第65話 暗殺者、苛立つ
「ネズミが死んだぜよ、グレー兄貴」
「はっはぁん。仇討ちでもするか? ハイーロ」
「愚問ぜよ。俺達兄弟の間柄に、仇討ちなんて言葉が入る余地があるとでも?」
「そうそう、それよりも目先の金とプライド。それが俺達の主義だ」
……王都内にある建物の一室に、それはごく自然に二人の暗殺者が紛れていた。
誰もこんな所に、血肉を親の顔よりも見た暗殺者が紛れているとは思えない。
そういった心の隙間を掻い潜るグレーとハイーロこそ、今は亡きネズミの兄にして、世界最悪の暗殺ギルドジャバウォックの中心核だ。
「だが縮地でも潜れない様な濃度の紙飛行機による攻撃、現時点では破壊が確認できないバリア、事前情報では未来予知が出来たり浮遊が出来たり。更には不意打ちへの対応も万全。流石にSSは伊達じゃないぜよ」
だがその二人をして、ツルキに対する評価はあまりに大きすぎる者だった。
真正面から挑んでも敵わない。
かといって、真後ろから挑んでも対応される。
ネズミと違い、グレーとハイーロは彼我の実力差を認識し、暗殺計画を綿密に練っていた。
「対象のツルキには恋人がいるって話ぜよ」
「はいはい、ハノン=ローレライの事だろ? だが生憎ヒロインは狙えない。少し彼女の周りをメンバーに探らせていたが、消息不明だ」
「成程、人質作戦を警戒したか。確かツルキは王子とも仲良いって話だったしな」
「おうおう、だが護衛に着かせる人員も無尽蔵とはいかない。関係性が薄まる程、その盾も薄くなるはずだ」
「昨日の可愛いねーちゃんはどうだ? あの辺から誘き寄せるとか」
「あぁ……ネズミの独断先行とはいえ、俺らジャバウォックに狙われて生きているのは、確かに気持ちが良くないな」
気だるそうに、しかし明確に殺戮対象を定めた眼をするグレー。
同じ目を、ハイーロもしていた。
「あのねーちゃん、確か生徒会長だったぜよ。名家の娘でもあるから、家族を狙えば後処理が面倒だが、生徒会の庶民の娘なら行方不明で済ませられるな」
「ほーう、生徒会のメンバーを餌にジャスミンを釣って、そのジャスミンを餌にツルキも釣るという所か」
「俺にやらせろよグレー兄貴。半日で亀甲絞めにした生徒会長ちゃんをツルキの目前に連れてくるぜよ」
「あいあい、分かった。その間ツルキの動向は俺が抑えておく」
ハイーロは返事が終わると同時に、その場から消えた。
残ったグレーも、ツルキの動きを掴むためにメンバーと一緒に動こうとした時だった。
『――Yeah! Oh! 暗殺者のお仕事、煩雑じゃん殺しミス! 仲介人の俺、痛快に見損ない! でも笑って、楽しくキルキル!!』
……暗殺者たちの中心でシルクハットを被った男が躍っていた。
見た事も無い言語だが、顔を衒ったような袋を頭に被っていて正体は分からない。多分、陽気な男だ。
殺気の棘の中心に、一人だけ場違いな空気を醸し出す男に、一人のメンバーが突っかかる。
「誰だてめぇ……俺達は気が立ってるんだ」
胸倉を掴もうとしたメンバーの掌が、突如止まる。
「……!?」
『“丑の刻参り”』
男がそう唱えた瞬間、メンバーの体まで動き始めた。
歪なものを見る様な視線の中で、メンバーの顔が苦渋と疑問に満ち始める。
『怒らない、誇らない。結果を出すまで頑張る、闇ギルドだろうとそれがプロ!! OK? Tap,Tap,Tap……』
「体が、勝手に……!」
「ばーか、よせ」
グレーの声が、シルクハットの男とメンバーに向けられた。
余興だと言わんばかりにシルクハットの男は両肩を竦めて立ち止まる。メンバーの男が自由になると、気味悪がってシルクハットの男から離れた。
対称的にグレーはシルクハットの男に歩み寄る。
「よう、仲介人……いや、“へのへのもへじ”と言うんだったな。何の用だ」
“へのへのもへじ”と呼ばれた男は目に当たる部分に手を当て、泣き真似をしてみせた。
『可愛い可愛い一番下の弟が天国に行っちゃったと聞いて。かなしいね』
「やれやれ、仇討ちは好きじゃないんでな」
『それは御立派でも孤立だ。君達二人だけ孤立だ。依頼人としてはちゃんと目的はたせるかな、って心配ぞなもし』
「はぁ」
見て分かる様な溜息をグレーがする。
何か勘に触れた事を示すような、苛立った態度を示していた。
「確かに大した奴だが、それでも一つの命。殺し方なら幾らでもある。餅は餅屋に任せてもらおうか」
『いいよ。でもこっちの事情もあるから、助っ人を用意させてね』
「あぁ? 助っ人だと……?」
眉を潜めたグレーの前に現れた存在を見た瞬間、その眉の皴が更に濃くなった。
何故ならその少年が身に纏っていたのは、まごう事なくグロリアス魔術学院の制服であり、その顔立ちも事前に調査していたグロリアス魔術学院の生徒と一致していたからだ。
登場してもなお真顔で沈黙を押し通す少年の代弁をするように、くるくる回りながら“へのへのもへじ”が紹介する。
『勿論作戦時、顔を隠し、匿名希望、ここでは“龍王”という名称、OK?』
「ほーん。龍王……あの伝説の龍王を衒ったのか?」
笑わずとも、鼻を鳴らすグレー。
この王国から遥か西のとある山脈に、世界最強の龍が住んでいるという御伽噺を聞いた事がある。
少し前まで存在さえ疑われていた、世界最強の生物である龍王が住んでいた。
今から十二年前に起きた龍王にまつわる伝説も、グレーの耳には届いている。
『龍王、十二年前、“
「ははぁ、良くは分からないがあの龍王の名を冠するだけの力はあるのか――な!」
縮地。
“龍王”と呼ばれた少年の喉元まで、グレーの巨体が刹那の感覚で到達する。
右手に出した刃が月光の如く光り、このまま首を跳ね飛ばそうとした直前。
「
空気の揺らぎ。
辺りのメンバーが壁に押し付けられる程の衝撃波。
まるで世界に絶望しきっているかのような声色で放たれた解放の言霊。
首に穿たれたグレーの刃。
頼りない音。
あっさりと折れて、割れてしまった。
金剛石にでも激突したような感覚が、柄を握るグレーの手に帰ってきていた。
「へぇ」
面白い、と言わんばかりに折れた剣を投げ捨てる。
その手で、そのまま拍手をして称えた。
「……
目前の“龍王”と呼ばれた少年はその名の通り、黒と金の鱗で全身が包まれていた。
伝承や最新の情報で語り継がれた、龍王の特徴と同様の模様だった。
本当に龍王を再現しているのだとすれば、魔法剣であっても望みは薄だろう。グレーは納得した上で、これ以上因縁をつける事を諦める。
『特別性、良く出来てる、Huh! なんたって、だってだって、“龍王”の細胞を注入した!』
足が何本になっているか分からなくなるくらいの踊りを奏でながら、“へのへのもへじ”は続けた。
『龍王の改造魔物、最強の一角!』
「それでそれで? こんな秘中の秘を俺達に預けて、お前さん達は何をしようってんだい」
へのへのもへじは踊りを一切やめようとしない。
聞いたグレーも、目の前で起きている異様さに特にたじろぐ様子はない。微笑を浮かべながら、しかしいつでも暗殺に移行できるといわんばかりの特有の気配を発しながら、もう一度尋ねる。
「えーっと? まあ俺らは金や見合う待遇さえ貰えればそれでいい。けどな、『わざわざ暗殺の時刻まで指定するとか』面倒な事されて、こっちも鬱憤溜まってんのよ」
『それ聞かない、お代の通り、お約束! OK? ちゃんと皆がスマイリーな未来! 目指してこーぜHey!』
「はっ……“ウォーバルソード”の奴らも動いてんのは掴んでんだぞ」
『君達には関係ない、意味なし聞かないで依頼。その代わり、ウチの切札、龍王、貸与!』
龍王と呼ばれた少年は、右手に持っていたローブで制服を隠し、更には龍を衒った覆面を被った。
同時、へのへのもへじは頭を下にして回転しながらその時刻を伝えた。
『暗殺開始は今から6時間と30分後、当初の予定から変わらない、もう君達我慢する必要ない、
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