#5:第2日 (6) 燃えつきた高層

「昼間のエレインの行動を教えてくれ。プール・サイドにいたんじゃなかったのか?」

「はい、いました。ほとんどの時間をプール・サイドとインターナショナル・ラウンジで過ごしています」

「映画館へ行ったのは?」

「6時からです」

「俺は2回、プール・サイドへ行ったんだが、エレインを全く見かけなかったぞ。どうなってるんだ?」

「アヴァターが競争者コンテスタントと共同行動を取っていない場合、競争者コンテスタントからは不可視になります」

「なんだ、そりゃあ……つまり、この船室キャビンにいるか、食事へ行く時しか見えないってことか?」

「いいえ、その他の場合でも共同行動を取っている時は可視です」

「具体例!」

「例えば、寄港地で一緒に上陸して観光をする時などです」

 例としては解りやすいが、それ以外の時はなぜ見えないのかが解らん。

「それで、俺からの指令は実行したのか?」

「おおむね指示どおり遂行したと思いますが、詳細はエレインに確認して下さい」

「なぜ君からは報告できない?」

裁定者アービターからは概要のみの報告になります」

「解った。エレインに戻って、早く着替えてダイニングへ来てくれ」

「了解しました」

 エレインを残して船室キャビンを出て、ダイニングの前で待つ。客の入れ替わりが激しいが、ふと見ると神々しいばかりの美人がダイニングへ入ろうとしている。匿名アノニマスのアンナ! 声をかけようとしたが、俺の前だけになぜか客の壁ができていて、それをかき分けているうちにアンナがダイニングの中へ入ってしまった。俺が一人で入るわけにはいかないので、後にするしかない。おまけに、相手の名前を知らないものだから、声のかけようがない。

 憮然として入口のところで待っていると、ようやくエレインが来た。中へ入るとウェイターが席まで案内するので、アンナのところには行けない。ダイニングの奥の方を見たが、まさにこの前と同じところに彼女が座っているのが見える。アヴァターもいる。横に座っているのは例のミステリー作家夫妻と、船長キャプテンじゃないか。してみると、彼女も上客の扱いを受けているのだろうか。

 案内された席に座ると、昨夜とはメンバーが全員入れ替わっていた。昼間のミステリー・ファン二人組は知っているが、後の4人は全員若い女だ。つまり、8人掛けのテーブルで、俺一人が男なのだった。居心地が悪いことこの上ない。まあ、このうちの誰かがキー・パーソンかもしれないと思うと、知らんふりもできないのだが。

「あら、まあ! 奇遇ね」

 エレインがそう言って見知らぬ4人と笑顔で挨拶している。それからエレインが俺に向かって言った。

「アーティー、彼女たち、今日の昼間にプール・サイドで知り合いになったの。写真を撮るのを頼まれたのよ」

 写真を撮るのがそんなに偉そうにするようなことか。おかしな奴だ。紹介されたのはベス、リリー、ノーラ、ヴィヴィの4人で、サン・ノゼから来たという。若い。みんな23、4歳くらいだろう。4人だけで来たのではなく、もう一人友人が乗っていて、その友人はこの船旅クルーズの後にアカプルコの教会で結婚式を挙げるらしい。もちろん、婚約者も一緒に乗っていて、それだけでなく両家の家族も乗っているそうだ。つまりこの4人は“結婚式ツアー”の便乗者なのだった。まあ、この時代にしては贅沢な話だろうな。

「初日にレスリーの泊まっているスイートにみんなで行ったのよ。ケンジントン・スイートっていう名前が付いていて、とっても広いの! 家具も豪勢だし、カーペットはふかふかだし、窓も広くて見晴らしがよくて、ミニ・バーにはお酒やお菓子がいっぱいだし、私もあんな船室キャビンに泊まってみたかったわあ」

 ヴィヴィという、羊のような顔をした娘が早口でまくし立てる。レスリーというのが結婚する友人の名前だ。食事が始まると改めて自己紹介などをし合ったが、その時になってようやく、4人組のうちの二人が、今日の昼食後にドクター・バーキンと階段のところで話していたのを思い出した。ベスとリリーだ。二人とも綺麗な顔をしているが、一方はゴージャスな美人、もう一人は地味ソウバーな美人だな、と感じたのも思い出した。まあ、そんなことを思い出しても何にもならないが、全く知らない顔ではなかったというのは何かしら意味があるのかもしれない。赤っぽい金髪のゴージャスな美人がベスで、濃い金髪の地味ソウバーな美人がリリー。

 そして他の二人のうち、濃いブルネットの模範的な美人がノーラで、羊がヴィヴィ、というわけで、簡単に顔と名前が覚えられそうだ。ただ、みんな気さくに挨拶はしてくれたものの、俺が元フットボーラーだと言っても特に誰も関心を示さず、その後、俺はほとんど話を聞いているばかりで、時々何か訊かれたら答えるくらいになった。まあ、無理矢理話を合わせなくても済むのはありがたい。

 それにしても女ばかりなのでやはり騒がしい。俺の全く解らない芸能の話から、ファッションの話、食べ物の話などをしているが、そのうち明日のマサトランで見に行きたいところの話になった。さらに俺とエレインが4人組と一緒に観光に行くという話になってしまった。まあ、エレインと別れて一人で行動しようとは思っていなかったが、女5人と一緒に行動するのはもっとやりにくい。どうせ後から付いていくか、せいぜい地図を見る役目をやらされるかだろう。

 ちなみに、ミステリー・ファンの二人組は明日の午後から開催される船長キャプテン主催のカクテル・パーティーに出席したいとかで――今日のトーク・ショーの後で、ミッチェル夫妻も参加すると言っていたからだそうだ――午前中だけでマサトラン観光を切り上げるため、別行動することになった。

 食事の後で女7人はインターナショナル・ラウンジへ行くことになったが、もちろん俺は付いて行かない。疎外感を味わわされるだけだからな。で、女たちはそのままラウンジへ行くのかと思いきや、みんないったん船室キャビンに戻るという。何だかよく解らないが、化粧でも直すのだろうか。そのせいかエレインもいったん船室キャビンに戻ることになった。4人組はバハ・デッキ、ミステリー・ファンはカプリ・デッキだという。ミステリー・ファン二人とは、階段を降りたところで別れた。左舷の、内側の部屋だそうだ。

「あー、お腹いっぱい」

 船室キャビンに戻るとエレインがそう言いながらベッドに倒れ込む。

裁定者アービター!」

裁定者アービターが応答中です」

 アヴァターが起き上がってベッドの上に膝を揃えて座り直す。エレインはがさつなのに、どうして裁定者アービターはこんなに行儀がいいんだろう。本当に、中身が入れ替わって欲しいくらいだ。

「昼間、他の女客に声をかけろと指示したのが、あの成果という訳か」

「はい」

「あの中にキー・パーソンがいるのか?」

「お答えできません」

 まあ、そうだろうな。

「一つ頼みたいことがある」

「承ります」

「これからラウンジで彼女たちとおしゃべりすると思うが、結婚するという娘、レスリーといったか? 彼女のことを何とかして聞き出しておいてくれ」

「了解しました。可能と思います」

「それから、なるべく12時前に戻ってくるように仕向けてくれ。俺が寝不足になる」

「承りました」

「君は寝不足にはならないのか?」

「そのようなことはありません」

「以上だ」

 俺がそう言うと、アヴァターはベッドの上に倒れ込んだ。それからふうっと大きくため息をつく。アヴァターのくせに、そんなに腹がいっぱいになるまで食うなよ。

「ところで、お前は化粧を直したりしなくていいのか?」

「あら、そうだわ、忘れてた!」

 エレインはベッドの上から跳ね起きると、壁際の鏡台の前に座り直した。顔の造作はいいんだから、化粧をすればかなりの美人に見えるはずなんだが、中身がなあ。

 エレインが出て行った後、することがないので、映画を見に行くことにした。カプリ・デッキから入ると既に始まっていて、高層ビルディングが大規模な火災を起こしていた。『タワーリング・インフェルノ』だった。古い作品だが、これくらい有名だとさすがに俺でも知っている。それにしても、今日はパニック映画特集らしい。つくづく、今回の航海のプログラムは挑戦的なようだ。

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