第57話 陰陽師、女に手を出す奴は許さない
そもそも冒険者ギルドとは、魔物の討伐、対象の護衛、未開ダンジョンの索敵を目的にした公的機関だ。王都にも存在しており、俺達の年齢からでも依頼を受ける事が出来る。
それに対して闇ギルドは国家が公式に運営している冒険者ギルドとは異なる、非公式のギルド。
過去に犯罪歴があり、社会で真っ当に生きられないという理由で悪行三昧を繰り返す、極悪非道の連中だ。
強盗、脅迫、人攫い、そして暗殺だってやる。
「ジャバウォック……ジャバウォックね……成程確かに最悪の闇ギルドじゃん」
その中でも指折りの闇ギルドが、オール帝国を縄張りにするジャバウォックだ。
こと暗殺や殺害に限れば他の追随を許す者はおらず、
「あのネズミ顔はジャバウォックを取り仕切る三兄弟の末弟、ネズミですわ」
まんまじゃねえか。
もっと捻れ。
「まあそういう事だ。以後よろしく、んで、サヨウナラ、かな?」
「待て待て待て。俺は一介の学生だ。何が悲しくて、おたくらに狙われなきゃなんねえんだよ」
「さあな。俺はそんなのに興味がねえからな。ちゃんと君の命に似合った対価を貰ってるんでね」
「そうですかい。殺し屋のプロは違うねぇ」
「囲め」
ネズミ以外の六人が、瞬く間に俺達の回りを陣取る。
夜闇とは言え、尋常じゃない迅速さだ。
陣取り方、足運び。こいつは相当の手練れだな。
しかもジャスミンが取り出した鞭の間合いから、ギリギリに外れてやがる。
「かーごめ、かごめされたってとこか」
「何故……こんな事に……っ!」
決して量産型じゃない一人一人の実力を見抜いたからこそ、ジャスミンも全神経を張り巡らしている。
俺と戦った時よりも張り巡らしている。
しかし……さっきこいつら俺を殺しに来たっつってたよな。
「っていうかさ。俺を殺しに来たんなら俺だけの時狙えよ。ジャスミン先輩帰るところだったんだぞ」
「俺もまぁ、それは思ったよ。けどよーくみたら超美人ちゃんだった訳だ。とても14、5歳とは思えない位にいい体までしてやがる」
「うっ……ケダモノっ……」
「だからよ。折角だし、最高の追加ボーナスを楽しませてもらいたいなってさ……なぁツルキ君。君も男の子なら分かるだろ?」
「ああ、分かるよ」
「何を言ってますの!? あなたも」
そりゃ全男子の理想の外見してますもん。正直に答えちゃったよ。
確かに一個上とは思えない張り裂けそうな胸をしていて、そのくせ腰から下のラインは素晴らしく引き締まっている。
ハノンとは別方向に突き抜けた可憐さと優雅さを兼ね備えてやがる。
さぞかしこの人を射止めた人がいるとしたら幸せなことだろうなぁ。
綺麗、という言葉はこの人の為にあるのだろう。それを独り占めにできちゃうんだから。
しかしそれは何も外見だけの事を言っているんじゃない。
「だがネズミさんよ。名は体を表すって言葉知ってるかい?」
「くへへ、どうした。殺されそうになって逆に冷静になっちまったかい。名門貴族の娘だろ? だから名は体を表すとか――」
「――分かってねえな。分かってなさすぎだぜ、大人のクセによ」
俺は鼻で笑っちまった。
「ジャスミン先輩がこんなに綺麗に見えるのはな、ただ貴族に生まれたからじゃねえ。そんな家の名にも負けないように、日々生徒会長として何が出来るかを考え、どんな生き方をすればいいか必死に考えてんだ」
「ツルキ……」
「この人は学院を愛し愛された、清楚なる淑女だ。お前達如きが穢していい麗人じゃねえんだぜ。この人が心を共にする伴侶はこの人が決める。その道をお前達は今から土足で踏みにじろうってんだろ?」
いつの時代も、いつの世界も女を汚そうとする男は醜く映るもんだ。
命まで踏みにじろうってんなら、こちとら正当防衛の建前上容赦はしねえ。
「俺だけを狙っておけば、それなりに命への配慮もしたものを。二兎を追う者は一兎をも得ず。ジャスミン先輩を狙われちゃ、こちとら加減もオチオチできやしねえ。お前らは欲をかきすぎた。馬に蹴られて地獄に落ちてもらうぜ」
「ふん、騎士気取りか? かっこよく死にたいなら是非もない」
「ああ、そうだ。この場においちゃ、俺は生徒会長様の騎士だ」
「おっと恋人だったか?」
「想い人は別にいてね。結婚を前提に付き合ってる」
「そうだったんですの……!?」
「だが淑女を守るのは紳士の務めだ。獣に渡して、自由も尊厳も命も奪われちゃあ、男が廃る。明日食う弁当も不味くならあな」
「素晴らしい心構えですが、見くびってもらっても困りますわ!」
弾ける鞭の音。
覚悟が完了したと言わんばかりに、気高い生徒会長が戻ってきやがった。
「私はグロリアス魔術学院生徒会長のジャスミンですわ。闇ギルド程度に慄いて守られていてばかりでは、我が学院の誇りも凋落します」
「おっと、こいつはじゃじゃ馬なお姫様だこと」
「この程度で面倒がっている様では、私の騎士は名乗れませんわよ」
「へぇへぇ」
女帝の騎士も自由じゃねえな。
「ふん。所詮は世間を知らない子供の戯言。“暗殺”ってのがどんな魔術よりも恐ろしいか教えてやるよ」
ネズミが何かのたまうと、ジャバウォックのメンバー達が突如俺達の周りを駆け出し始めた。
勿論ジャスミンの鞭の間合いは把握した上で、しかしちらちらとフェイントを入れて俺達の気を引いてくる。
全員動けるな。
そもそも最初にネズミが迫った時、明らかに“音速”の域に達してたしな。
祖にして野にして卑ではあるが、こいつらも名が体を表すと言わんばかりの猛者揃いだ。
「どこから来るか……分かりませんわ」
全員が持つ刃に魔術が宿ったり、更には魔法陣を発動してみせている。
どこから来ることさえも分からなければ、どんな攻撃手段をしてくるか分からない。
奴らは暗殺集団。
しかし攻撃が成功すれば確実に、あの世行きだ。
「あー、大丈夫」
と、俺は言ってみる。
遂に一人のメンバーが距離を詰めてきた。
時間差で別のメンバーも距離を詰めてきた。
「もう10000個放ったから」
ザクザクザクザク――と肉が抉れる音。
「なっ……!」
「ぐあっ……なんだこれ……は……!」
次に聞こえるは、土に人が倒れる音。
まだ二人程頑張っているが、すぐに“対応しきれず”傷だらけになって倒れた。
そのジャバウォックのメンバーに突き刺さっている紙飛行機がジャスミンにも見えた。
まだまだ空を舞う紙飛行機を見ながら、種明かしの時間だ。
「私を破った……“金剛不壊”ですの!?」
「万の軍勢には手慣れていても、万の紙飛行機相手はこいつらも初めてだろうから」
「1万って……私の時は千でしたわね」
「何でにらむんだ?」
「私の時は全然手加減してましたのね……!」
「そんな事はねえよ。絶対零度の炎相手に、ぐるぐる知恵を張り巡らしてて頭パンクしそうでしたよ」
それに、まだ全滅していない。
流石に世界をまたにかける暗殺最前線の闇ギルドを取り仕切る者。
不穏な空気を感じて即座に距離を取った辺りは、ネズミも手慣れている。
「へへ……流石はSSランク……
「勘がいいみたいだな。だが逃がさねえぞ」
「くへへ。だが強ければ強いほどその命、そして女体は極上の味がするという物」
かぎ爪を月光で煌めかせながら、ネズミが不敵に笑う。
「では、次は俺の手品を見せてやろう……“縮地”」
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