第59話 陰陽師、100万枚の紙飛行機を投げる

「お前を狙った理由ね……」


 ネズミは焦燥こそすれど、隙を伺う眼をしていた。

 往生際が悪い。闇ギルド故の泥臭さか。


「悪いが俺達も商売やってるんでね、個人情報にはうるさいんだ」


 今更そんな道理引っ提げられても困る。

 止む無く俺は右裾から折り鶴を一体取り出す。そして結界を超え、ネズミの口に入れた。

 折り鶴は強制的に飲み込まれていき、ネズミは吐き出そうと嗚咽を始める。

 

「あ……ぐ……が、何を」


「何をしましたの?」


「罪を浄化する水の特性を生かした、“水垢離みずごり”だ。一種の自白剤みたいなもんだよ」


「そんな事まで出来ますのね」


 本来、怨霊や妖怪化した悪人に対して罪や穢れを取り除く“禊”の為の陰陽道だ。

 それに、今更自分を殺しに来た咎人の懺悔には興味はない。

 

「口が……勝手に……!」


「さーて観念してもらおうか。何故俺を襲った。悔い改めなくていいから、さっさと答えろ」


 必死に歯を食いしばったのがネズミの最後だ。


「あ……がが……オール帝国のお偉いさんに……頼まれて」


 ……オール帝国はヴァロンの一件で知ったが、相当根まで腐ってんな。

 しかし本当に何故俺が狙われる羽目になるんだ?


「誰に、そして何故だ」


「誰かは知らん……仲介役を挟まれてな。お前は帝国でSSランク指定の要注意人物“黒金の鶴スワン”って有名だぜ」


「俺がどうして帝国からマークされている。要注意人物ってのは何だ」


「ヴァロンの亡命を本当に阻止したのがお前だと、裏では伝わっているからな……改造魔物キメラを全部倒したのもお前なんだろ?」


「なんですって!?」


 ジャスミンの聞き返しも無理はない。俺だって驚いてる。

 ヴァロンを拿捕した一件に関与していた事は一切の箝口令が敷かれている筈だ。

 アルフの事だ。手回しに不備があったとは思えない。

 だが実際に帝国には俺の正体が割れている、か。

 

 まあ、仕方ないものは仕方ない。

 まずは俺が帝国にマークされている事実は受け止めた。

 だが最深部の暗殺ギルドが、それだけで動くか?

 

「他の奴らは? 確かお前の所はグレイとハイーロという兄貴がいるんだろ?」


「……一緒にお前を殺す手筈だったが、その女を俺のものにしたかったから独断専行した」


「ははぁ、名を馳せた暗殺ギルドも生徒会長の色気には敵わなかった訳だ」


「そんな風に言われても嬉しくありませんわ」


「で? こういう時兄貴たちは助けに来るのか?」


「来ない……ここから離れた所でお前を観察し、俺の敗北を基に作戦を練り直すはずだ」


「つまり窮鼠は見捨てられたってとこか……、ちなみにこの平方完成を解いて、代わりに独房にぶち込んだら、大人しくちゃんと死刑台まで進んでくれるか?」


「それならば兄貴たちが助けに来る。俺単体でも脱走出来る……っ!」


「ああ。そうか。残念だな」


 俺の平方完成も無尽蔵にいつまでも、って訳には行かない。

 だからどこかでヴァロンみたいに手錠へと繋ぐ必要があるんだが、恐らく王国の最大限なセキュリティに囲われたとしてもこいつなら脱出してしまうだろう。

 勿論、その過程で何人も犠牲になるのは目に見えている。

 つまり、無策で王国に引き渡すのも無謀、と。

 

「本当に残念だ。ま、覚悟なんざ朝飯前だろ」


 俺がその結論に行きついたと悟った所で、ネズミの顔が凍り付いた。

 死を悟った事なんて正直どうでもいいので、話を続ける。

 

「で? 同時に帝国は何を動いている?」


「……?」


「俺を殺す為だけにお前達が動くとは思えない。オール帝国が何かしら戦略を構えて動いていると考えるのが自然だ」


「……知らない」


 “水垢離みずごり”が効いている内は、一切の嘘をつくことは出来ない。正直ベースで永遠に話し続ける。

 本当に知らなさそうだな。

 世界一非道な闇ギルドも、結局は財力を持つ帝国の駒か。


「そうかい。じゃあお前さんはお役御免だ」


 お役御免なので。

 俺は平方完成と枯木竜吟こぼくりゅうぎんを解き、ネズミを自由にした。


「……!?」


「いや、何をしてますの!? このまま捕えて軍に突き出すべきでしょう!?」


「さっき聞いたばっかりだろ。こいつらは世界をまたにかける最深部の闇ギルドだ。独房からの脱獄くらい簡単にやり遂げる」


「ならいっそこの場で仕留めるべきですわ!」


 鞭を両手に殺意を宿したジャスミンを制しながら、俺は言う。


「無駄な殺生はしねえ……これ以上の情報は、その辺で倒れているメンバーにでも聞けばいい」


 ……勿論何も考えが無くネズミを解放する訳じゃない。

 こいつの中に入れこんだ“水垢離みずごり”には、プラスで遠地だろうと何を話しているのか聞く事が出来る陰陽道を練ってある。

 だからこいつがジャバウォックの頭領である“グレイ”や兄貴の“ハイーロ”との会話内容から、俺を狙った深い真意を確かめたい。

 

「じゃあな、ネズミさんよ。これ以上無駄な殺生はするんじゃねえぞ」


「へへ……ありがとよ」


 ……はぁ、駄目か。

 易占が映した未来は、俺の期待通り、甘くはいかない。


「じゃあその恩! ありがたく仇で返してやるぜ!!」


「く……! やはり!」


 ジャスミンの顔を見れば分かる。

 後ろからネズミが音速で三本の鉤爪で俺の首を狙った事も。

 

「……そういえば1万の嵐も擦り抜けたのは正直賞賛に値する」


 ざくざくざく、と。

 人の肉が、啄まれる嫌な音がした。


「うぐっ……!?」


 先程まですいすい擦り抜けていた筈のネズミは、金剛不壊のくちばしに肉を抉られていた。抉られ、抉られ、抉られ、抉られ、何度も抉られる。

 一万の金剛不壊をも擦り抜けた、一万の紙飛行機を全回避した最速にして音速の移動術“縮地”を誇っているにも関わらず、だ。



 理由は簡単だ。

 “縮地でもかわせない”量の金剛不壊でこの場を制圧したからだ。



「ならオーロラは、どうする? ……例えば100万とか」



 その数、100万。

 

「“金剛不壊”応用版――“極光”」



「うぐっ、あっ……た、助、けっ……………………」


 密度という言葉より濃度という言葉で示すべき紙飛行機の舞。

 無限と変わらない金剛石のオーロラに巻かれるネズミを見て、呆気にとられるジャスミンの眼を俺は塞ぐ。

 

「な、何を……」

 

「これ以上は18禁だ。生徒会長には余りにも有り余る鳥葬が繰り広げられている」


 俺が振り返ると、怪談話の世界が広がっていた。

 100万もの嘴に肉を全て啄まれ、骨だけになったネズミが広がっていた。

 

「ご生憎俺は仏様じゃないんでね。仏の顔が出来んのは一度までだ。折角生き残る機会を与えたのに、無駄にしちまったな」

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