第64話 陰陽師、恋愛同盟を組む

 

「……曰く、戦争孤児で、ショックで家族の事も含め記憶を失っているみたいで。そして気付いた頃には……アルフ様の付き人としての教育をひたすら受け続けていました」


 突然目の前に現れた現実以外に、エニーは何も知らなかったのだ。

 まるで陰陽師の様に思えた。ただ陰陽師として生まれたというだけで、世俗との関係を一切許されず、妖怪を滅する為だけの人生を義務付けられる。

 ……あいつらと、葛葉院鶴樹と同じじゃないか。

 

「付き人になる為の勉強やら訓練やらって、相当のものか?」


「はい、今思えば毎日が地獄でした。でもあの頃は私にとってはそれが当たり前だったので、何とも思えませんでした」


「……そうだよな」


 それが当たり前と感じると、人は苦しさを覚える事を忘れる。

 灼熱地獄で生まれた怪物は、灼熱の中で生き続けられてしまうのと一緒だ。

 

「でも、あの毎日が普通じゃないって気付かせてくれたのは、アルフ様だったんです」


「どういう事だ?」


 くす、と嬉しそうにエニーは語る。

 何だか地獄の過去を経験したとは思えない様な、安堵した心からの笑顔だった。

 

「アルフ様の下にお付きになって、暫くして私の過酷さを知った瞬間、私と一緒に部屋へ籠城したんですよ」


「…………………………そりゃ、また」


 自由、だねえ。


「私に対する境遇の改善をしなければ、この部屋から出ないなんて言い出して……それも丸一日」


「アルフは昔からアルフだったんだな……」


 流石お忍びまでやってのける第三皇子。

 子供の頃からアグレッシブさは変わらず、常識にとらわれない奴だったんだな。

 

「丸一日の後、どうしたんだ?」


「アルフ様の姉上であるハル様の説得で、私達は籠城を解きました」


「それからも過酷な毎日が続いたって訳か」


「いえ、そのハル様が私の教育担当に言って、環境は改善されました」


「おっと、優しいお姉さんだったんだな」


「……自分で言うのもなんですが、まるで私を妹の様に扱って頂きました」


「へぇ……」


 四年前に亡くなったっていう、アルフの姉さんか。

 俺がそれを知っていることを察したか、ハルさんの事についてはそれ以上話さなかった。

 

「ハル様にも……そしてアルフ様にも、私を人間らしくしてくれた事への恩は尽きません。一生かけても」


「だがそれは自由じゃない。話聞いてりゃハルって人も、あんたの自由を願っていたんじゃないか?」


「私は……アルフ様の御傍にいたいだけなんですけどね」


 小さく呟いた言葉に、物凄い意志が込められている気がした。


「自由じゃない事が、悪い事なんでしょうか。誰かの隣に、ずっと一緒にいたいと思う事は、迷惑なんでしょうか」


「エニー……」


「……誰かの隣、とは行かなくともずっと視界に映る場所でお慕いするのは、おかしなことでしょうか?」


「……」


「自由じゃない道を選ぶことも、また自由じゃないですか?」


「エニー、もしかしてアルフの事……」


 この眼は見た事がある。

 ハノンだ。

 誰かに恋する、そんな瞳だ。

 だけど、それが叶わないと分かりきっているにも関わらず、まだ諦めきれていない淋しい笑顔だ。


「……アルフ様には、ジャスミン様という許嫁がいます。アルフ様が王家を出られるのなら、その道にお付き合いするまでです」


「……」


「ごめんなさい。こんなしんみりした話を急に……」


「いや。ようやくエニーの本音、響いたぜ」


 いつもアルフの隣にいるエニーしか見てこなかった俺にとって、アルフというフィルターを外したエニーは新鮮だった。

 付き人だからって、王家関係者だからって、関係ない。

 俺にとっては同い年の、幼顔短背矮躯な庇護欲を引き立てる外見と、知的な黒メガネが特徴の女の子だから。


「自由じゃない道を選ぶことも、そりゃ自由だ。だけどその中に自分がどうしたいかってのも入れろよ?」


「どういう事ですか?」


「許嫁がどうした。アイツ、王家から出るんだろ? だったら許嫁も何もあったもんじゃねえだろ」


「生憎そういう訳にはいかないのですよ。王家から出るとはいえ、やはり王家の御子息である以上その重荷はついて回ります。アルフ様には、相応しい相手がいるのです」


「相応しいかどうかは、アルフが決める事だ。結局そんな所まで親のレールに乗せてたら、王家を出る意味ないじゃねえか」


「……言うは易しですが」


「あいつは言うは難しを常に地で行ってんだよ。あいつの隣にいるって、それくらい茨道だって、エニーも知ってんだろ?」


「……」


「なあ、エニー。お前アルフの事好きなんだろ?」


 今度は察する事はしない。

 直接聞いてやる。突然心臓を打たれた様なドキッという擬音語が似合う肩の上げ方をした。


「……だ、だだだ、だとしてもです」


 あってはならない。でも本心がまったく隠せていない。

 ハノンと気が合っているせいか、ハノンと同じタイプ過ぎて扱いが良く分かる。

 そしてもう言い逃れが出来ない事も、彼女は知っている。

 

「……ツルキ君。私のこの気持ちを消す、そんな陰陽道は無いですか?」


 いっそ、アルフへの恋心を忘れたらどんなに楽か。

 毎日ただの付き人として、何の気もなくアルフを見られたらどんなに楽か。

 言わずとも伝わってくるよ、エニー。

 でもね。

「それは多分、どの世界でも共通で、消しちゃいけない奴だ。向き合わなきゃいけない奴だ。エニーの恋心を消す事は陰陽道にはできないし、させちゃならねえ」


「……そう、ですか」


「俺は、エニーが一番アルフにお似合いだと思うけどな」


「ありがとうございます……」


「もう一回籠城でも何でもしてさ。アルフをそんなくだらない王家の仕来りから奪っちまえよ」


「……ツルキ君たら、本当言うは易しな事ばかり言うんですから」


「でも昔の二人は、それをやったんだろ?」


「……はい。やりました」


 しばらく無言。

 ハノンが必死になって魔術を跳ね返している光景から、音だけが流れる。


「また今度、相談に乗ってもらっていいですか?」


「勿論。紳士視点じゃないと分からない所もあるからな」


「逆にハノンちゃんの女心で分からない所があれば、私の知識が幾分か役に立つかと思います」


 そういえばハノンとのデートに着てくるファッションも、エニー監修らしいからな。

 

「じゃあ俺達は恋愛同盟って訳だ」


 そういって俺はエニーに右手を伸ばした。

 その意味が握手だと分かってくれた様で、同じく右手で握ってくれた。

 

「よろしくお願いします」


「ああ、よろしく」


 おっと、遠くから来たのは鈍感な王子様だ。

 勿論エニーに何があるのかアルフから聞くとして、まずはアルフにも陰の属性を教えようか。

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