02 決めた!
いまは夜。
自宅二階にある自室で、机に向かっている。
すでにお風呂も夕食も宿題も済ませており、就寝までの自由な時間だ。
ここ最近のこの時間は、世界の歴史図鑑を読んでいることが多かったのだけど、今日はなにも手にしていない。紙一つ置いていない学習机に、ただ肘を掛けている。
考え事をしていたのである。
だったら別に席につかずとも出来ようものだが、幼少よりの癖で、考え事をする際にはこうしてなにも置かない机の前でないとどうにも集中力が保てないのだ。
かさ、とページをめくる音。
背後、二段ベッドの上段で妹の
机の前でないと保てない脆い集中力ともいえるが、でも机の前でさえあれば人一倍高い集中力を保つことが出来るので、ぺらぺらページをめくる音、ぽりぽりおせんべいを食べる音、廊下を弟がどたどた走り回る音、聞こえていたけどまったく気にすることなく考えごとに没頭していた。
なにを考えているのかというと、まあご推察の通りとは思うが野球のことである。
同じ小学校に通う
親友の
ドンは一時限目終了後の休み時間に、廊下でボスに呼び止められ、野球のことで話があるから昼休みに二人で屋上へ来て欲しいと声を掛けられたのだそうだ。
なんだろうなんだろうと、わたしの精神が昼までずっと不安定なままになってしまうだろうと心配して、申し訳ないけど黙っていたとのこと。
屋上でのボスの話は、チームに誘われたというよりも、軍国主義強制権発動に等しいものだったが、それでも参加を承諾したからには、わたし自身の意思もあるにはあったのだろうな。
などと、まるで他人事のようだけど。
まあ、どこかのチームに入って野球をやりたいという願望があったことには間違いないわけで、だからわたしの選択は特段驚くに値はしないだろう。
それよりも、野球未経験であるドンの方が参加に積極的であったことの方が驚きだった。
後から理由を尋ねたところ、ドンはこう答えた。
「何度かキミちゃんと一緒に練習したことあるでしょ? キャッチボールとかバッティングとか。身体を動かすのも悪くないかなって思って」
そのような理由でドンが参加を決意し、それなら、とわたしも入ることにしたわけだが、しかしボスが声を掛けたのはわたしたちが初めて。
つまりチームといってもまだ三人しかいない。語るまでもないが、三人で野球は出来ない。
だから、それぞれで野球への情熱を持つ女子を探し出して、まずは九人にしようということになり、屋上での話し合いは解散した。
と、そのようなわけで、わたしはなにも置いていない机の前で、背後に妹が漫画をぺらぺらめくり、おせんべいをぽりぽりかじる音を聞きながら、考え事をしているというわけだ。
どんな子に声を掛けようか、ではない。
声を掛けるあてはある。
去年わたしとクラスが一緒だった、仲良し二人組だ。
どちらも気弱で優しく、頼まれると断れない性格だし、もっていき方にもよるだろうけど誘えば承諾する気がする。野球が大好きで、いつも二人でキャッチボールしているし。
ただ、大きな問題が一つ。
ボスの横暴さに耐えられるかだ。
十中八九変な名前をつけられ連呼され、罵倒の雨霰を浴びることになるだろうから。
本人たちが辛かったら、誘った手前わたしも胸が痛むというものだ。二人とも優しくて、黙って不満を飲み込んでしまい表に出さないタイプだからこそ、なおさら。
でも……そうだからこそ、ぐいぐい引っ張ってくれるボスの性格は有り難いのかもしれないよな。
根拠不明の自信に満ち満ちているものな。
よし。
決めた!
わたしは笑みを浮かべて、机をばんと叩いた。
「違うよ、ポテト薄いの七枚だって!」
背後から突然の声がして、わたしは思わずひゃあっと驚き飛び上がった。
机を前にしたわたしの集中力は
ドキドキする胸を押さえながらそっと振り向いた瞬間、ベッド上段からばさっと漫画雑誌が落ちてきた。どうやら妹の史奈が、いつの間にか眠っており、寝言を発したようだ。
「どんな夢を見てるんだよ、フミは」
わたしは立ち上がり、ベッドに近寄ると梯子に手を掛け足を掛け、上段の様子をそーっとのぞいた。
やっぱり、史奈は眠っていた。すーすーと、静かに寝息を立てて。
いつも妙にませた腹立たしいことばかりいう妹だけど、寝ていると邪気がなくて可愛いな。
風邪ひかないよう、そおっと毛布を掛けてやった。
さて、わたしもそろそろ寝るとしますか。
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