#4:第5日 (5) ハンガリー人火星人説
「でも、どうしてお城とうちの
しばらくしてマリーが言った。
「さあな。俺もよく判らんが、城にはだいたい秘密の通路が造られているものだ。王様が、まさかの時に脱出するためのな。そしてそれがマリーの
「うーん、聞いたことない」
「そうか。じゃあ、マリーのご先祖は、そういうことを知らないで
そうは言ったが、マリーが知らなくても、婆さんかゾフィーは知ってるだろう。あるいは、ここに入ったのはハーレイ氏かもしれない。だとしたら、ゾフィーから何かを聞き出した可能性が高いと考えられる。
「ゾフィーは
「
おっと、つい口に出てしまった。本人以外にはそう呼ばないことにしていたんだが。
「うん、ハーレイ氏のニックネームだ」
「変なの。どうして
仕方ない、説明するか。
「ハーレイ氏は若いのに医学博士だ。普通は大学院で5、6年は研修するから27、8歳で医学博士号を取るが、彼はまだ23歳だ」
「うん、そうだね。偉いよね」
「ところで、100年ほど前の合衆国に、ハンガリー出身の極めて優秀な科学者が何人かいた。ジョン・フォン・ノイマン、エドワード・テラー、ユージン・ウィグナーなどだ。フォン・ノイマンの名前くらいは聞いたことないか?」
「あっ、コンピューターの授業で聞いたことあるよ。名前だけだけど」
「うん、コンピューターの原理を考案した人だ。その他にもたくさん業績がある。それで、彼らがあまりにも並外れて優秀なので、ハンガリー人科学者は実は地球人ではなくて、
「それで、ハンガリー人の頭がいい人は
「そうだ。当時はまだ、火星に知的生命体がいるかもしれないと信じられていたからな。国際会議で世界中から集まった科学者が、みんなハンガリー語で議論していた、なんていうジョークもあった。とにかく、優秀なハンガリー人を見たら
「面白いね。でも、ドクトルに
「むしろ喜んでいたが、こういうのは俺みたいな合衆国民が言うから通じるのさ。マリーたちはドクトルと呼んでいればいいよ」
「うん、そうする。ゾフィーには、ドクトルが帰ってから教えてあげようかな」
それで、結局、何の話をしていたんだったかな。そうか、
「マリー、もう一つ頼みがある」
「えっ、今度は何?」
「ここに入ったことは、君の姉さんとお祖母さんには秘密にしておいてくれないか」
「うん、判った。私も、勝手にこんなところ入ったって言ったら、怒られるかもしれないし。でも、アーティー、私の頼みも聞いて」
「何だ?」
「もう二度と、あのトンネルに入らないで。今日は何もなかったけど、何だか危ない目に遭いそうな気がするの」
「ああ、そうだな。判った。約束する」
だが、残念ながらその約束は破らざるを得ない。しかし、この地下室から入らないということだけは約束できるだろう。そしてマリーは危ない目に遭いそうな気がすると言ったが、それはたぶん当たっている。今回のターゲットを盗み出すには、相当苦労しそうな気がするからだ。
「マリー」
「何?」
「上で誰か呼んでる」
地下室から上がる階段の方から、微かに声が聞こえてくる。
「え? あっ、
「言い訳が必要なら、俺の部屋に行って話をしてたってことにしな」
「わかった、そうする」
二人でそっと階段を上がる。もう一度、マリーを呼ぶ声が聞こえてきた。マリーは内扉を開けて俺を押し出すと、声の方に向かって返事をした。
「はーい、
そして俺は部屋へ戻る。ベッドに寝転がって、あのトンネルにどうやってもう一度侵入するかを考える。城からか? それとも……
考え込んでいるうちにうっかり寝そうになったが、ノックの音で目が覚めた。反射的に枕元の時計を見ようとする。だが、時計はなかった。寝ぼけている。腕に着けたままなのだ。10時過ぎだった。
「開いてるよ」
そう言うと静かにドアが開き、ハーレイ氏が顔を覗かせた。
「
「どうぞ」
俺はそう言いながらベッドの上で起き直った。ハーレイ氏は部屋の中に入ってきたが、ドアの前に立ったままだ。手振りで椅子を勧めたが、ハーレイ氏も手振りで
「今日の成果はどうだい」
「ええ、そのことでお知らせしたいことがありまして」
「ほう」
「実は、ちょっと気になる
「
「ええ、そう。しかしそれが、若い夫婦だったんです。まあ、あるいはまだ恋人なのかもしれませんが。今日、僕は湖の周辺を回ってきましたが、行く先々に彼らがいまして、一般の観光客にも見えるのですが、どうも行動が偏っている気がしました。というのも、ガイドのいるところではいつもこの国の王女との関係を訊くんですよ。いくら王女のご婚礼が話題になっているとしても、あの訊き方はどうも……」
「若い夫婦、あるいは恋人、か」
そういうのは俺も何組か見かけたが、ほとんど注意を払っていなかった。
「
「ええ、僕もそう思ってたんですが、歴史上には男女の泥棒ペアもいますからね。いや、僕ももしかしたら彼らが、と思ったのは今日の夕方になってからでして、それまではほとんど気にしていませんでした。まあ、どちらか一方が
なるほど、そうだとしたら、無名美人よりも更に巧妙な手口だな。俺は彼女の手口を参考にして、女の
「だとしても、よく気付いたな」
「なに、本当に偶然ですよ。僕がガイドに質問しようとしたのを、先に越された時にね。あんな質問を一般の観光客がするなんて、と思ったものですから」
「ふむ、まあ、その質問の内容は聞かないことにするとして、どんな
「
その容姿だと、蝶を撮っていた女ともサングラスの女とも違うな。男の方は全く憶えがない。
「俺が見かけたとしたら、ホーエンブルクかラエティアだろうな。だが、男女の
俺以外にネックレスを見せてもらっている男女の
「……いや、やっぱり思い出せないな」
「でしょうね。仕方ありません。いや、却ってあなたを混乱させてしまう情報だったかもしれない」
「気にするな。あと2日しかないんだ。嫌でもどこかで会うさ。誰が
「そう言って頂けると助かります。ところで、あなたの方は今日は?」
「どこに行っても団体の観光客しか見かけなかったな。一人どころか二人でうろついてる観光客すらいやしない。昨日何度か会ったサングラスの女も、今日はいなかったよ」
「そうでしたか。全く、どこに潜んでるのかな。あなたのおっしゃるとおり、誰に対しても警戒は必要ですが、当たりが付いてるのとそうでないのじゃあ、神経の使い方が全然違いますからね」
「仕方がないな、それがもう一人の
「僕はそういう駆け引きは苦手なんですよ。相手なしに、一人で考えるだけで何でも解決できるゲームとか、あるいは相手がいても、
「ソリティアか、それともチェスか」
「あっはは、そういうことです。さて、愚痴はこれくらいにして、そろそろ引き上げます。明日はもうこの
「ありがとう。
「あっはは、ご冗談を。僕もまださっぱり判ってないんですよ。それじゃあ、
ハーレイ氏はそう言ってそっと部屋を出て行った。地下のトンネルのことを、彼が知っているのかについてはさっぱり判らない。どうも、彼のような好青年とは駆け引きをする気が起こらないな。まあ、それも
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