#5:第2日 (5) 毒のある話
「それでは先ほどミッチェルさんからご提案頂いたとおり、皆様からのご質問を受け付けましょう。ご質問がある方は挙手をお願いします……」
何人もの手が挙がるが、
「ミッチェルさんのお話は大変楽しかったです。ですが、ミッチェルさんだけがお話になって、夫人の方は一言もお話にならなかったので、夫人にも船上のミステリーについて何かご意見をお伺いしたいですわ」
マイクがミッチェル夫人の方に回ってくると、夫人は青い顔をして胸を押さえて、ミッチェル氏の表情を伺っている。それから何かしゃべろうとしたが、言葉が出ず、そうこうしているうちにマイクがまたミッチェル氏に戻ってしまった。
「すいません、メアリーの話が聞きたかったのに、なぜお前がまたしゃべり始めるんだとお思いでしょうが――」
そう言って軽く笑いを取った後、ミッチェル氏は続けた。
「――実はメアリーは非常に恥ずかしがり屋でして、人前で話をするのが苦手なんです。雑誌のインタビューを受けるときでも、私が横についてあれこれ助けてやらなければしゃべれないほどでして。もちろん、今からメアリーにはしゃべってもらおうと思いますが、あなたのご質問がちょっと漠然としていましたので、もう少し限定させて下さい。『私が先ほど話した理由以外に、船上のミステリーを書かなかった理由が何かあるか?』。これでいかがでしょう?」
質問してきた女性に同意を求め、彼女が快諾する。マイクがミッチェル夫人に戻る。夫人は何度か深呼吸をした後で口を開いた。小さく、震え気味の声だった。
「申し訳ありません、とても緊張していまして……みなさま、今日は私たちのトーク・ショーにご参加いただきありがとうございました。それで、先ほどの質問の件ですが、私が船上のミステリーを書いていない理由……私、実は、
予想以上に大きな笑い声が起こり、ミッチェル夫人の方がびっくりしているくらいだった。恥ずかしがり屋の女性が口にするジョークにしては毒が効きすぎているが、おそらく今までのインタビューの中で何度か同じネタを使ったことがあるのだろうと思われる。
「――と思って少し心配していたのですが、この
ミッチェル夫人がぎこちない笑顔と共にコメントを終えると拍手が起こった。マイクを
「ミッチェルさんと夫人が創作するときの担当は決まっているのでしょうか? 例えば一方がアイデアを出して、一方が書くといったような役割があるのでしょうか?」
もちろん、これもミッチェル氏がマイクを持って答えた。
「そうですな、実はその質問は何度かされたことがあるのですが、なぜか今まで一度も雑誌などに載ったことはないようです。役割を分担して創作する共作作家もいるようですが、私とメアリーの場合、そういった役割はありません。私も彼女も、それぞれがプロットを考え、それぞれが文章にします。もちろん、プロットがうまく作れないときはお互いに相談したりもするし、文章に対して意見を言い合うこともあります。まあ、全体的に見てプロットも文章も私より彼女の方がずっとうまいとは言えますが、だからと言って私の方がトークの担当で、彼女が創作の担当――」
また爆笑が起こった。どうやら今のは何かのパロディーらしい。
「――などということは決してないということをお断りしておきます。あなた、信用して下さいよ?」
茶目っ気たっぷりにミッチェル氏がコメントを終えると、
4時過ぎ、サン・ルーカス岬沖に到着。カリフォルニア半島の最南端だ。小さな
久々に陸地が見えたせいか、デッキ・サイドに客がたくさん出てきている。
そういえばサン・ルーカス岬の見所は調べていなかったが、一応名前だけは聞いたことがある。しかし、1975年にリゾート・ホテルがあったかどうかはよくわからない。あったらたぶん寄港地になっているのではないかと思うので、まださほど開発が進んでいないのではと想像する。
デッキにどんどん客が増えてくる。男女の
だんだん居場所がなくなってきたので、バーにでも入ろうと思ったがそこも満員で、インターナショナル・ラウンジの真ん中の方に席を取って休憩する。窓からは遠いが、夕焼けが見えないことはない。陽が沈むと夕食へ行くためか、客が一斉にいなくなった。6時からはまたドレス・コードがあるが、今日はインフォーマルだ。ジャケットに着替えるために
「どこへ行ってたんだ?」
「映画よ」
「また映画か。今日は何だ?」
「『ポセイドン・アドヴェンチャー』。ジーン・ハックマン、かっこよかったー」
あああ、何だって? 古い映画のことは詳しくないが、『ポセイドン・アドヴェンチャー』ってのは確か豪華客船が転覆する話じゃなかったか? ミステリーのトーク・ショーといい、今回の
「アーティー、私、着替えるから、また先にダイニングに行って待ってて」
「
「
食事に行くためのドレスを持ったまま、アヴァターがこちらに振り返った。そのまま着替え始めたらどうしようかと思ってひやひやした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます