第68話 陰陽師、また騙る

 暗殺開始。

 ツルキを発見したと報告を受けたグレーが、メンバー達に指示を出し散開させる。

 屋上を気付かれず、地面と同じ様に伝う事等、ジャバウォックには動作も無い。


「はーあ……結局ハイーロからは応答なし。死んだか殺されたか……」


 グロリアス魔術学院に人質を捕まえに行ったハイーロは帰ってきていない。

 ジャバウォックの取り決めでは、もう死んだことにする。

 血のつながった兄弟だからこそ、一体彼の身に何があったのかは察することは出来る。

 血のつながった兄弟だからといって、特に悲しむことはしない。

 失望した。面倒になった。そんな感情しか滲んでこない。

 

 それよりも目先の金と、殺戮。

 グレーが動く理由なんて、それだけ十分だった。

 

「さーてーと。しかしどう攻めさせるかね……縮地と言えど近づきゃ鋼鉄の紙飛行機に刺し殺される。遠距離からチマチマやるしかないかねぇ」


「無駄だ」


 隣に並び立つ龍の面を被った男の声を、グレーは初めて聞いた。

 どす黒い何かを感じる、低い声だ。

 

「奴には“平方完成”と呼ばれるバリアの様なものがある。上級魔術を多少束ねた程度では破れん」


「へぇ、あのバリアそんな名前だったのか。詳しいな……流石にって所か」


「……だが囲んで攻撃自体は間違っていない。それによって平方完成の弱点を突く事が出来る」


「あぁ? 平方完成の弱点?」


「手筈通り、構成員と共に周りから魔術による攻撃を繰り広げてもらおう。トドメは俺がやる」


 暗黒に同化するように、龍王を名乗った少年は消えてしまった。

 あんな小僧の言う通りにするのも癪だったが、今はそれ以外に手はない。

 

「さて、やるか」


 ネズミとの戦いで、“極光”と呼ばれる戦場制圧術がある事は心得ている。

 メンバー全員、それを弁えた上で、ツルキを追いかける。

 天気は雨。勿論雨が降る事を知った上での暗殺劇かけっこだ。

 屋上をツルキが選んでくれるなら好条件この上ない。

 雨水故、通行人が上を向くことは少ない。

 多少魔術ごういんにやっても、音も光も出さぬ風魔術なら雨音が掻き消してくれる。


 そして、中心にツルキを追い詰め、周囲には黒装束で顔も隠したジャバウォックのメンバーが佇んでいる。

 グレーはその一部となってツルキを見る。

 感服した。目の前の少年には一切の恐怖が見えない。

 そうでなければ、面白くない。

 

「よぉ……もう言葉はいらないな?」


「……ジャバウォック……あんたがグレーか」


 会ったことは無いのに、顔を布で覆ったグレーを確かに見ながら尋ねてきた。

 向こうもそれなりに敵を知って、構えていたのだろう。

 

「だがハイーロがいないようだな……この隙に乗じて誰かを狙おうって魂胆か」


「……?」


 ハイーロが殺された事を知らない?

 そもそもハイーロが学院に侵入したことを知らない?

 疑問がグレーに生まれる。

 ツルキにやられたのではないとすれば、今一体奴はどこで油を売っているのか。

 否、一体誰にやられたのか。

 

 だがグレーは、目前の状況を優先する。

 ツルキも知らないのなら、その事実を最大限利用するまで。

 

「その通りだ。さっき降りていった王家の友達、奴の所に向かってんぞ」


「いいのか? 王族の人間を狙えば、下手すりゃ一つの国に狙われるぞ?」

 

「心配には及ばない。今更世界中を敵に回したところで、隠れるのは暗殺者の本懐だ。俺達は捕まらず、明日も金と命を交換し続ける」


「……そうかい」


 ツルキが一層冷めた目で周りを一瞥する。

 

「じゃあお前らさっさと殺して、アルフやハノン達がいる店を襲おうとしているハイーロを消さなきゃな」


 豪語してはいるが、焦燥感はない。

 ある程度は嘘と見抜いているのだろうか。それともツルキとは別の用心棒を構えているのだろうか。

 だが先手を取られる訳には行かない。

 

「野郎共、祭りの時間だ」


「オォ!!」


 見えざる真空派が、13人の部下たちの掌から緑の魔法陣と共に吹き荒れる。

 どれもこれも、グロリアス魔術学院の卒業生をも軽々と凌駕する魔力。

 そして龍だろうと防御に特化した亀形の魔物すらも一方的に切り刻む斬撃力。

 勿論人の身で受ければ、一刀両断は間違いなし。

 

「“平方完成”」


 だが突如ツルキの周りに現れた青の四面体は、最強の盾と言わんばかりに真空派跳ね返す。

 音も無い斬撃を、音もなく防ぎきっている。

 それも一つや二つじゃない。グレーとて本気の魔力を以て放っているにもかかわらず、それだけの質の真空派が十単位で同時に刻んでもびくともしない。雨粒と同じく、簡単に霧消してしまう。

 

 確かにネズミが仕留めきれなかったのも分かる。

 百戦錬磨のグレーをして、見たことのない防御魔術だ。

 見た所魔力切れも望みは薄いだろう。寧ろこちらの魔力が先に尽きそうなきらいさえある。

 

 だが、そんなグレーの隣に舞い降りる影。

 龍王を名乗った少年は口にした。

 

「あれが平方完成の弱点だ」


「おぉ? どういう事だ」


「見ろ。自分を包む形であれを張ると、それ以外は何もできない」


 確かにツルキが反撃するには、ツルキに攻撃も防いでしまう平方完成を外さないといけない。

 だが鼻で笑うくらいの弱点だった。


「でぇ? だがこちらからも攻撃が届かない。そこはどうするんだ? 龍王さんよ」


「簡単な話だ。あれを壊せばいい」


「はっ、壊せばいいってそれが出来ないから――」


 グレーの返事を聞くまでも無く、龍王は鎌鼬が渦巻く戦場へと身を投げ出していた。

 しかし平方完成に弾かれる真空派と同じ様に、いくら真空派が当たっても龍王の体が傷つく様子が見られない。

 防いでいるのではない。防御力が高すぎる。


「……成程な。その肉体能力なら、行けるってか」


 グレーも平方完成を壊すなんていう身も蓋もない解決方法も、龍王なら出来ると納得した。

 猛者たちの魔力でも傷つかない、最強の体。

 改造魔物キメラの中でも最高傑作。

 確かに彼の一撃をもってすれば、平方完成も落城するだろう。

 

「……お前、ジャバウォックじゃねえな?」


 一方で平方完成に包まれてやり過ごしていたツルキは、龍王に聞いた。

 

「そうだ。だが俺の目的の為、お前を殺す」


「目的?」


 そう言って振り上げた右腕から放たれた一撃は。

 例えるならば、巨大な大砲を放ったかのようだった。


「知らなくてもいい事だ」


 一瞬だけ遅れて、ズドン! とけたたましい爆音が鳴り響いた。

 衝撃波だけで目を逸らしてしまう。

 異常なまでの攻撃力。

 

 龍王が拳を押し付ける平方完成に、確かに亀裂が走っていた。

 

「ちっ、大した攻撃力だ。俺の平方完成がここまでズタズタに――」


「何もさせない」


 間髪入れず、二発目。

 さっきよりも更に威力が倍増している一撃。

 衝撃と同時、硝子の様に平方完成が霧消した。

 

「……馬鹿な」


 呆気にとられた表情で呟くツルキ。

 放たれた二発目は止まる事なく、そのままツルキの中心に直撃する。

 

「突然で悪いが、恨んでもいい。ここで死んでくれ」


 人体を貫く瞬間は何度も見たグレイを以てしても。

 ただの正拳突きで、“人間が真っ二つに折れる瞬間”は見たことが無い。

 

「……やりやがった」


 離れた上半身と下半身、その先で駆け抜けた衝撃波が建物を破壊する。

 吹き飛ぶ瓦礫。

 まるで魔王城が落城するような音を聞きながら、ツルキの眼から光が失せたのを見た。

 

 誰もが。

 それを見た筈だったのに。

 

 

『“鏡蝉うつせみ”――からの“金剛不壊”』



 直後、二つに分かれた少年の体がただの折り紙になって散っていった。

 思考の一瞬の停止。

 同時、グレーは背後の僅か空気のブレを感じ取り、その場から動いた。

 ――しかし避けれたのはグレーと龍王のみで、他の構成員は全身をズタズタに突かれて倒れた。

 あのネズミを啄んだ、異様に硬い紙飛行機。

 そうだと確信したのは、避けたにも関わらず追ってくる紙飛行機に縮地が間に合わず、右腕と左肩を射抜かれた時だった。

 

「ぬ、く……馬鹿な」


 龍王の鋼の肉体にも、浅いながら数発刺さっている。

 覆面の下で荒げる息が、明らかに想定外である事を示していた。

 

『随分と俺の事を研究してきたんだな。グレーと……もう一人、その龍の覆面野郎』


 一体どこから声がしているというのか。

 そもそも先程まであの場にいたツルキは、一体何だったのか。

 冷静に戻ろうとするグレーの視界の中、ツルキが出現した。

 

「平方完成の弱点まで調べてるとは思わなかったが……別に俺は平方完成なんてお守り程度にしか思っていなくてね」


「……貴様」


 龍王が呟いた。

 

「最初から平方完成が割られる所まで想定していたというのか」


「ああ。生憎、そういう未来が見えちまってね。まあおかげでお前らの油断を誘って、一網打尽にできた」


「ぐ……成程、ネズミが叶わない訳だ」


 しかし一方。

 ツルキは龍王を見た。

 ツルキの興味は、龍王に向いていた。

 

「で、お前は誰だ?」

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