第56話 陰陽師、生徒会長と話す。


「……生徒会長が、こんな夜中に出歩いていていいのかよ」

 

「あら。こんな満月の綺麗な夜、私が散歩をしていて何の問題があると?」


「ありませんっすね、へいへい」


 まあ昨日の戦闘を見る限り、暴漢に襲われた所で暴漢の方が心配になるレベルをしているからな。

 しかしジャスミンはどこに行くでもなく、近くの樹の下に座りこちらをじっと眺めていた。


「私に構わず続けて下さる? 暇潰しにはなりそうだわ」


「ハロワルト家の才媛を満足させられるかは保証しませんがね」


 ジャスミンの指示通り、俺は風魔法の反復練習に挑んだ。

 まだ未完全ながらも輝きが溢れ始めた魔法陣で、何度も夜闇を照らす。

 それを見てふぅん、と漏れたジャスミンの声が聞こえる。


「確かに魔法陣は描けるようですが、魔術はそれだけみたいですわね」


「……生憎、これまでいい師に巡り合えなくてな。最近やっとハノンって師と出会えた」


「……でも昨日私に使った陰陽道というのは、魔術とは別物の様ですわね」


「まあな」


「確かにアルフレッド殿下お墨付きの逸材ではありますわ。それは納得しましたわ……ですがやはり、あの男が一体何をしたいのかますます分かりませんわね」


「随分とアルフに関心があるな。まあアイツも殿下だから当然か」


「これでも許嫁ですので」


「まあそうだよな、うん。うん。うん……!? んん!?」


 今なんて言ったこの女!?


「聞こえませんでしたの? 許嫁ですわ」


 林檎が木から離れたら落ちるくらいの自然の摂理の様に、ジャスミンは当然の事として言ってのけやがった。

 い、許嫁ですわって。


「…………そ、そっすか」


 ……としか言えんわな。


 そういえばアルフ、許嫁がこの学院にいるとか言っていたな。

 王家の許嫁ともなればそれ相応の才女である事は想像ついていたが、しかしグロリアス魔術学院の生徒会長だったとは。

 ああ、だからアルフはジャスミンに関わる今回の一連の出来事について、やけに静かだったのか。

 思い返せば、ジャスミンからいつも目を背けていたな、あの殿下。


「とはいえ、本当に結婚するかどうかは分かりませんわ」


「えっ、そうなの?」


「私もそうですし、恐らく向こうも許嫁の話は断りたいんじゃないかしら」


 ジャスミンの言う通り、アルフは許嫁の話は断りたがっていた。

 そもそも王族から脱して、自由な身分で世界にアプローチをかけようとするくらいだからな。

 アルフの方は理解できる。

 しかしジャスミンが結婚話に乗り気じゃないのはよくわからなかった。

 

「しかしなんであんたは、許嫁の話を断るんだ? 相手は仮にも王子なんだぜ?」


「身分だけ見て靡く女にはなりたくありませんので。自分の伴侶くらい自分で判断させてほしいと、絶賛父上と喧嘩中ですわ」


「ああ……何というか自由だな、あんた」


 言っている事は正しい。

 王子という身分だけで、おいそれと生涯共にする人間を決めるべきじゃない。

 満月に照らされる優雅が服着て歩いているような少女は、一方で満月を見上げながら憂う様な顔で続ける。


「……最初にアルフレッド殿下とお会いしたのは3年前でしたわ」


 当時アルフが11歳で、ジャスミンが12歳というところか。

 

「立ち振る舞いやお話などは、確かに一国の王たるに相応しい、非の打ち所がないものでしたわ」


「じゃあいいじゃねえか。結婚しちまえば」


「……あなた、殿下と一ヶ月半過ごしていて、何か感じませんでしたか?」


 問われた質問に、俺は眉を潜めた。


「言っている意味が分からんな」


「一定以上の距離を詰めようとすると、まるで結界を張るように流してくる所」


 俺は何かを言い返そうとして、思いとどまった。

 ヴァロンが殺された夜、俺はあいつに思いの丈をぶつけた。

 生まれて初めての親友に、友情の熱さをぶつけたつもりだった。

 だが俺はぶつけている最中、確かに一筋だけ感じていたからだ。

 

 ジャスミンの言う通り、心のどこかで壁を作る性質を。


「初めて見た時、ああ。って思いましたわ。まるで彼にとって家族は、あのエニーという付き人以外、要らないと言っているみたいで」


 これもジャスミンの言う通りだった。

 アルフがエニーに向けているのは主従関係じゃない。

 兄妹関係のような、家族の様な形があの二人の間で構成されているのだ。


「あんたの言う事も確かにうなずける。けどな」


 しかしそれはアルフの一面であって、アルフの全てではない。

 

「あいつの正義を貫く心はマジだぜ。あいつは根本から貴族とか改造魔物キメラの腐敗を覆したがっている。あいつは人間の自由の為に戦っている。俺はそう信じてる。だからアイツの事は好きなんだよ」


「……そこは私も認める所ですわ。彼が王になれば、王国はより平和になると思っていますわ」


 そう言いながらも、傍観を決め込んでいた体育座りから直立へと体勢を変える。

 俺に近づくと、氷の女王みたいな印象だった表情を少しだけ緩ませる。

 

「随分とお熱い心をお持ちなのね。あなたは」


「そりゃあ毎日が楽しいからな」


「この反復練習も?」


「楽しくなけりゃやらないさ。勉強だって同じだ。やったこと一つ一つが、ちゃんと蓄積されて、未来の自分のものになっていく」


「面白い人。中々いないタイプですわね」


「良かったら一緒にやるか? ただ魔術を精一杯打ち続けるだけの反復練習だけどよ」


「そうですわね……基礎練習など、久しくやっていませんでしたので」


 俺の隣で、ジャスミンは魔法陣を展開すると俺以上の疾風を放った。

 やっぱすげえな。目の前の木々が切り刻まれて、天の彼方へと消えていったよ。

 

「……昨日の戦いを振り返るに、どうやら星魂論云々はただの建前で、どうやらあなたが独自に極めたのが陰陽道って事ですわね」


「嘘は言ってねえよ。あの星魂論を辿れば、俺達のやっていることが分かる筈だ」


「私こう見えてもせっかちな性格なので、あんな古びた論文を読む気になれないんですの」


「じゃああんたも陰陽道部に入って、中から陰陽道部を監視すればいい」


「私を勧誘しているのですか?」


「ああ。陰陽道に興味あるって顔してるぜ?」


 言われて気付いたらしいな。

 指摘すると少し解れた顔を立てなおして、再び凛とした雰囲気を醸し出す。

 

「……折角ですが。私は生徒会室の長として、この学院を守る義務がありますので」


「そうかい。自由じゃねえな」


「では、これにてごきげんよう」


 去ろうとしたジャスミンの背中を見たところで、ふとアルフの事を思い出す。

 ジャスミンはアルフの昔を知っているのではないか?

 その可能性に行きついた時、アルフとエニーのやりとりを思い出す。

 

「ジャスミン先輩、昔、アルフとエニーに何があったか知らないか?」


「……私はあの付き人については詳しくはないですが、しかし殿下の事ならば一つ思い当たる事が」


「どんなだ?」


「あなた、殿下に姉上がいた事はご存じ?」


「姉?」


 確か二人の兄がいたことは知っている。

 故に王位継承権三位なのは聞いている。

 だが奴に姉が……しかも過去形でいたとは知らなかった。

 

「4年前、殿下は姉上を“794プロジェクト”で亡くされてるのですわ」


「“794プロジェクト”……?」


「遂この前、改造魔物キメラ騒ぎがあったでしょう。その改造魔物キメラが最初に造られた、忌まわしきな組織ですわ。殿下の姉上であるハル様の犠牲によって、組織は解体されていますが……」


「詳しく聞かせてくれ。一体そのプロジェクトは――」


 俺はその先の言葉を発することは出来なかった。

 完全に油断していて、“易占”も使用していなかった。

 だからこそ、辺りの空気の揺らめきや、微かに聞こえた足音。

 殺意、敵意。

 それらを肌で、魂で感じた結果――反射的に陰陽道が発動する。

 

「“平方完成”」


 発動と同時に、衝突音が結界の先で鳴り響いた。

 結界にかぎ爪を付けた黒衣の男がくっ付いてやがる。

 小さな体でネズミみたいな口をしてやがるが、一目見ただけで分かる。

 

 殺されても仕方ないくらいに人を殺した、魂の穢れた野郎だと。

 

「へぇ、不意打ちへの体勢はしっかりしてんのな」


「あ? 誰だお前。いや……お前ら、だな」


 黒衣の男は一旦距離を取ると、後ろに群がっていた六人の中に潜り込んだ。

 ……全員それなりに手練れで、それなりに殺してきてんな。

 

「さては……“ジャバウォック”!?」


 冷や汗を書きながら、先に奴らの正体に辿り着いたのはジャスミンだった。

 

「世界をまたにかける“闇ギルド”の中でも最悪の、SSランク指名手配の暗殺ギルドですわ!」


 闇ギルド。しかも暗殺ギルドと来たか。

 どうやら奴らのリーダー格は先陣を切ったネズミ顔の男のようだ。

 特定されると開き直ったかのように宣言する。

 

「へぇ、他己紹介ありがと。黒金の鶴スワンこと、ツルキ君。ついでにそこの超美人。恨みはねえが屠らせてもらうぜぇ」

 

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