ステージ#3:第4日

#3:第4日 (1) 誰が撃った?

  第4日-2010年6月21日(月)


 夜中の1時に起き出して外へ出た。昨日より1時間早くしてみた。大学寮というところは曜日に関わらず夜中まで灯りの点いている部屋がある。それに比べて、街へ出ると建物はほとんど真っ暗だ。明ければ月曜日だからな。しかし、アッシュモレアン博物館は休館。基本的に月曜が休館日で、その日が銀行休日バンク・ホリデーの場合のみ開館ということになっている。銀行休日バンク・ホリデーというのは法定休日のことだ。休みだからといって警備員がいなくなることはないだろうが、昼間に侵入するのは難しいだろうな。

 サックラー図書館は日曜日が休みだが、夜はそんなことは関係ない。むしろ、ボーモントストリートの人通りが少ないので、昨日よりは入りやすい。それでも慎重に周りの様子を確認してから、後ろ手で錠を開ける。中に滑り込み、最上階まで登る。屋根に出られる窓に近付き、施錠を確認する。今夜はぴったりと閉まっている。

 ハンドルを回し、窓を開く。外へ出て屋根の上に降り、滑らないように気を付けながらゆっくりと進む。段差があるところを越えて、さらに進む。そして屋上ルーフ・トップテラスの手前まで来た。4フィートほど下に芝生が見える。デッキ・チェアがいくつかあり、テーブルもある。ただ、芝生になっているのはこの近くだけで、窓に近いところはフローリングだ。

 芝生の上にそっと飛び降り、デッキ・チェアを一つ持ってきて段差の下に置く。万一の逃走に備えて、段差を上がりやすくするためだ。もちろん、ゆっくり帰れるのならデッキ・チェアは元に戻しておくつもりだ。芝生からフローリングへ移るときに、足音を立てないように気を付ける。スニーカーを履いているし、こんなところで多少音を立てたって大丈夫なはずだが、慎重を期すに越したことはない。

 そして大きなテラス窓の前に立つ。全部で10枚あり、一つは従業員がキッチンからテラスに出入りするための扉で、その他は客席からテラスに出入りするための大きなスライド窓だ。扉以外に開けられる窓は4枚で、施錠は予想どおり大型クレセント。ガラスも予想どおり、分厚い強化ガラスだ。ペン・ライトで照らしながら一つ一つ確認したが、開いているところはない。従業員用の扉はサックラー図書館の窓と同じカムラッチ・ハンドル式で、やはり内側からしか開けられない。いずれにしろ、ガラスを破らない限り外からは開けられないはずだし、破られたガラスを入れ替えた様子もない。だから、昨夜は誰もここから入らなかった、ということになる。俺と同様に、偵察に来ただけなのだろうか。

 そもそも、こんな強化ガラスは割るだけでも大変だ。金槌で何度も叩かないといけないだろう。そうなると、やはりレストランの従業員を抱き込んで、戸締まりをするときに一つだけ、おそらくは従業員用の扉を開けたままにしておいてもらうくらいか。しかし、そういうキー・パーソンがいたとしても、わずか数日で泥棒の片棒を担いでくれいでくれるかなあ。よほど女たらしがうまい奴じゃないとできっこない。まあ、たらす相手は男でもいいのだが。

 さて、ようやくここまで偵察に来たのはいいが、結論としては、何もかもが予想どおり。事前準備なしに、つまり館内からの手助けなしに、ここから入るのは無理だということが確認できたわけだ。これは、新たな侵入ルートを探すところからやり直しだな。今は月曜日の未明で、このステージに来てから約2日半だから、あと4日半ほど残っているわけだが、ぎりぎりまでかかりそうだ。ため息をついて帰りかけたとき、カチンクランク!という鋭い音がした。そして小石が板の上を転がるような音。何だ、何があった?

 こういう不測の事態の時はさっさと逃げ出すに限るのだが、好奇心は抑えきれず、その場にしゃがみ込んで防御の態勢を取り、しばらくじっとして辺りの様子を窺った。そのまま90秒ほど経過したが、下の階から警備員が駆けつけてくるわけでもなく、続いて何かが起こりそうな気配もない。

 姿勢を低くしたまま、まず、小石が転がるような音がした方に這い寄ってみた。ペン・ライトの乏しい光で床を照らしてみたが、耳の良さが幸いしたか、近くの椅子の足下に小さな金属のかけらを見つけ出すことができた。手に取ってみると、温かい。いやはや、とんでもないことだ、これって弾丸じゃないか! 銃声は聞こえなかったし、どこから撃ったかも判らないが、俺を狙ったのだろうか? それにしては、俺が芝生の方へ戻りかけたときに、かなり後ろの方で音がした。一体何を狙ったんだ?

 まさかと思い、ガラス窓の方へ戻ってみた。たぶん、従業員が出入りする扉の方だ。ペン・ライトで照らすと、ガラスに4分の1インチくらいの小さな穴が開いている。扉の内側にハンドルが見えているが、その斜め下の辺り、縦横に約1インチずつ離れたところだ。

 面白いことに、外側には小さな穴が開いているだけなのに、内側は半球状にガラスが割れている。子供の頃に遊び仲間がやった悪戯を思い出す。強化ガラスに向かって石を投げると、ガラス全体が割れるのではなく、こんな風に石が当たったところの反対側が半球状に割れるのだ。ガラスの一点に強い力がかかったときの伝わり方のせいで、そんなことになるのだということは、だいぶ後で知ったが。

 それはともかく、興味深いことになった。誰かが、このガラス窓を狙って銃で撃ったんだ。位置関係からして、おそらくは向かいにある、ザ・ランドルフからだ。誰かは判らないが、競争者コンテスタントであることはまず間違いない。この位置を狙って撃ったのだとしたら、大した腕だ。しかし、なぜこの位置なのかが判らない。そもそも、こんな小さな穴を開けただけでは、クレセント錠は開けられない。何かの準備工作か?

 それに、ザ・ランドルフから狙ったのなら、ここに俺がいたことも見えていたはずだ。それなのに、俺がまだ帰りきらないうちに撃って、俺に気付かせるとはどういう了見なんだ。何か意図があるに違いないが……

 扉の近くでしゃがみ込んだまま、10分ほど待ってみた。だが、何も起こらない。立ち上がって、ザ・ランドルフの方を見る。開いている窓はなさそうだ。諦めて、弾丸をジーンズのポケットに入れ、帰途についた。デッキ・チェアは元の位置に戻しておいた。


 目が覚めたので、時計を見る。7時10分前だった。夜中の偵察から帰ってきてからなかなか寝付けなかったが、明け方になってから少しは寝られたようだ。だが、まだ頭はぼんやりしている。顔を洗い、着替えて朝食に行く。ちょうど7時だ。他の宿泊客は誰もいない。3日連続で同じメニューを選ぶ。ふと気が付くと例のオックスフォード・マーマレードを取っていた。こいつ、あまりうまくないにも関わらず、癖になるな。糖分の取り過ぎだ。

 部屋に戻り、昨日、カヴァード・マーケットで買ったトレーニング・ウェアに着替え、ボールとタオルを持って大学公園パークスのグラウンドへ行く。もちろん、走る。この世界に来てから運動不足は間違いないので、久々に朝のトレーニングだ。今日は学生らしき人間が十数人ほどグラウンドに出てきていたので、グラウンドの隅の方で目立たないようにやる。

 準備運動をしてからシャトル・ラン。その後はドロップ・バックしながらフィールドを見渡す練習。もちろんレシーヴァーはいないから、コールどおりにレシーヴァーがコースを取っていると仮定する。セット・バックからドロップしてハンドオフ・フェイクし、アンダーニースのターゲットを見る練習。同じくハンドオフ・フェイクからブートレッグでロール・アウトしてスローバックに投げるときの足さばき。もちろん、ボールは投げない。そしてスプリント・アウトしながらサイド・ライン際のターゲットを見る練習。

 今日はイメージ・トレーニングよりも身体を動かすことが目的だからこんな感じでもいい。だが、肩を動かすのは大事だから、スローイングくらいはやりたかった。1時間ほど身体を動かしてから部屋に戻ってシャワーを浴びた。ここのは、時々湯がぬるくなるのが困りものだ。

 さて、主要なところでまだ調査をしていないのはボドリアン図書館とラドクリフ・カメラだ。見学ツアーの参加には、本館のチケット・オフィスで予約をする必要がある。開館時間は9時だから、ツアーに参加するならそろそろ行かねばならない。少し出遅れると、夕方の4時からのツアーしか空いていない、なんてことになるらしい。もちろん事前予約もできるのだが、別に今日はここ以外に目的がないので、いつになっても構わないから予約はしなかった。こういう行き当たりばったりハップハザードなところが俺の欠点だろう。

 ボドリアンのチケット・オフィスへ行く。着いたときは9時少し前だったが、何人かが既に並んでいた。ご苦労なことだ、と思いながら並んでいる人々をよく見ると、その先頭は何とアンナじゃないか。不格好なサングラスをかけて顔を隠しているが、全身から醸し出す美のオーラは覆うべくもない。昨日、ここには来られなかったみたいだから、今日見るつもりらしい。しかし、今日はサラはいないだろうから、彼女たちと同じ組になるかどうかを気にする必要はない。

 列の後ろに並ぶと、待つほどもなくチケット・オフィスがオープンし、アンナが事務員と話を始めた。もちろん、見学ツアーの予約だろう。スタンダード・ツアーを10時30分から、と言う声が聞こえた。面白そうだから、空いていれば同じツアーを予約しよう。だが、彼女の後、俺の前に並んでいる連中が次々に同じ時間のツアーを予約している。しかも3人だの5人だのといった単位で予約している。これは俺の順番が来る前に定員オーヴァーになりそうだな。そううまくはいかないということか。

 ようやく順番が来たので、試しに「10時30分のツアーを」と言ってみると、一人しか空いていませんが、と事務員が答える。もちろん一人でいいので、OKと言う。俺の次に並んでいた奴から、次の時間のツアーを申し込み始めた。ラッキー……なのかな、これは。まあ、いつも思うことだが、これもこのステージのシナリオに含まれているのかもしれない。どうもこの頃、裏読みの癖がついてしまって困る。フットボールの作戦の読み合いなら慣れているが、こういうのはどうもなあ。さて、アンナは、と思って周りを見ると、もういなかった。相変わらず、行動がミステリアスだ。

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