第67話 陰陽師、夜を駆ける

 いきなり自粛を求められても人はそう簡単に順応できない。

 ハノンがいい例で、働いている店もまだオープンしてから間もない状態なので営業時間を短縮するくらいしか出来ない。

 なので今日時点では、彼女も働いている飲食店に顔を出さなければならないそうだ。

 

 束縛に感じるかもしれないが、俺はハノンに監視を申し出た。

 状況が状況だからか、ハノンは受け入れてくれた。

 ただし一つの条件として、外からの監視にして欲しいとの事。その代わりの埋め合わせはするからとのこと。なんだろう?

 

 俺としても店の外にいた方が助かる。

 ジャバウォックの侵入を感知する結界を店の周りに張り巡らせることで、一早く対応できる。


「それにしてもエニーまで入っていったな」


 あの二人、仲良しだよな。

 まあ俺としても都合がいい。

 護衛対象は一ヶ所に固まってくれてた方がやりやすい。

 

「で、店名が“アンフェロピリオン”なのはどうしてなんでしょうね……」


 なんて名前の所で働いているんだ、ハノン。

 働いている店がどう見ても俺の出身地のものです、どうもありがとうございます。

 誰が店長を出してるんだ……? 多分故郷の人間だよな?


 と、俺が暗殺者たちへの警戒とは別方向に思考を巡らせていた時、同じく建物の屋上に陣取っていたアルフから呆れた声があった。

 

「……君、恋人のバイト先に顔も出していないのかい?」


「行こうとすると止められちまうんだよ」


 まあ働いている先に恋人が来たら気まずいのかもしれないけれど。

 しかしどんな制服して働いているのか、早く見たいんだけどなぁ。

 

「それにしても、本当にエニーもハノンも仲が良いなぁ……良かった」


 小さく笑って、アルフが店に入っていた二人の後ろ姿を追うかのような眼をしていた。

 何故か満足しているように見えた。

 

「エニーが自分から離れる、からか?」


「……初等部の学院に行っていたときも、僕の隣から離れないまま、友達の一人も出来なかった」


「エニーにとっては初めての友達になんだな。ハノンは」


「僕が卒業した時、彼女を人並みの生活に戻りやすくなった」


「……まるで今のエニーが人並みの生活を送れていないという様な言いっぷりだな」


「誰か一人の世話するだけに青春を使うなんて、普通かい? 自由かい?」


 確かに、自由じゃないな。

 何も話を聞かない、第三者から見れば可哀想な奴隷かもしれない。

 

 だけど二人を知っている俺からすれば、互いに互いを気を遣ってずるずると滑り台を降りている様にしか見えない。

 

「僕が王家から出た時、きっとその先は茨道に違いない。王家のしがらみがどこまでも付いてくるかもしれない。そんな僕の危ない旅路に、彼女を連れていくわけにはいかないからね」


「でも彼女がついていきたいって、本心から言ったとしたら?」


 俺は尋ねた。

 アルフは鼻で笑って答えた。

 

「連れていかない。それが僕の自由であり、選択だ……それが、彼女の為なんだ」


 屋上の縁に後頭部を預けて、夜空を見上げるアルフ。

 

「聞きたがっていたね。エニーが一体何なのか。4年前、“794プロジェクト”で何が起きたのか」


「ああ。朝の話、続きをしようぜ」


「じゃあ結論から言うか」


 アルフは一呼吸も置かずに、覚悟を決め切ったかのように言った。

 

 

「エニーは、人間じゃない」



 俺は店を見つめながら、訊き返した。

 だって、結論じゃなかったからだ。まだ覚悟が決まっていなかったらしい。

 

「人間じゃないなら、何だって言うんだ」


「……エニーは――」


「!?」


 俺はそんな大事な時に思わず振り返って、立ち上がって周りを見渡した。

 結界が反応した。

 俺のその態度に、アルフも状況を察したらしい。

 

「ジャバウォックか!?」


「ああ。13人。1人はグレーかハイーロだ」


 死神の様な気配の中にある、閻魔の様な影。

 だが一つだけ、妙に異色過ぎる気配があるな。

 

「狙いは俺だ。俺が奴らを引き付ける。アルフはハノンとエニーを頼む」


「分かった」


 アルフが飛び下りる前に、まるで最後のチャンスじゃないかと言わんばかりに言ったのだった。

 

「……エニーが人間でないと、俺は言ったな」


「言ったな」


「人間でないエニーが、例えどんなに悍ましいものだったと感じても、君はエニーの友人として彼女を守ってくれると約束してくれるかい」


 初めて心からの弱音を聞いたかのようなか細い言葉に、俺は思わず吹き出して笑っちまった。

 

「当たり前だろ。ハノンがエニーの親友であるように、俺もエニーの親友だ。そして俺は隠し事なんか出来ねえから言っといてやる。俺とエニーは、ある同盟を組んでいる」


「……その言葉、信じていいかい」


「ああ。だから全部終わったら聞かせろよ」


「死なないでくれよ、ツルキ」


「ハノンとエニーを頼む」


 そしてアルフは浮遊して、地面まで落ちるとハノンが働く店まで向かっていった。

 俺は屋上と屋上の間を飛び越えて、殺意の塊たちが俺を追っていることを実感しながら夜を駆ける。

 

「そういえば鬼退治ばっかりしてきた俺だが、おにごっこは初めてだな」


 ちなみに、鬼ごっこには必勝法がある。

 ――捕まる前に、鬼を全滅させればいい。

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