第7話 食事と運動と財務状況


 屋敷に戻ると、俺はすぐに身体を鍛えた。

 鉛のように重い木の箸を両手に握って、サッカーグラウンドくらいの広さがある屋敷の敷地内を走り回る。


「うおおおおー!」


 ダバダバと音をならして猛ダッシュするピンクドレス姿な俺。

 傍から見たら大変な変態だろうな。


 VR世界の中なので、いくら動き回っても疲れない。

 息が上がるということもないので、ほぼ無限に走っていられる。

 これはいい!


「ぬおおおおー!」


 試しに全力疾走してみる。

 脚力が全然ないから、それでも子供のかけっこみたいな速さなのだが、にわかにHPが減りだした。


「ぬあっ!?」


 突然目の前に表示されたHPバーがガリガリ削れていくのを見てビックリする。

 どうやら、ある程度の強度を超えた運動をすると、HPが減り始めるようだ。


 ひとまず、HPが残り2になったところでダッシュを止めて、そこからジョギング程度のペースで屋敷へと戻っていった。


「ふう、いい汗かいた……」

「お疲れ様です、お嬢様」


 本当は汗なんて出てないんだけど、気分的にはそんな感じだ。

 サーシャさんからグラスに入った水を渡され、一気に飲み干して喉を潤す。


「ふう、うまい!」

「うふふ、どうやら日常生活に問題のない程度にはお強くなられたようですね」


 あっ、そういえば。

 グラスなんてものを手に持っている。

 ようやくハシより重いものが持てた。

 やったね俺!


「なんだか、お風呂に入りたい気分ですことよ」

「残念ながら当家にはお風呂はございません」

「えっ?」


 西洋風の世界観だから!?


「もしお風呂をご所望であれば、お金を貯めて増築する必要があります。しかしながら、ログアウトされて現実のお風呂に入るという手もございますので、必須と言えるほどの設備では無いかと存じます……」

「なるほど……」


 メタいな……。

 そのうち、お金に余裕が出来たら作ってみよう。


「お食事の準備が整っておりますので、食卓までどうぞ……」


 俺はサーシャさんに促されて、家族用のダイニングへと進んでいく。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


名前 オトハ・キミーノ

身分 公爵令嬢

職業 戦士

年齢 17

経験値 1348



【HP 13→17】 【MP 10】


【腕力  2→3】 【魔力  1】 

【体幹力 1→2】 【精神力 2】

【脚力  2→3】


【身長 175】 【体重 69→68】


耐性   恐怖D 刺突D

特殊能力 なし


装備

 木の箸

 淑女のドレス

 革のブーツ

 銀の髪飾り

 銀のイヤリング

 ルビーの指輪

 真珠のネックレス


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 * * *



 8人がけのテーブルに、おしゃれな細工が施された木の椅子。

 白い石でつくられた暖炉と、その上に掲げられた絵画。

 賓客用のダイニングほど豪華ではないが、それでも現代日本の暮らしが煤けてみえるほどには立派だ。


 テーブルの上には、それとなく花が飾られていて、どこからともなく、楽師達の奏でる音楽が流れてくる。

 竪琴とフルートの二重奏だ。


「おまたせいたしました」


 公爵家専属の料理人コックスさんが運んできたのは、ツノウサギの肉を野菜とともに煮込んだ料理だった。


「うおっ、うまそー!」


 ホカホカと湯気をたてている深皿の中は、デミグラスソースのような色合いの液体で満たされている。

 野菜は人参とじゃがいも、あとはブロッコリーのような形をした緑色の物体だ。

 ホイップした生クリームも添えてある。


「どうぞ、お召し上がりくださいませ」

「いただきます!」


 VR世界の中で飲み食いしても、現実世界では太らないと聞く。

 現実世界での時間はもう夜中のはずだが、遠慮なく頂いてしまおう。

 まだちょっぴり重たく感じる銀のスプーンを手に取り、良く煮込まれたウサギ肉を生クリームとともに口に運ぶ。


【初めての食事をした。500の経験値を獲得した】


「う……うまい!」


 舌の先で潰れるくらい柔らかく煮込んである。

 ソースの味もよく沁みていて、噛むほどに味が出てくる感じだ。


「これ、メチャクチャうまいよ! コックスさん」

「ははは、そう言っていただけると料理人冥利に尽きますな」


 と言ってコックスさんは、帽子を外してペコリとお辞儀をしてきた。

 金髪青眼で、髪は短く刈り上げられている。

 体型も痩せマッチョな感じで、見た目からして頼りになりそうなお兄さんだ。

 こういう凝った料理は、料理人を雇わないと食べられないのだろう。


 うーんこの人は切りたくないなぁ……。

 ステ値も高めだし、いざという時には戦闘要員にもなる人だ。

 妙に忠誠値が低いのが気になるけど、給料に不満でもあるのかなぁ……。

 なんとかしたいなあ……。


 なんて考えているうちに、あっという間に食べ尽くしてしまった。

 お嬢様っぽさの欠片もない、男らしい食いっぷりを発揮してしまう。


「……えーっと、おかわりは」


 はしたないとは思いつつも、問わずにはいられなかった。


「出来ますけど、少し時間がかかりますね……」

「そうですか……」


 煮込み料理だもんな。

 ゲームの世界とはいえ、それなりに手間がかかるのだろう。


「じゃあなにか、すぐにつまめるものを……」

「かしこまりました。チーズの盛り合わせでも用意したしましょう」


 コックスさんが厨房に下がると、傍に控えていたサーシャさんが、さりげなく紅茶を用意してくれる。至れり尽くせりだ。


「今回のお食事はチュートリアルですので、費用は発生いたしません」

「え?」


 ティーカップを運ぶ手が一瞬とまる。

 ということは、これからの食事は全て有料ということか。


「今、追加で頼んだチーズの盛り合わせは?」

「1万アルスの出費となります」

「ふおっ! 高あ!」

「今飲まれているお紅茶も、二杯目からは有料となり、一杯1000アルスの出費となります」


 うーん、高級ホテルでお食事をするくらいの費用はかかっちゃうんだな……。

 俺は、今は無料のありがたいお紅茶を、大事に大事にすする。

 爽やかな香りのする紅茶だ。


「高そうな味がする……これがダージリンってやつか」

「いいえ、アールグレイにございます」


 全然違った!


「ゲフン……ところでサーシャ、公爵家の資産状況はどうなっているのかしら……」


 ここは、知的な質問をしてごまかしておこう……。いや、ごまかしなどではない、今後の公爵領の運営に関わる重要な質問だ。


「アセットステータスとご詠唱下さい。お嬢様の管理下にある資産の状況が表示されます」

「わかりました、アセットステータス」



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キミーノ公爵家 財務 (単位:アルス)


税率  :       30%

月間収入:    894万0000

月間支出:    968万5000

内訳

人件費 :    436万5000

王国税 :    500万0000

その他 :     32万0000

返済  :        0


収支  :    -74万5000


総資産 :  2億9999万0000

内訳

資金  :    2999万0000

家屋  :  1億5000万0000

土地  :    4000万0000

所持品 :    8000万0000


領内状況 (about)

月間生産 :    2980万0000

一人平均 :     4万7830

総資産  : 14億5199万0000

一人平均 :    233万0000


プレイヤー   1

NPC    623

計      624


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「すごい、お金持ちだ!」


 ひとしきり数字を眺めた後に出てきた感想がそれだった。

 どうやら開始時点で3億アルスもの資産を所有していたらしい。


「公爵令嬢でスタートしますと、個人資産3億アルス、領内総資産14億5000アルスからの出発になります」

「領内総資産が少し増えているのは?」

「すでに生産活動が開始されてるからでございます、先ほど私とメドゥーナが狩ったツノウサギの分も含まれております」

「なるほど……。それで、いまコックスさんに頼んだチーズ盛り合わせの分がすでに引かれているんだ」

「そうでございます」


 食べた以上に生産しないと、どんどん資産が減っていってしまうのだな。

 まだ資金は2999万アルスもあるけど、収支がマイナスだから、うかうかしていられないぞ。


「赤字なのは、やっぱり使用人を減らすしかないのかな?」

「いいえお嬢様、増税をするのが最も良い方法ですよ」


 と言って、ニコっと笑うサーシャさん。

 ふおっ!?

 悪役令嬢まっしぐらだー!


 ぶっちゃけ俺って今、領内一の穀潰しだよね。

 この世界じゃ、子供からお年寄りまで、何かしら仕事をして生産活動をしている。何から何まで手作業だから、とにかく人手がいるのだ。


「まあ、それはおいおい考えるとして……家財なんかも売れるんですね?」

「はい、オトハさまの資産であれば、なんでも売ってお金に変えることができます」

「どうやって売るの?」

「売りたいアイテムに手を触れて、システムコール・セールとご詠唱ください」


 よし、試しにお箸を売ってみよう。


「システムコール・セール」


【木の箸:10アルス。売却してよろしかったですか?】


 システムメッセージが出た。

 どうやらいつでもどこでも売却が可能らしい。

 ひとまず「いいえ」をポチッとしてキャンセルしておく。


「ふむふむ、安い時に買って高い時に売ったら儲かるのかな?」

「上手くやれば利益は出ます。ですが、専門知識を持った人が注意深く行ってようやく利益を出せるかどうかといった水準ですので、基本的にはオススメできません」


 普通に狩りとかして稼いだ方が早いみたいだな。

 相場は相場師の専門分野だし、俺は手を出さないでおこう。


「何かを買いたい時は?」

「システムコール・バイとご詠唱下さい」

「システムコール・バイ」


【購入品目、もしくはカテゴリーを詠唱してください】


 またもやシステムメッセージが出た。


「現在地にて流通している物品であればいつでも購入できます」

「食べ物とかも買えるのかな?」

「もちろんです」

「じゃあ、パン」


【黒パン:200アルス】

【食パン:400アルス】

【バターロール:600アルス】

  ・

  ・

  ・


 パンだけでも色々と種類がある。

 ひとまず一番安い黒パンを買ってみる。

 現実の感覚と比べると、食料の値段はかなり高いみたいだ。

 村人の平均月収が5万アルスくらいだから、一日にかけられる食費はせいぜい1000アルス。

 バターロールはかなりの贅沢品であるとわかる。


 空間にポリゴンの欠片がキラキラと舞って、黒パンが生成されていく。

 まもなく、人の顔くらいの大きさの、かなり食べごたえのありそうな黒パンが手の平の上に現れた。


【初めての買い物をした。500の経験値を獲得した】


「おおー」


 それとほぼ同時に、コックスさんがチーズの盛り合わせを持ってやってきた。

 俺はそのチーズを暖炉の火で炙って、黒パンの上にとろりとのっけて食べた。


 そしたら、すんごく美味しかった!

 一度やってみたかったんだ、これ!


「はふはふ、これは太っちゃうな!」

「力をつけるには、食べなければなりません。是非ともたくさん召し上がって、強くなってくださいませ」


 食うことに夢中なお嬢様を見る眼は暖かかった。

 まったくもって贅沢三昧だが、これも将来への投資なのだと割り切ってむしゃむしゃと食べまくる。


 それから、HPがすっからかんになるまで運動した。

 上昇した能力値を確認した後、俺はその日のプレイを終えた。




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名前 オトハ・キミーノ

身分 公爵令嬢

職業 戦士

年齢 17

経験値 2439


【HP 17→25】 【MP 10】


【腕力  3→5】 【魔力  1】 

【体幹力 2→4】 【精神力 2→3】

【脚力  3→4】


【身長 175】 【体重 68→72】


耐性   恐怖D 刺突D

特殊能力 経営適正D (new!)


装備

 木の箸

 淑女のドレス

 革のブーツ

 銀の髪飾り

 銀のイヤリング

 ルビーの指輪

 真珠のネックレス


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