何かか? 訊いても答えてくれないだろうから訊かないけどさ!

「さっきティーラは言わなかったが、撃たれた直後に、フォルティーニを投げ飛ばしてたぜ。君が教えたのか?」

「ええ、護身用の条件反射としてだけど」

「それはもしかして、弾が何かに当たる音とか?」

「そんなところよ」

 条件反射か。だったら、無意識なんだろうな。ティーラは投げ飛ばしたことを船長キャプテンに隠したんじゃなくて、憶えてなかったんだ。ひょっとして、彼女に催眠術でもかけてるのかね。そもそも、裁定者アービターにそんなことをして許されるのかどうか。

「ところで、ここはなぜバックステージになるんだ? 俺は自分の船室キャビンだけかと思ってたぜ」

「ここがゲートだからよ」

「ゲート? この部屋が?」

 思わず周りを見回しかけたが、既にバックステージになっているのでどういう部屋だったか判らない。記憶によれば、広くて、明るくて、すぐそこに海が見えて、別荘のようないい感じの部屋だった。

「なぜ、ゲートだと判る? 確認したのか? 俺は何も知らせを受けてないぞ」

「確認はしてないわ。でも、ここがゲートなのは間違いないもの」

「だから、なぜそれが判る?」

「ノルウェーのコインに関係している場所」

「ノルウェーのコイン?」

汽船シップの諸元は知っているでしょう?」

 うん、それは裁定者アービターから聞いた。ノルウェーはあの汽船シップをオーダーした会社のある国だ。

「しかし、コインは何の関係があるんだ?」

「ターゲットは連合王国のコイン」

 うん、それも解る。汽船シップは連合王国籍だ。

「それで?」

「イタリアのコインもあったけど、既に盗まれていたわ」

 イタリアのコインはコイン・セレモニーのコインのことだ。そして汽船シップはイタリアの造船所で建造された……

「それで?」

「ノルウェーのコインはどこにも出てこなかったから、それに関係がありそうな場所がゲートになる、と考えたの」

「考えはそれでもいいが、ここはなぜノルウェーのコインに関係してるんだ?」

「オリンピックのノルウェー代表が泊まっていた部屋」

「ノルウェー代表ならコインに関係があるのか?」

「ノルウェーの王太子ハーラル。後の国王ハーラル5世」

 王太子クラウン・プリンスならコインに関係があるのか、と訊こうとして、突然思い付いた。王国のコインというのはだいたい国王の肖像が描かれるものだ。王太子なら将来国王になって、コインの肖像になるはずで……

「参ったな、この世界でやっていく自信をなくすぜ。そんな複雑な推論でゲートを特定するなんて、俺にはとてもできそうにない」

「判らなくても、勝者にはなれるものよ」

 マルーシャが、おもむろに肩掛けの右袖に手を入れると、中から何かを取り出してきて、掌の上に置いた。そしてその手を膝の上に置く。6ペンス銀貨!

「ターゲットか」

「ええ」

「どこで手に入れた?」

「今朝、ミス・エリザベス・チャンドラーが、ランニングに出ている間に」

 ランニング? そうか、ベスは今朝初めてランニングに出てきたんだった。ベスはリリーと同室だから、その間、部屋には誰もいなくなる……しかも、ティーラも走っているじゃないか。マルーシャが自分の部屋を出るのに、ティーラに断る必要もない。6ペンス銀貨をすり替えるのに、最適の時間が存在したって訳だ。

 しかし、マルーシャはなぜベスがターゲットの6ペンス銀貨を持っていることに気付いていたのだろう。もしかして、昨夜、俺とベスがサン・デッキで会っていたのを見ていたとか……まあ、彼女ならあり得ることだな。結局、また俺は彼女の使い走りとしてターゲットを盗んだことになったわけだ。

「しかし、どうしてその前夜に、自分でケンジントン・スイートに盗みに行かなかった? 君の船室キャビンのすぐ近くなんだぜ。いつだって隙はあっただろう」

「夜中まで代わりのコインが手に入らなかったから」

 キー・パーソンから入手するのが遅れたと言いたいのだろうか。そもそも、彼女のキー・パーソンは誰だったんだろう。

「代わりなんかいらないだろう? 俺はたまたま直前に手に入れたから交換しただけだ」

「花嫁の夢を一瞬でも壊すのは嫌だからよ」

 花嫁の夢? ああ、そうか。レスリーがパーティーから部屋に戻って来て、靴の中のコインを確かめようとしたら――やるよな、きっとやる。幸せをかみしめるために――無くなってた、っていうんじゃあ、大騒ぎになるに違いない。たかが6ペンス1枚でも、こういう時は少しでもケチが付くと、後顧の憂いの種になるからなあ。女らしい配慮とも言える。俺なんて、友人の男を奪うような女の結婚式には、多少ケチが付いても自業自得だとしか考えないからな。

「早く確認をして、さっさと退出してりゃあ、ティーラはあんな危ない目に遭わなかったのに」

「彼女があなたと一緒にいる時間を、できるだけたくさん作ってあげたいの。退出は制限時間ぎりぎりまで延ばすつもりよ」

 俺がキー・パーソンにやったような配慮を、自分の妹にやるわけだ。アヴァターなのに。

「妹思いだな。いいことだ。しかし……」

「ええ、そのせいで、あなたにも迷惑をかけることになるわ。だから、これをあなたに譲ってもいいと思ってるの」

 うつむいて、手の中のコインを見ながら、マルーシャが言った。譲る? ターゲットを? 本気かね。

「ご冗談を。譲られるつもりはないね」

 マルーシャが顔を上げて俺の方を見た。しかし、驚くでもなく、いつもの無表情だ。まるで固まったティーラみたいだな。

「この前は、君が強引に俺から奪ったから取り返しに行ったんだ。だが、今回は違う。単純に、俺が失敗して、君が成功した。妹の希望を叶えてやるからって、譲ってもらおうなんてこれっぽっちも思わないね」

 前のステージで、火星人マーシアンハーレイ氏の潔い態度を見せられたばかりなんだ。帝国騎士である俺が、同じことを実践しなくてどうするよ。

「そう、解ったわ。でも、明日の夜の11時59分まで待ってるから、もし気が変わったら教えて」

「変わらないよ。だが、別の要求を出させてもらう。今後、君と同じステージになったときでも、俺には暴力を一切振るわないこと。君と仲良くなりたいとは言わないが、力ずくで奪っていく女は嫌いなんでね」

「それも解ったわ」

 マルーシャはそう言って、コインを肩掛けの袖の中に戻した。

「明日の予定を考えたから、参考にして。9時、このホテルにお迎え。ロケタ島に渡って、しばらく散策。戻ってから、コユカ湖に移動。12時頃に到着し、湖畔のホテルで昼食。その後、湖の遊覧ツアー。夕方になったら、湾の東側のマデイラス・レストランへ……」

 何なんだよ、俺を合衆国へ帰さないつもりか。まあ、帰るつもりもないけどな。しかし、エレインがちゃんと飛行機を予約していたら、空港に向かう前に退出しないといけないだろうなあ。そうしないと不自然だ。今夜はノーラたちと夜遊びすると思うが、明日はどうやって断ろうか。二人の女から同時に好かれるなんてのは初めてだから、どうあしらっていいものか想像も付かないぞ。

 隣で、うっすらと光りながら立っているティーラの顔を見上げる。無表情でも、可愛いな。笑顔にしてやったら、もっと可愛いだろう。しかし、残念だが明日でお別れだ。この次は、いつ会えるんだろうな。

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