第58話 陰陽師、音速を攻略する


 “縮地”、について。


 ハノンも燕と称される程に高い移動能力を誇っている。

 あの足運びも基本が染みついているからこそ出来ている。つまり体術においても相当抜きんでているハノン曰く、縮地については次のように評している。


『まだまだ私でも、“縮地”の領域には全然程遠いの……』


 ただ素早く移動できる、足が速い。そんな領域ではない。

 目に映らない、止まらない。追う事さえ出来ない。

 魔物さえ凌ぐ強力にして迅速な移動速度――その領域が“縮地”だ。

 

『剣の道を志す私達にとっては、“縮地”は一つの到達点なの』


『へえ。そんなおっかねえ領域に辿り着いた人はいるんかい』


『勿論いるよ。私ぐらいの年齢の女の子でもいる。でも、オール帝国には3人もいる』


『結構いるな』


『……悲しい事に、闇ギルドであるジャバウォックだけどね』


 曰く、ジャバウォックという闇ギルドの“グレイ”、“ハイーロ”、“ネズミ”の三人の最たる脅威はその俊敏さ。

 彼らは厄介にも、縮地を扱えるのだ。

 加えて一流の暗殺術。


 明らかに十分すぎるほどの距離いると思ったが最後。

 音を置き去りにする速度で、命を奪われる。

 

 まあ、北海道の妖怪テケテケみたいなもんか。

 彼女も確かに音を置き去りにする速度で、自分の下半身を探して人を襲ってたっけ。

 

「で、これが縮地か」


 今俺の周りではネズミが縮地を使って、見えなくなっていた。

 夜闇の視界不良も手伝って、確かに疾風が辺りを駆け抜けている様にしか見えない。

 

「さっきは真正面から斬り込んだら見事に防がれたからな。今度は応用しちゃって、どっから来るか分からない仕様だ」


「どっから来るか分からない、ね……」


 俺達を取り巻く1万の“金剛不壊”が埋め込まれた紙飛行機にもかからない。

 僅かに生じた隙間からそれこそネズミみたいに擦り抜けて、移動してやがる。

 しかもこんな夜闇の中で。鷹かよ。


「紙飛行機の仕組みは分からねえが、食らわなければどうという事はあるまい。このまま音速の次元からお前達の間合いまで近づいてツルキ君は一瞬で首を跳ね飛ばす!」


 ジャスミン先輩は殺す気はないらしい。

 その分、十全に甚振る気だ。

 ジャスミン先輩にも下劣さは伝播しているようで、尊厳を守るため、闘志をむき出しにして鞭を振るう。

 器用にも隣にいる俺を見事にかわした状態で、絶対零度の炎“ニブルヘイム”を宿した純白の鞭の結界を創り出した。

 

「きなさい下郎! 紙飛行機ダイヤモンドの嵐の中に、絶対零度ニブルヘイムの吹雪も待ち構えていますわ! 私の体も、ツルキも私が好きにさせませんわ!」


「おぉ! それが白い炎、ニブルヘイムか。いいねえ、だが俺にはその鞭の方がかわしやすそうだなぁ」


「くっ……」


 一万個の紙飛行機でも捕まらんからな。まあそうだろ。

 ネズミのブレる声が、どんどん近くなってくる。

 愉しんでいるみたいだ。

 

「さぁてツルキ君。くへへ、君は一体いつ死ぬのかな? 今かな? いいや五秒後かな? いいやそれとも――」


 遂に殺意が、一万の嵐と、絶対零度の吹雪を全てかわし俺の間合いに入る。

 ネズミの右手にある鉤爪が俺の首元に届きそうになる。


 ……という未来は易占でもう見飽きたので。

 先にネズミが踏むだろう地面に、“木”属性を思いっきり盛り込んだ紙飛行機を放っておいた。

 同時のタイミングで、唱える。



「“枯木竜吟こぼくりゅうぎん”」


「!?」



 鈍い転倒音。

 地面が柔らかいのが幸いしたのか、縮地の速度で転んだにもかかわらずネズミには殆どダメージが無い。

 だがネズミ自身も状況に理解が出来ていないようだ。

 恐る恐る、呆けた顔で自分の右足を見る。

 

「な、なんじゃこりゃああ!? ぬわああああああああああああああ!!」


 右足をからめとっていた物体が瞬く間にネズミの全身を縛り上げていく。

 紙飛行機が変貌した細くとも強靭な樹が、それこそネズミを喰らう蛇のように。

 

「う、動けねえ……!?」


「な、何ですの、何が起きているんですの……!?」

 

「見ての通り。陰陽道は木という属性も取り扱っているんでな。木ってのは応用が利くからな。紙にも出来るし、こうやって硬軟自在の樹の鞭にも出来ちまう」


「あがが……」

 

「つー訳で、ネズミ捕り成功。見事にかかってくれたな」


 四肢、胴体含め完全に雁字搦めにされたネズミが、俺らを見つめ来る。

 面白い顔だな。寝起きの、夢から覚めてないような表情だ。

 

「な、何故だ……俺がどこから来るか見えていたってのか!?」


「ああ。まあ知ってたんだよ。あんたがどこから来るかってのは、占い通りだったな」


「うら、ない……だと!?」


「生憎、俺にはウチの生徒学院長の吹雪の方が一万倍厄介だったよ」


「うぐぅ……」


 必死に振り解こうとするが、無駄な足掻きだった。

 

「じゃあまずは完全に自由を奪うとするか。“平方完成”」

 

 とはいえ火傷覚悟で燃やされて脱出されでもしたら癪なので、青の四面体に閉じ込める。


「闇ギルドに狙われるなんて悪行した覚えは心当たりはねえが、それ相応の理由って奴があるんだろ? さっき俺の事黒金の鶴スワンとかって言っていたしな。じゃあ、話してもらおうか」

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