#4:第5日 (4) 地下の秘密トンネル
30分後に足音がして、部屋にノックがあった。ドアを開けるとマリーが立っていたので中に招き入れる。マリーはいつもよりちょっとましな部屋着らしいものを着ている。ライト・ブルーのショート・パンツから伸びる足のラインが意外に艶めかしい。畑で鍛えた脚線美というところか。
「えーと、その……相談って、何?」
マリーは笑顔で言ったが、表情が少々硬い。さてはこちらの意図に気付いたかな。
「うん、それだ。実は、あの地下室にもう一度入らせてもらいたい」
「えっ、地下室? ああ、うん、ちょっとだけなら……でも、どうして?」
「理由は後で話す。今から行ってもいいか?」
「ああ、えーと……ゾフィーがどうしてるか、見てこなきゃ。
「よし、じゃあ、トレイを下げる時に見てきてくれ」
「解った」
トレイを下げるマリーに付いて階下へ降り、内扉の外で待つ。すぐにマリーが戻ってきて、小声で言った。
「ゾフィーも
「心得てるよ」
“中”へ入り、階段を降りる。マリーが鍵を開け、地下室へ入る。そして奥のドアの前に立つ。
「こいつはウォード錠という古いタイプの錠で、鍵の形が単純なのが特徴なんだ。少し違っていても開けられる。今日、イーデルシュタインに行った時に同じような錠前を見つけてきたから、その鍵で開くんじゃないかと思ってな」
「そ、そうなんだ」
もちろん嘘だが、マリーならごまかしが利くだろう。鍵で開ける振りをして、T字ピックを鍵穴に差し込み、奥にあるスプリングを一捻りした。あっさりと開く。
「ほら、開いたぞ」
「わっ、すごい! ほんとに開くんだ」
マリーは俺が本当に合い鍵で開けたと信じているようだ。それはさておき、閂を外し、蝶番をきしませながらドアをゆっくりと開く。階段があった。もちろん、中は真っ暗だ。
「階段だね」
マリーが俺の横から覗き込んで呟く。明らかに不安がっているようだ。こんなものが地下室の奥にあるなんて知らなかったからだろう。ペン・ライトを点け、階段の下を照らした。かなり深くまで降りられるようだ。
「じゃあ、ちょっと中を覗かせてもらうか」
「えっ!? ちょっと、やだ、怖いよ!」
「マリーは来なくてもいいよ。その代わり、ここで姉さんやお祖母さんが来ないか見張ってな」
「ちょっ、それもやだ! 私、この地下室あんまり好きじゃないんだから!」
「少しの時間くらい我慢しろよ」
「少しってどれくらいよ!?」
「そうだな、30分か1時間くらいじゃないか」
「そんなの少しじゃないわよ、我慢できるわけないじゃない!」
「静かにしろよ。独りでいるのがいやなら付いて来な」
「ちょっと、アーティー!」
「しーっ!」
口の前に指を当ててそう言うと、マリーが口をつぐんだ。それから手で“来い”の仕草をすると、マリーが不安そうな表情を浮かべながらも、黙って頷いた。うまくこっちのペースに乗せることができたようだ。足下をペン・ライトで照らしながら、踏面の狭い石の階段をゆっくりと降りる。マリーは俺のポロ・シャツの裾をしっかりと掴みながら、一緒に降りてくる。
「気を付けて降りろよ。今度は落っこちてきても受け止めてやれないぞ」
「わ、解ってるけど……ねえ、これどこまで降りるの?」
「もちろん下までだよ。そら、もうあと10段くらいだ」
深そうに見えたが、階段は30段ほど、たかだか12フィートくらいの深さだった。一番下には鉄製のドアが付いていたが、錠は掛かっていなかった。ドアを開けると、狭いトンネルの中に出た。ペン・ライトで周りを照らす。幅は6フィート、高さは8フィートくらいだ。壁も天井も石造りで、天井は綺麗にアーチが組み上げられている。湿ってひんやりとした空気が身体にまとわりついてくる。壁や床は濡れているが、水たまりはなかった。排水溝があるのだろうか。左右どちらの方向にも灯りは見えない。風がどちらかに吹いている様子もない。
「何、これ? トンネル?」
「そのようだな」
「どこまで続いてるの?」
「そんなの俺が知るわけないだろ。こっちが……どっちの方角だ? 東か?」
「あ、えーと……う、うん、たぶん……」
マリーも頭の中で家の構造と方角を確かめたのだろう。このトンネルは東西方向に伸びている。ということは、丘陵に沿って掘られているということだ。この地点がトンネルの途中だというのも気になるが、ここから丘陵に沿って東へ行くと……
「じゃあ、こっちが城の方だな」
「あ、うん……えっ、じゃあ、これって、お城まで続いてるの?」
「だから、そんなの俺が知るわけないだろ。ちょっと確かめに行くか」
「やだ、ちょっと、アーティー、やめようよ!」
マリーはまだごねていたが、手を掴んで引っ張るようにして歩いて行くと、諦めたように大人しくなった。それどころか俺にくっつかんばかりになって付いてくる。トンネルはほぼ一直線に伸びているようだ。鉱山で見たのは素掘りのトンネルだったが、このトンネルはワイナリーで見たのと同じ、きちんと整備されたトンネルだ。だが、どちらも同じような掘削技術で掘られたのは間違いない。しかし、こんなところに、何のために? もし、このトンネルが城まで続いているのなら、掘られた目的は判りきっているが……
「ねえ、アーティー、どこまで来たのかなあ……」
5分ほど歩いただけだが、マリーが不安そうな声を漏らす。もちろんマリーに訊かれるまでもなく、俺もちゃんと歩測はしていて、だいたい4分の1マイルほど歩いたはずだ。
「そうだな、今、城までの半分くらいだ」
1歩を1ヤードとすると測りやすいのだが、真っ暗で足下が危ないし、マリーも連れているので、だいたい4分の3フィートくらいの歩幅で歩いている。
「やっぱり、お城まで続いてるの?」
「だから俺は知らんって。もう少し歩けば判るだろ」
「ちゃんと帰れるよね?」
「君の姉さんかお祖母さんが地下室の錠を閉めない限りはな」
「え、やだ、閉められちゃったらどうするの?」
「鍵を持ってきてるんだろう? だったらどうやって閉めるんだ?」
「あ、そ、そうか……」
それっきりマリーは大人しくなった。さっきまでは俺がマリーの手を握っていたが、今はマリーの方が強く俺の手を握っている。信頼されているのはいいことだが、やっぱり連れて来ない方がよかったかもしれない。いざというときの足手まといになりそうだ。まあ、せっかく二度も地下室に入れてくれたのだから、そんなに邪険にはしないし、いざというときにも見捨てるつもりはないのだが。
そろそろ城の下辺りに着く頃だな、と思ったら、トンネルの前方に鉄格子の扉が見えてきた。近付いてどうなっているのか確かめる。四つのトンネルの交差点になっているようだ。それぞれのトンネルに、鉄格子の扉が付いている。どの扉にも錠が付いているようだ。つまり、どこのトンネルへ行くにせよ、二つの錠を開ける必要があるわけだ。
正面のトンネルはまだ真っ直ぐに続いているようだ。この先に行くとどこにたどり着くのかはよく判らないが、きっとマリーの
「ねえ、ここ、行き止まり?」
マリーが情けない声を出す。
「そのようだ」
「お城には行けなかったの?」
「いや、左側のトンネルが、城につながってるんじゃないかな」
ペン・ライトで照らして左のトンネルを覗き込む。見えにくいが、奥の方で階段になっていて上に行けるようだ。これが城のあの地下室に続いているのではないか。そして右手のトンネルは……
「でも、錠が掛かってるんでしょう?」
「ああ」
「やっぱり行けないんだ」
「そういうことだな」
「じゃあ、早く引き返そうよ」
「まあ、ちょっと待てよ。一緒に考えてくれ。正面が東ということは……右側は湖の方向だな?」
「あ、うん、そうだね」
「じゃあ、右の方に続いているこのトンネルは、どこに出られると思う?」
「えっ、でも、右側にまっすぐ行ったら、坂のどこかに出ちゃうよ? あ、うちみたいに、すぐそこでどこかの家の地下室に出られるんじゃないの?」
「そうだな、まあ、そうかもしれん」
本当は全く別のことを考え付いたのだが、マリーには俺の考えは突飛すぎて思いも寄らないだろうし、話すのはやめておく。そろそろ戻った方がいいだろう。その前に、目の前の扉に付いている錠をよく見ておくことにする。
「よし、戻るか」
そう言ってトンネルを引き返す。ようやく安心したのか、マリーはもう俺の手を握らなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます