#4:第5日 (2) いろいろな穴
次は体験坑道へ行こうと思う。昔の使われなくなった鉱山の坑道を観光用に公開しているもので、ガイド付きのツアーになっている。町中からは少し離れたところにあるのだが、
12時頃に小型のバスがやって来て、10分ほどくねった山道を走り、“鉱山跡”に着く。ヘルメットと軍手を着けさせられ、坑道へと向かう。入口にはもちろん錠が下りていて、ガイドがそれを外し、鉄格子のような扉を開けて、観光客に入れと言う。入る時に錠を見てみたが、残念ながら新しい
全員が中に入るとガイドが内側から錠を下ろす。それからガイドの後に付いて奥へと進む。中はところどころに薄暗い電灯が点いている。トンネルは素掘りで、高さは7フィートくらい。ところどころに石が出っ張っていて危ない。足下もでこぼこで歩きにくい。
ガイドは先導しながら時々立ち止まって解説をする。ドイツ語でしゃべっているが、自動翻訳のおかげで説明がよく解る。この町ではローマ時代から採掘が行われていて、この鉱山自体は15世紀くらいから掘られ始めて、近代的な大規模採掘が行われるようになったのは18世紀頃からで、20世紀の初頭にはコストが見合わなくなって閉山して、などなど。その説明のところどころで、壁のあそこを見ろ、原石が埋まっているのが見える、などと言う。試掘や研磨の体験ができるツアーもあるそうだ。
それから洞窟内に湧き出す泉を見る。水質は良く、土産用に瓶に詰めたものが売店で買えるそうだ。入口付近に戻ってきて横穴に入ると少し広くなった空洞があり、簡単な工房になっていて、石切りのための道具を見たり、削りかけの原石を触ったりすることができる。30分ほどで終わり、外へ出て土産物屋で帰りのバスを待つ。
バス・ターミナルに戻ってきた時には1時になっていた。昼食を摂ってウーファーブルクへ戻り、ワイナリーにでも行くことにする。この町での可動範囲は調べていないが、もうそこまでする必要もない気がしてきた。ざっと見て回っただけだが、決定的な見落としはないと思う。もちろん、決定的な情報もなかったのだが。
レストランが意外に混んでいて、バス・ターミナルに戻ってきた時には、乗ろうと思っていたバスは行ってしまったところだった。昼間はバスの本数が少なくて、次のバスは1時間ほど待たなければならない。することがないので、絶壁の上にある城跡に行ってみることにする。岩盤教会の建っていた絶壁の裏側に回り込んで、急な坂道を20分ほど歩かねばならないのだが、このステージに来てからの運動不足を多少補うことくらいはできるだろう。急ぎ足で坂道を登っていると、後ろから自転車で追い越していく強者がいたりする。ウーファーブルクにレンタルサイクルがあったら、俺も自転車で来たかもしれない。
城跡は半分以上崩れかかって廃墟同然だが、広間の壁に城やこの町の歴史を書いた説明板がかかっている。全部読んでいる暇はないが、ウーファーブルクの城よりも観光客向けだ。しかも無料で入れる。一部はレストランに改装されていて、町を見下ろす景色を見ながら食事ができるとのこと。だが、そこへ入らずとも下の景色は眺められる。細長い谷の底に横たわっている町だということがよく解る。
絶壁の中腹辺りに、砦のような建物が見える。岩壁教会の真上辺りのちょっと突き出した岩場の上にあって、林の中の危なっかしい小道を通ってたどり着くことができるのだが、リーフレットに面白いことが書いてある。「かつて城と砦は岩盤を掘り抜いた地下道でつながっていたが、城が使われなくなってから地下道は風化して崩壊し、後に埋められてしまった」。さすがは鉱山の町で、いろんな穴を掘りたがるようだ。
時間どおりバス・ターミナルに戻り、バスの運転手に、途中のワイナリーの前で停めてもらうように頼む。“ヒューゲルシュロス”というワインを作っているところだと言ったら通じたから、案外有名なワイナリーなのかもしれない。ヴァンゲンハイムという名前だそうだ。ウーファーブルクへ至る広い道との交差点を過ぎて、葡萄畑の中の貧弱な舗装道路と分かれるところで降ろされた。この貧弱な道を行けばワイナリーがあるとのこと。ウーファーブルクの丘とは反対方向へ歩くことになる。
10分ほど歩くと葡萄畑の中にワイナリーが見えてきた。どうせ城のような感じだろうと勝手に思っていたのだが、案に相違して木造の巨大な倉庫のような建物だった。その横に、いかにもそれらしい雰囲気を出すために造ったような小さな石造りの城様の建物がある。それがどうやら受付で、ワイナリーの見学を申し込むと、ツアーで行くから少し待てと言われた。次の3時のツアーが最終らしいが、待っているのは俺一人だ。一人でも案内してくれるのだろうかと思っていたが、しばらくして観光客の団体が到着した。あらかじめ予約してあった連中と思われる。
待ち合いスペースが賑やかになり、子供が走り回ったりして、時間になるとガイドがやって来て、まず隣の工場へ行く。が、そこは工場内の休憩室を改装したようなスペースで、ワイン造りの歴史だの行程だのについて、案内板と模型を見ながら説明を受ける。収穫した葡萄を破砕し、
真面目に聞いていると意外に面白いのだが、同行の団体の中には早くも退屈し始めている連中がいる。試飲がしたくてうずうずしているのだろう。しかし、ガイドは次に外の葡萄畑へ連れて行き、葡萄の品種を説明する。この畑は見学用らしく、色々な葡萄の品種が植えてある。ここで栽培しているのは主に白ワイン用のリースリングだが、一部はゲヴュルツトラミネール、それと赤ワイン用にシュペートブルグンダーとのこと。誰かから「食べられるのか」という質問が出たが、「まずいのでやめておけ」という答えが返ってきた。笑いが起こる。
それからもう一度工場の中に戻って、先ほど説明された行程のとおりに設備を見学する。タンクがでかいと言って子供が喜んでいる。地下へ降りると貯蔵庫になっているが、トンネルのような細長い空間にワインを詰めた樽が延々と並んでいる。この近辺のワイナリーでは一番広い地下貯蔵庫で、長さが300メートル――330ヤードくらいだ。計算するのが面倒だ。翻訳と同時に自動計算してくれないものだろうか――のトンネルが5本も掘られているとのこと。イーデルシュタインだけでなく、この辺りの連中も掘るのが得意なようだ。
地上へ出て最初の待ち合いスペースに戻り、ワインを試飲する。このところ毎晩飲んでいる“ヒューゲルシュロス”の5年物と10年物、それにワイナリーと町の名を冠した“ヴァンゲンハイム・ウーファーブルク・アウスレーゼ”の5年物。最後のはこのワイナリーの最高級の銘柄だそうで、試飲で最高級品が飲めるワイナリーはこの辺りでは他にない、とガイドが威張っている。先ほどの地下貯蔵庫のことといい、色々と威張るガイドだが、飲んでみると確かに今まで飲んだことがあるワインとはかなり味が違う。うまいかどうかを言い表すのは難しいが、少なくとも切れ味がいいし、これがうまいワインなのだと言われればそういうものかなという感じだ。“ヒューゲルシュロス”の二つもそれぞれ味が違うし、毎晩マリーが振る舞ってくれるものとも少し違う。だが、これらは同じ系統の味であることは判るし、先ほどの高級ワインとは別系統の味だというのも判る。ただし、架空世界なのにこれほど微妙な味の違いが判るというのは、実に気味が悪いことだとも思う。
試飲が終わると解散。ショップで先ほど飲んだワインを買うこともできるのだが、もちろん買わないで帰る。ここからなら
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます