ステージ#5:女王のいない海 (Wish in Troubled Waters.)

#5:バックステージ(開始前)

「アーティー・ナイトは第5ステージに移ります。ターゲットは儀式のセレモニアルコイン。競争者コンテスタンツはあなたを含めて3名、制限時間は7日です。このステージでは、裁定者アービターが同行します。アヴァターを用意しましたので、ご確認下さい」

 同行? アヴァター? 何のことだ? 頭の中が疑問符だらけだが、目の前に3Dホログラフィーのようにぼんやりと光る人物像が浮かび上がってきた。その光で俺の身体も照らされる。……待て待て待て、俺はまたいつの間にかディレクターズ・チェアに座ってるじゃないか。しかも左肘を肘掛けの上に置き、少し顔を傾けながら頬杖を突いていた。練習前のミーティングで癖になっている座り方そのままだ。

 まあ、それはいいとして、目の前で光っている人の姿をした物体は……知っている女だ。従妹のエレイン・ガーロットじゃないか! とはいえ、最後に会ったのはもう5年以上前で、あの時はまだ高校生だったから今はもう卒業していて、働いてるんじゃないかと思うが。スーツを着ているから多分そうだろう。それにしても綺麗になったもんだ、あの生意気エレインが……って、いやいやいや、これは本物のエレインじゃないだろう。そもそも、なぜここにエレインが出てくる?

「意味が解らん。どういうことなのか説明しろ」

「次のステージには二人かそれ以上の組でないと参加できない制約があります。単独の競争者コンテスタントに対しては、裁定者アービターがその同行者となります。その同行者の仮想的な姿として、アヴァターを使用します。アヴァターの造形には競争者コンテスタントの近親者が選ばれます」

 エレインの3Dホログラフィーが裁定者アービターの声でしゃべっている。よりによって、エレインとはなあ。まあ、俺の両親は2年くらい前に交通事故で亡くなったし、兄弟姉妹シブリングはいないし、近親者といえば親類しかいなくて、その中で一番年齢が近いのがエレインなのは間違いないが、近親者でないといけない理由が今一つわからない。

「ペア・マッチなのか?」

「いいえ。裁定者アービターは盗犯行為を補助することはできません。ただし、限られた範囲において情報の収集を補助することはできます。また、規定の状況において、質問への回答など、通常の裁定者アービターとしての役割を果たします」

「……よく解らないが、秘書セクレタリーみたいなものか?」

「そのように解釈していただいて結構です」

 奇しくもさっき思ったとおりになった。まあ、退出した後の検査時にそういう概念を植え付けられたせいで、あんなことを思い付いたのかもしれないが。

「しかし、こんなホログラフィーみたいに光ってたんじゃ不自然だろう」

「あなたにはそう見えるだけで、ステージ内の登場人物や、他の競争者コンテスタンツには普通の人間と同様に見えるようになっています」

 何だ、そりゃ。要するに、俺の視覚がそういうように制御されてるとでもいうのか。まあ、この世界全体が仮想ヴァーチャルなんだから、何がどう見えたって不思議じゃないのは解ってるけどな。

「で、何を確認するんだって?」

「アヴァターの造形です。この人物の他に、3人の候補があります」

「3人? 誰のことだ?」

「この人物の両親と弟です」

 そんな奴らいらねえよ。ここ何年もまともに話したことすらない連中だぜ。エレインの弟なんか、いつも俺のこと無視しやがるし。エレインだけは義理でも話をしてくれるのにさ。

「エレインでいい」

「了解しました。なお、この造形は現在の姿を基にしていますが、髪の長さや体型を適度に補正することが可能です」

 補正……いやまあ、髪の長さは解る。このエレインはロング・ヘアをアップにまとめているが、これをショート・ヘアにしたりしてもいいということだろう。だが、体型の補正とは何のことだ。

「背を高くしたり太らせたりできるということか?」

「はい。5%以内で補正が可能です」

「胸を大きくすることも?」

「5%以内で可能です」

 そりゃあ、同行者のスタイルはいいに越したことはないけど、今の姿で十分均整が取れてるから補正の必要はなさそうだ。もっとも、本物のエレインがこんなにプロポーションがいいはずはないと思うんだが。それに顔も……エレインにしては美人過ぎる。いくらあれから5年経ったとしてもだ。ダメだ、あの生意気エレインがこんな美人になってるわけがないって。

「……眼鏡をかけることはできるか?」

「可能です」

「かけてみてくれ」

「形はどのような?」

「フォックス」

 秘書のステロタイプともいえる、釣り目型のフレームだ。これならエレインに似合うはずがない。3Dホログラフィーがフォックス型の眼鏡をかけた。いやその、眼鏡をかける動作までしなくていいから。それにその眼鏡、どこから取り出した?

「よろしいでしょうか?」

 あああ、ダメダメダメ! ダメだ! あのエレインがこんなに眼鏡が似合うわけないって! お前、美人になるように勝手に補正してるだろ! こんな美人を連れて歩いたら、ろくなことにならん。却下だ。

「眼鏡はやめだ。それから、胸を限度いっぱいまで小さくしろ」

「バランスを取るためにその他の部分も痩せさせることなりますがよろしいでしょうか」

「いいから早くしてくれ」

 スーツの胸がほんの僅かにへこんだ気がする。もしかしたらウエストも細くなったりしたのかもしれないが、ほとんど変わらない。まあいいか。

「以上で造形の補正を終了してよろしいでしょうか」

「いいよ」

「それでは次に、声の確認を行います。基本的にステージ内全域において、エレイン・ガーロットとして行動します。ただし、指定の時間内及び指定の場所においては、競争者コンテスタントからの呼びかけに応じて裁定者アービターの役割を果たします。なお、エレイン・ガーロットとして行動している間は、ステージの核心に触れることや、設定を壊すようなことはありません」

 言葉の途中で裁定者アービターの声がエレインの声に変わった。聞き飽きただみ声だ。裁定者アービターの方が涼やかクールでいい声だ。それにしても、さっきから謎が多すぎるぞ。

「ステージの核心? 設定? 何のことだ?」

「同行者は本人の人格をベースにして形成された仮想人格から割り出された行動パターンに則って行動します」

 言い替えてもまだ難解だが、意味するところはだいたい解った。要するにエレインみたいな行動をする人形だと思えということだろう。しかし、そうなるとあいつは俺に憎まれ口を叩くことになると思うのだが、どのようにあしらえばいいものやら。

「それから?」

「説明を続けます。ターゲットを獲得したら、腕時計にかざして下さい。真のターゲットであることが確認できた場合、ゲートの位置を案内します。指定された時間内に、ゲートを通ってステージを退出してください。退出の際、ターゲットを確保している場合は宣言してください」

 途中から声がまた裁定者アービターに戻った。スーツ姿のエレインが、裁定者アービターの声でいつもの説明をしてくれている。どうでもいいことだが、アヴァターが手帳を見ながら説明しているように見える。そういう演出が本当に必要なのだろうか。意味が解らない。だいたい、エレインが手帳にメモなんかしているはずがないって。俺と同じで、細かいことは忘れても気にしないような大雑把な性格なんだから。

「なお、先のステージで確保したターゲットは、腕時計に格納されます。アーティー・ナイトが確保したターゲットはマジェンタ。文字盤の3の数字をマジェンタに変更しますので、ステージ開始後に確認願います。装備については、金銭の補充、並びにスーツ・ケースと衣服、その他旅行用品を支給します。前のステージであなたが入手した装備は継続して保持できます。ステージ開始のための全ての準備が整いました。次のステージに関する質問を受け付けます」

「スーツ・ケースなんて俺は持ってないぞ」

「はい、支給します。エレイン・ガーロットの父が持っていたものを借りたという設定です」

 あのケチなおっさんが貸してくれるとは思えないんだが、まあいいか。

頸飾カラーはターゲットだから腕時計に入るとして、帝国騎士インペリアル・ナイトの称号は今後も使っていいのか?」

「今後のステージでは使用できません。ただし、前回のステージで下賜されたスーツは今後も保持することが可能です」

 だろうな。冗談で訊いてみただけだよ。スーツには騎士であることを示すものは何もついてないし、型さえ気にしなければ普通に着ていても問題ないだろう。ただし、よっぽどのことがない限り着ないだろうがな。

「質問は終わりだ」

「それでは、心の準備ができましたら、お立ち下さい」

「いや、やはり質問する。もしここで俺が立ち上がらなかったらどうなる?」

「規定の時間経過後に起立していない場合は自動的に敗者となります」

「規定の時間とは?」

「90秒です」

 まあ、立つけどな。急に思い付いて訊いてみただけだ。さて、幕が開くのを見るのは気持ち悪いので目を閉じることにする。さっさと上げてくれい。

「ステージを開始します。今回のステージは汽船シップの中です。開始時点では乗船していませんので、出航時刻までに乗船願います。乗り遅れた場合、自動的に敗者となりますのでご注意下さい。それでは、よい航海をボン・ヴォヤージュ

 待て待て待て、ステージは汽船シップの中だと? そういうのは先に言っておくべきなんじゃないか!?

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