第60話 陰陽師、学院中に結界を張る
ジャバウォックに襲われた翌日、俺は一つの教室に二人の人間を呼んでいた。
しかも内密に、だ。
「悪いな。エニーと引き離しちまって」
「いやいや。君も愛しのハノンとの貴重な時間を割いてくれているんだ」
一応はアルフには既に内情を説明している。
世界最悪の暗殺ギルドに狙われた事も、俺の正体がオール帝国に漏れている事も。
アルフは相変わらず韜晦が上手い。両肩を竦め余裕のある言葉で揶揄うのはいつも通りだ。
「それにエニーはこちらから何も言わなければ僕の世話ばかり焼く。折角ハノンという同性の友人も出来たんだ。僕から離すには丁度いいリハビリになる」
「……いきなり本題から逸れるが、本当にエニーを卒業させたら付き人から外す様にしてるのな」
「一生誰かの世話をしているなんて、君の言い方を借りれば『自由じゃねえ』だろう?」
「……まぁ、そうだな」
とはいえ、引っかかる気持ちがあった。
正直アルフもエニーも、一番落ち着いているのは一緒にいる時に見えていた。
確かに俺がアルフでも同じ様にするだろうが、第三者から見た時にアルフの選択に頷けないのは何故だろう。
「それで? ツルキ。私まで呼んだ理由は何ですの?」
教室内で座りながら腕組しながら足組をするジャスミンは、そう言いながらも一泊置いてその理由を自分で語る。
「昨日のジャバウォックの件で、私にお願いしたい事があるのではなくて?」
「いや、ジャスミン先輩にして欲しい事はない」
「はぁ!?」
「昨日一応から秘密裡にして貰ってるけど、どうせ何も言わなければアンタの事だ。生徒会やら先生やらに掛け合って俺の警護とかさせる気だろう?」
「その通りですわ! 確かに君の実力は認めますが、今すぐ生徒会長としての権限と、家の権力を使って君を護衛させますわ!」
「それがまずい」
「!?」
解せないという顔になるジャスミンに俺はその訳を説明する。
「あの手合いの暗殺者は数がいたところで話にならない。寧ろその警護に紛れて攻めてくる恐れがある。その方がやりにくい」
「確かに悪名を轟かせている暗殺者ギルドだからね」
「悪戯に犠牲者を増やすだけだ。ジャスミン先輩には俺が昨日楽々倒したように見えるかもしれないが、
純粋な実力ならハノンの方が上かもしれない。
しかし暗殺者相手はそういう常識は通用しない。
真正面から向かい合っていざ尋常になんて、奴らの辞書にはない。
日常の隙間から突如首を狩られる。
……ハノンで例えたが、勝負事なら厳正な決闘を望むハノンが最も苦手にする相手と言っても過言じゃない。
「じゃあこのまま手をこまねいて見てろっていうんですの!?」
「違う。いざとなった時、自衛出来るようにしてほしい」
「どういう事ですの? 私自身ですの?」
「ネズミから聞き出した感じ、奴らのターゲットは俺だけと言ったが、あの場に居合わせた先輩も次から狙われる可能性がある。あの手の輩は不穏分子を殺して摘みたがるきらいがあるからな」
ジャスミンがその可能性に行きついた時、喉を鳴らした。
実際ジャスミンだけが狙われていたら、確実に終わっていた。
恐怖を振り払うように言ってくるが、根拠のない強がりにしか見えない。
「私は、これでも学院最強の自負がありますわ。あなたには簡単に下されましたかもしれませんが、下らない外道に劣る道理はなくってよ!」
「昨日肌で感じた通り、“暗殺者”の強さはそのベクトルがずれてる。学校の成績は参考にはならない」
「……」
悔しそうな顔をしながらも、流石はジャスミン。
目を逸らしながらも、やはり昨日の事が頭から離れないらしい。
暗殺者特有の、教科書通りの戦い方じゃどうにもならない地獄の記憶が。
「認めるしかないですわね……」
と言ってくれた。
「だが最低限の警護は必要だ。アルフにはそれもあって、情報を共有したかった」
「監視を付けるって事かい?」
「あまり自由じゃねえがな」
プライベートに干渉されたくないタイプのジャスミンも、緊急事態だからこそ俺の提案に頷くしかなかった。
「ジャスミンだけじゃねえ。人質が出る可能性も考慮して、生徒会のメンバー、それにジャスミンと親しい人たちにも警護を付けられるか?」
「君が暗殺ギルドに狙われているという事を公表したほうが、大々的に動きやすいんだけどね」
「アルフの言う事も最もだが、暗殺ギルドだっつーのに世間には都市伝説級に知れ渡った奴らだ。そんな奴らが学院内をうろうろしていると言ってみろ。それこそパニックになる」
「ちょっと骨が折れるが、やってみるよ」
「少なくとも、この学院内、その敷地にある寮ならは俺だけでカバーできる。アルフには学院外に行ってしまった人たちの警護をやってほしい」
「どういう事だい?」
「昨日深夜から一日かけて学院中に結界を設けてきた。平方完成とは別だがな」
「平方完成とは別の結界?」
「昨日ネズミと戦った時に奴らの霊力は大体わかった。どいつもこいつも血まみれの薄汚れた霊力をしてやがった。あんな目立つ霊力なら、その結界に触れた途端俺が察知できるようにした」
あくびしながら言った言葉に、二人共眉を潜めた。おかげで今日は寝不足なんだ。顔が老けてハノンに嫌われたらどうしてくれるんだか。
まあ、苦笑いされるくらいの対策は多分やった。
「君……この学院は下手な街より大きいんだけど」
「東京と比べりゃ大した事ねえよ。折り紙200個くらいで何とかなった」
「トーキョー? 聞いたことが無い街ですわね」
やべっ。
眠いせいか、前世の首都言っちゃった。知らんぷり知らんぷり。
「……この王都にも結界は貼りたいが、ジャバウォックが既にこの王都内に潜入していることを考えると期待は薄い」
「そこに人の手を加えるって事だね」
「ああ……勿論、お前とハノンとエニーにも警護を付けてくれ」
「それは言われてなくても、だ。しかしそう考えると出来れば皆には学院外には出てほしくないね」
「そうだな。だとするとアルフ、ジャスミン先輩。もう一つ追加で頼まれてくれないか」
「君は色々思いつくね……なんだい」
「街と学院に、こういう空言を吹き込めないか? 今王都に不審者の目撃情報があり……故に外出は自粛するように、って」
「まあ不審者が出たことは本当だからね」
「嘘のコツは、本当を半分以上織り交ぜる事だ。ただし、ジャバウォックって正体と、学院内に既に襲撃有りとかまでは言わないでくれよ。繰り返すが多分パニクって統率取れなくなるから」
「分かった」
「ジャスミン先輩からも、生徒会長として外出自粛を呼びかける様にしてくれないか?」
「良いですが、生徒の中には冒険者ギルドや店などで働いて生計を立てている人もいますわ」
「勿論、それとなくでいい。下手に心理的に煽ると、裏で何かあるんじゃないかと勘繰られる……ジャバウォックの正体を隠しながらだと、そこまでの行動制限は出来ないな」
腕組をしながらため息を一度だけつく。
「とはいえ事態の深刻さは分かっている状態です。分かりました、あなたの嘘に乗りましょう」
「助かる、ありがとう」
「ですがこれまでとなった時は、真意を公表する可能性もある事をお忘れなく」
「一度相談してくれ」
教室の戸を開けながら、ジャスミンが一度俺へ振り返った。
「昨日は助かりましたわ。感謝します」
「俺が巻き込んだようなものだ。あんたには詫びても詫びきれない」
「……殿下。あなたが見つけた逸材は、確かにダイヤモンドの様に煌めくものでしたわ」
今度はアルフの方を見ながら、しかし若干咎める様な眼で言った。
「お忍びの“真意”をお話になったらどうですか。私も与り知らぬところですが」
「……」
アルフは返事をせず、そのままジャスミンは教室を去った。
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