トリカブト(復讐) page2

 当初、『紫陽花の涙』の脚本はテレビで放送されていた内容と違い、片山美奈子をヒロインにして書かれていた。

 しかし、その脚本を読んだスポンサーから、ストーリーがありきたりだと指摘を受けた事により、急遽書き直されることになった。


「それが、何で、エリカが主役になったの?」

 美奈子は奥歯を噛み締めるような険しい表情を見せると、「あの子の母親が仕組んだのよ」と、声を低くして話す。


 美奈子は続けて、後に書かれた『紫陽花の花』で、恵里香が主演となった経緯を話した。

 旧ストーリーの『紫陽花の涙』ではスポンサーが離れると言い出したことで、制作側は頭を悩ませていた。

『紫陽花の涙』を書いた脚本家は、恵里香を主演にした作品を数作手掛けたことがある人物で、恵里香の母とも親しかった。


 そして恵里香の母が、書き直すのならば主演を恵里香にしてほしいという相談を脚本家に持ち掛けると、制作側も人気子役の恵里香をヒロインに使えば、スポンサーも納得するだろうと賛成したことにより、後の『紫陽花の涙』が作成された。


 美奈子としては初ヒロインのドラマであったから、主演を恵里香に変更された事は、悔やんでも悔やみきれないものである。

 その後、美奈子はSNSで恵里香の兄と繋がり、怨みを当てつけるように、ダイレクトメッセージを送り続けた。


『あなたの母親にとって、子供は金儲けの餌にすぎない』

 その他にも次々と送られる、美奈子からのメッセージを読んだ恵里香の兄は、込み上げた怒りを押さえきれずに、あの事件を起こした。


「だからあの時、本当に殺そうとしていたのは、父親ではなく母親なのよ」

 恵里香の兄が事件を起こすまでの経緯を、淡々と話す美奈子の言葉には、黙って聞いていた三人も、アルコールランプで熱したフラスコの液が煮えるように、フツフツと怒りが沸いてくる。


「何だよ、結局あんたが送ったメッセージが原因じゃねえかよ!」

 亮治が再び青筋を立てて怒り出すと、美奈子に食って掛かるが、同じ気持ちである洋平には、それを止めることも出来なければ、宥める気にもなれない。


 亮治は美奈子に掴みかかるが、男女と言っても、中学一年生の男子はモデルスタイルの美奈子よりも背が低く、姉に歯向う弟のようなもの。


 美奈子が遇らうように腕を振り解き、「私が原因?それは違うでしょ、そもそもは、あの母親が蒔いた種でしょ!」と言って、大きな声を張り上げると、洋平と裕太は、その威圧感に圧倒された。

 そして美奈子が躙り寄るように近づくと、三人も合わせて後ずさりする。


「あの子が芸能界から消えればいいとは思ったわよ、けれど殺人に手を貸そうなんて思ってはいないわ。そんなことをすれば、私まで消されてしまうもの。だから私が唆したなんて話になっては困るの。父親を殺したことに関して刑が済んだのなら、これ以上彼に罪を犯されては迷惑なのよ」


 その言葉を聞くと、三人の足は停止ボタンが押されたように、ピタリと止まった。


「じゃぁ、何で週刊誌に写真なんて送ったの?」

 洋平は顔を強張らせながら、美奈子に質問する。


「彼は止めに入った父親を殺して、本来殺そうとしていた母親が逃げた時に書き込んでた、SNSの文が気になっていたの。『失敗、続きはまた後で』って……だから彼が少年院から出てきたら、きっとまた事件を起こすと思っていたわ。でも、まだ起きてもいない事件の事を警察に話せば、私まで疑われるでしょ?だから、週刊誌に載せて話を公にしてしまえば、彼が事件を起こしづらくなると思ったのよ。でも……」


「でも……何なの……」

 洋平が問い掛けると、美奈子はスカートのポケットからスマートフォンを取り出し、恵里香の兄からSNSに送られて来たメッセージを見せる。


『アジサイノナミダ ツヅキノハジマリ』


「これ……どういう意味だよ」

 美奈子は、恵里香の兄から送られて来たダイレクトメッセージだと言って三人に見せるが、裕太と亮治には、その文が何を意味するのか理解できない。


「紫陽花の涙は、確か……京子以外の家族が皆殺される……それじゃあ」

 洋平がドラマのストーリーと重ねて推測すると、美奈子は小さく頷いて応えた。


「そう……彼は次こそ、母親を殺す気なのよ」


「じゃあお兄さんは、『紫陽花の涙』と同じ事をしようとしてるの?」

 洋平が話すのを聞いて、恵里香の兄が送ったメッセージの意味を理解した裕太は、「なんだよ!こんなの絶対じゃん!早く警察に行った方がいいよ!」と騒ぎ出す。


「分かっているって!でも、彼が今、何処にいるのか分からないから。それよりも先に、君達はエリカに連絡してちょうだい!」


 美奈子は一刻を争う事だと言って要請するが、三人はそれについて、困り果てた顔を見せる。


「そんなこと言っても、エリカは携帯も持ってないし……」

 洋平の呟きを聞いた美奈子は、呆れた顔を見せながら首を傾げる。


「あの子、売れっ子の子役だったのに、スマホも持ってないの?とにかくエリカに会ったら伝えてちょうだい、母親を絶対に家から出さないようにって。私はこのまま、このメッセージを見せに警察へ行くから……怪しまれるかもしれないけど、こうなったら、事件が起きてから詮索されるよりも、先に話しておいた方が無難だから」


 美奈子が三人に言付けて立ち去ると、洋平は扉の隙間から見せた白い手が、小麦粉が塗られた狼の手ではなかったのだと思いながら、去って行く後ろ姿を見ていた。


 翌日の朝、テレビのニュースはどの番組をザッピングしても、片山美奈子が殺害されて犯人を捜索中という報道が流れていた。


 恵里香、弘行、洋平の三人が登校していない教室では、生徒達が片山美奈子殺害事件の話題で持ち切りになっている。


「杉浦、やっぱりヤバいよなぁ」


「でも、片山美奈子が言っていただろ?狙っているのは母ちゃんだって」


「じゃあ何で、あいつが殺されたんだろう……」


「やっぱり、あの話しを警察にチクろうとしたからじゃん?」


「じゃぁ……やっぱり、犯人は杉浦の兄ちゃんなのか……」

 裕太と亮治の話しを、麻衣子は憂鬱な顔で聞いている。


 ニュースで報道していた内容では、片山美奈子が殺されたのは昨日の一八時頃。夕方の静まり返った公園にある公衆トイレの中で、遺体が発見された。

 検証の結果、首を強く絞められたことによる窒息死だと判明している。


 裕太と亮治にとっても、いくら癇に障る人間であろうが、昨日まで生身の声を聞いていた人間が、今はこの世にいないと思えば悍ましい。


 あの時、警察に行くと言いながら去っていったにも関わらず、片山美奈子の死体からは携帯電話や手帳等、事件を解き明かすような遺留品も無く、殺人事件として犯人の捜索はされているが、今現在はまだ手掛かりは無いと報道されていた。


 チャイムが鳴り、菅村が教室に入って来ると、毎朝と同じように出席を取るが、三人の返事がないのには、苦い顔を見せる。


「おい、杉浦は連絡があったが、河村と嶋岡が休むのを誰か聞いているか」


 大体の見当はつくが、本人達から聞いたわけでもないから、生徒達は二人が何処で何をしているのかを予想する話で、教室を騒がせる。


「先生、俺と亮治、昨日、片山美奈子に会ったんだ」

 裕太は席を立ち上がると、皆の前で昨日の出来事について、一部始終を話した。


「すると、あの二人は杉浦の家に行っているのか……あまりウロウロとするのは危険だな」


 菅村はこれから恵里香の家に行ってくると生徒に伝えると、落ち着いた口調とは裏腹に、慌てた足取りで教室から出て行った。

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