#1:第3日 (3) 怪しい質屋

 3時になってから宝石店に行った。ようやく来たかというような顔で店主が俺を見る。

「できてる?」

「もちろんですよ」

 店主が奥の棚から濃青の指輪ケースを取り出して持ってくる。既に指輪は中に収められていた。

「どうぞお確かめになって」

 ケースから指輪を取り出して地金の部分を見る。切って縮めてあるはずだが、継ぎ目は全く判らなかった。もちろんエメラルドも見る。ルーペを貸してもらって見たが、朝見せてもらったのと同じジーヴルだ。

「結構だ。支払いは……そうだ、このカードを見てくれないか」

 財布から例の黒いクレジット・カードを取り出して店主に見せた。今までどこでも使う機会がなかったのだ。

「このカードを知ってるか?」

「ええ」

 店主は即座に頷いた。なるほど、この世界ではこれは本物のクレジット・カードらしい。

「ここで使える?」

「あいにくですが、カードは何度かお取引しているお客様しか受け付けないようにしておりまして」

「なるほど」

 それは解る。クレジット・カードは文字どおり所有者と店との間に“信用”がなければ使えないのが本来の姿だからな。この時代なら、きっと信販会社にカード番号を電話で連絡して、先方で所有者の身分を“手作業で”調べて、という感じで手続きするだろうから、支払い確定までに時間がかかる。万が一、後で決済できないことが判明したら大損だ。

「解った。なら、現金で支払おう」

「ありがとうございます」

 10ドル札で12枚、120ドルを支払う。財布の中身が半分ほどになったが、元々俺の金じゃないからどうってことはない。鑑別書と一緒に指輪ケースを受け取る。

「もう一つ訊きたいんだが」

 店の出口に向かいながら店主に言った。

「何でしょう?」

「俺がこれを引き取りに来ないんじゃないか、とは思わなかったか?」

 はっはっは、と軽く笑いながら店主は言った。

「ご冗談を。エメラルドを買うと言い出したのはあなたですよ。なぜ、引き取りに来ないと思う必要があります?」

 それについては信用されていてよかったよ。エメラルドの講義レクチャーを真面目に受けた甲斐があったかな。宝石店を出ると、ケースから指輪を取り出してポケットに移し、まずはサンディーストリート質屋ポーン・ショップへ行く。買い取りはしないと言っていたが、見積もりくらいはしてくれるだろう。何なら見積もり代を払ってもいい。個人の質屋ポーン・ショップというところはなぜか日曜日も開いていることが多くて、やはりその質屋ポーン・ショップも開いていた。骨董品のドアを開けて入ったが、こちらに気付かないのは前と同じだ。店主の老人の前に立つと、一瞬遅れて顔を上げた。寝ていたのかと思う。

どんなご用でメイ・アイ・ヘルプ・ユー?」

 俺を初めて見たというような顔をしている。まあ、質屋ポーン・ショップに顔を憶えられるというのはあまりいいことじゃない。むしろ知らないふりをしてくれる方がありがたい。

「指輪を持って来たんだが、いくら借りられるか査定してくれないか」

「いいですとも」

 店主はそう言って木皿を出してきた。そこに指輪を置けという意味だろう。ポケットから指輪を取り出して置く。店主は老眼鏡を外し、指輪を取り上げてためつすがめつ眺めていたが、次にルーペを取り出して眺め始めた。

「ずいぶん綺麗ですな。傷が一つもない」

「ほとんどはめなかったんでね」

 適当に言い訳しておく。

「鑑別書はお持ち?」

「いや、ない」

「ああ、そう」

「あると高くなるのか?」

 訊くと、店主はバネ仕掛けのように顔を上げて、俺をしばらく見てから言った。

「少しはね。請け出ししてくれん時に、売りやすくなるんでな」

「なるほど。10パーセントくらい変わるのかな」

「石が本物ならそんなに変わりゃせんよ。鑑別書を作る手間賃くらいだ」

 それから定規を取り出してエメラルドのサイズを測ったり、秤に乗せて重さを量ったりした。そして手元にある紙に何かメモをしている。それから老眼鏡をかけ直して言った。

「80ドルかな」

 悪くない金額だと思う。中古品としての買い取り価格が新品の80%、質の場合はさらにその80%として、64%の値段が付けばまずまずと思っていた。買価は120ドルだったから、80ドルはその66.7%だ。

「思っていたより高かった」

「質入れするかね? 高額なんで身分証明書が必要だが」

「いや、申し訳ないが今回はやめておこう。これは手間賃として取っておいてくれ」

 財布から1ドル紙幣を抜き出してカウンターに置き、店主が差し出す指輪を受け取った。

「おや、1ドルも。こりゃどうも」

 やはり1ドルで嬉しそうな顔をしている。この時代のチップとしては高いのだ。嬉しそうな顔をしなかったのはフアナだけだ。礼を言って店を出て、同じ通りにあるもう1軒の質屋ポーン・ショップでも同じことを繰り返す。店主は75ドルと言った。120ドルの62.5%。つまり俺の考えどおり64%の前後が相場と思っていいだろう。

 そしてパトリシアストリート質屋ポーン・ショップに向かう。宝石の買い取りをやっているというあの店だ。ここの店主はなぜか俺の顔を覚えていた。買い取りを頼むというようなことを俺が言ったからだろう。だからって、意味ありげに笑うことはない。気分が悪い。

「いらっしゃい」

「やあ」

 短く挨拶して、店主の前の椅子に座った。そしてポケットから指輪を取り出した。

「ひとまず、価値を見てもらおうか」

「結構ですとも」

 店主は前の2軒の質屋ポーン・ショップと同じく、ルーペや定規や秤を取り出して指輪を鑑定している。「ずいぶん新しいですね」「鑑別書はありますか?」などと言ってくるところも同じだった。

「鑑別書で、寸法や透明度が判れば値段が出しやすいんですがね」

 これは前の2軒では言われなかった。その時は、鑑別書なんてなくても値段くらい判る、という自信みたいなものが感じられたのだが。

「30ドルくらいですかな」

 前の2軒の半分にもならない。買値の25%。しかも質入れじゃなくて、買い取りでこれだ。前の2軒がもし買い取りとして査定してたら、90ドル以上にはなったはずだ。さすがに30ドルはひどい。こいつ、やはり何か裏がある。これはつついてみないと気が済まない。

「それでは話にならないな。もう少し出して欲しいが」

「さあ、これ以上はどうも。鑑別書があればもう少し出せますがね」

「あればどれくらい出せると言うんだ?」

「エメラルドの品質にもよりますが、最高で45ドル、いや50ドルは出せるかもしれませんね」

 それでも買価の半分にもならない。どう考えてもこれはおかしい。安く買いたたいて高く売るつもりだろう。

「しかし、買い取った後には鑑別書を作るんだろう?」

「ええ、もちろん」

「“オズ”にはどんな鑑別書を付けたんだ?」

 店主から指輪を返してもらいながら言った。店主が少し動揺したのが判った。だが、平静を装って答える。

「さあ、何のことです?」

「ルーミス氏に“オズ”を売ったのはこの店だということは知ってるんだ。誰から買い取ったのか聞かせて欲しいんだがね。もちろん情報料は出そう」

「知りませんね。あなた、何です? 探偵?」

「だとしたらどうする?」

「お引き取り下さい」

 しかしそれほど強い口調ではなかった。どうも駆け引きがうまくない男らしい。こちらが当てずっぽうで言ったことでこんなに動揺してるんだから。もう少し揺さぶれば落ちそうだな。

「例えば、そうだな、没落した旧家から借金のかたとして取り上げたとか。ひどいことをするもんだ」

「お引き取り下さい」

「あるいは犯罪に関係している? もしそうだとしたら、ルーミス氏は相当不利な立場になるな。あんたも共犯ってわけだ」

「……お引き取り下さい」

「または呪いや不幸な伝説のある宝石を買い取った。だとするとそのうちルーミス氏に不幸が訪れるわけだ。あんたも責任を問われるかもしれない」

「……お引き取り下さい。聞こえませんか?」

「ま、今ここで何も言わなくても、あんたがルーミス氏に“オズ”を売ったという噂を流しておけば、そのうち判ってくるんだけどね」

「……お引き取り下さい。保安官を呼びますよ?」

 血の気が引いて今にも倒れそうな顔をしているくせに、なかなか強情だ。何かしゃべったら尻尾を掴まれると思っているのだろう。賢明だな。俺もフットボールの駆け引きチェス・マッチなら慣れてるが、容疑者に口を割らせるのは素人だ。簡単かと思ったが、そうでもなさそうだな。

「また明日来るよ。今度はもう少しちゃんとした証拠を持って来よう」

 そう言って店を出た。もちろん、もう来るつもりはない。捨て台詞パーティング・ショットを言ったようで格好悪いが、店主の顔色から“オズ”をルーミス氏に売ったことも、“オズ”が人に言えないような来歴を持つことも判った。できれば来歴をはっきり知っておきたかったが、この程度でも盗むのには不都合ないだろう。さて、そろそろホテルに戻って、フアナの話も聞いてみよう。

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