#4:第2日 (3) プリンセスのネックレス(1)
次に美術館へ行く。ブリュッケン通りにあり、ここからだと北に2ブロック行って西に折れればいい。王宮と線路の間は街区が綺麗に正方形に分かれていて解りやすい。が、唯一の例外がこの
順路どおり、ギリシャ・ローマ芸術から見ていく。次に近・現代芸術、ヨーロッパの彫刻と装飾品、武具、エジプト芸術。どれもどこかで見たようなものが多くて、今一つ面白くない。装飾品の中にネックレスはなかった。2階へ上がってアフリカ、オセアニア、アメリカの芸術、そしてヨーロッパの絵画。
最後にこの国の最も有名な画家――と思われる――コンラート・フェーエルの特別展示室。王室画家ということで、過去の王や王妃の肖像に混じって、王女の肖像もある。ネックレスを着け、どこかの庭園にたたずんでいる絵もある。ターゲットが絵画ということは考えられるだろうか? だが、それなら
1階に降りてショップへ入り、ガイド・ブックを見てみたが、制作年とモデルになった王女の名前しか書かれていなかった。王女が立っている場所はどこかくらい書いておいてくれてもよさそうなものだ。ネックレスに使われている宝石は判りようもない。これではガイド・ブックを買う意味がないが、絵は憶えておきたいので、この絵が含まれている絵はがきのセットを買った。他の
軽い昼食を摂ってから大聖堂へ向かう。二つの尖塔を持つゴシック様式の建築物で、現在のは17世紀に建てられた3代目とのこと。高さは369フィート。中へ入ってみたが、今までに色々見てきた大聖堂よりも大きいというだけで、特に変わったところはない。ステンド・グラスが有名であるらしい。王女に関係があるものは一つもなかった。
観光できるところは一通り見て回ったので、宝石店を探す。超有名ブランドの店は別として、普通なら観光用の地図には宝石店なんて載っていないものだが、宝石が国の重要な財源であるからだろうか、ちゃんと載っている。王宮から美術館を経由して大聖堂に来るまでだけでも、何軒か見たくらいだ。きっと地図に載っていないような店もたくさんあるだろうが、どうせ全部回れるわけがないので、大きめの店を数軒回るだけにしようと思う。
幸いにして、一番有名な店が大聖堂の近くにあったのでそこへ行ってみた。観光客と思われるのが何組かいる。男と女か、女二人という組み合わせばかりで、一人で来ているのは俺だけだった。店員に声をかけ、ネックレスを見せて欲しいと言ってみる。口髭を生やした年配の男が応対してくれた。どういうデザインがいいかを訊かれたので、結婚式で花嫁が着けるようなもの、と答えた。
「そうおっしゃられましても色々と種類がございまして」
「例えば王女が今度の結婚式で着けるのはどんなデザインなんだ?」
「それはちょっと判りかねます。ご結婚に際して新しい装飾品をお作りになることは聞き及んでおりますが、王室専属の宝石商が承っておりますので」
「どこの店?」
「この街ではなくて、イーデルシュタインにございます。が、あちらへ行ってもその宝石商にお会いになることはできないと存じますよ。王族からの注文しか承っておりませんからね」
「じゃあ、今までの結婚式で使われたネックレスのデザインは判るか?」
「ああ、それなら」
店員は俺をカウンターの方へ連れて行き、液晶ディスプレイの前に座らせて、端末を操作し始めた。
「例えば今の王妃陛下の時はこれです」
ハリウッド女優のような綺麗な女がディスプレイに映し出される。もちろんネックレスを着けている。意外にシンプルで、真珠で作ったチェーンの先端に花の形の飾りが付いているだけだった。もちろん、その中心は大粒のダイアモンドで、花の飾りも全てダイアモンドだったが。
「王族の結婚式の後は、同じようなデザインのアクセサリーがよく売れるんだろう?」
「さようですな」
「前の王女の時は?」
「何ですって?」
「この王妃は他の国から嫁いで来たんだろう? この国の、前の王女の結婚式の記録はあるか?」
仮想世界の中の国にどれほどの歴史が設定されているのか判らないが、ともかく過去の事例がないか訊いてみる。
「ああ、そういうことですか」
店員が再び端末を操作する。別の綺麗な女が映し出される。胸元に豪勢なネックレスが輝いている。デザインがかなり凝っているが、先端に付いている石はどうやら紫水晶らしい。
「紫水晶だな。ティアラのトップもそうか」
「そのようですな」
「紫水晶はこの国の特産なんだろう?」
「さようで」
「王女の結婚式のアクセサリーにはいつも紫水晶が使われているとかいうことはないのか?」
「さあ、私もそう何度も王族の結婚式を拝見しているわけではございませんので。少々お待ち下さい」
店員はそう言ってまた端末を操作する。また違う女が映し出される。
「今上陛下のご姉妹はシャルロッテ殿下お一人よりおられませんでしたが、先代は確か3人おられたはずで……こちらが長女のヴィクトリア殿下ですが……紫水晶のようですな」
「ふむ」
「次女のドロテア殿下……ダイアモンドでしょうか」
「ふむ」
「三女のベアトリス殿下……真珠ですね」
「みんな違うのか」
「そのようです」
「この前の代は?」
「この端末にはデータがありません。お写真になりますが、今探すのはちょっと……」
「長女は紫水晶と決まっている、とかいうことはないのか?」
「さあ、そこまでは……少々お待ち下さい」
店員はそう言い残して店の奥へ引っ込んだ。自分より年配の店員に聞いているのに違いない。5分ほどしてようやく戻ってきた。
「お待たせしました。奥によく知っている者がおりましたので聞いて参りました。お客様のおっしゃるとおり、お一人目の王太女殿下がご結婚なさる時には紫水晶のアクセサリーを作られることが多かったようです。ただ、決まりかどうかまでは存じないとのことでした」
「なるほど。判った。ありがとう」
「いいえ、こちらこそ、今さらですが昔のことが判っていい参考になりましたよ」
「で、紫水晶のネックレスだ。王女が結婚式で着けてもおかしくないようなデザインのものはあるか?」
「さあ、そう言われましてもやはり色々と種類が。ご予算はどのくらいで?」
「これで払えるくらいなら」
俺はそう言って財布から例の黒いクレジット・カードを出した。店員が「ほう」と感心した顔になる。そして「こちらへ」と別のカウンターまで案内し、ガラス・ケースの中からネックレスの入った箱を取り出した。
「こちらなどいかがでしょうか?」
おそらくプラチナだと思われるチェーンの先端に、かなり大きなフットボール型――いや、一般世間ではレモン型というのだろう――をした紫水晶がぶら下がっており、その周りを小粒のダイアモンドが取り囲んでいる。紫水晶は何十カラットあるのか判らないくらい大きくて、色はかなり濃い。さりげなく値段を見たが、5桁もする。コーヒーが何千倍飲めることか。このクレジット・カードにそれほどの支払い能力があるのかと感心する。
「ダイアモンドが付いていない方がいいな。シンプルなのが好きなんだ」
「水晶でよろしければ同じようなデザインのものがございます」
店員が別の箱を取り出す。桁が1つ減った。
「紫水晶だけのものは?」
店員がさらに別の箱を取り出す。金額が半分になった。
「うん、これがよさそうだ」
どうせ俺の金ではないのでいくらだって構わない。ただ、無駄なものは付いていない方がいい。
「長さは
店員が他の箱を元に戻しながら言った。
「何だって?」
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