98話 先輩たちに甘えてもらいたい③

 アリス先輩と向き合って座っているものの、いつも通り視線は合わない。

 頑張って目を合わせようと時折こちらをチラ見する様子が、とてつもなくかわいい。


「え、えっと、お、お願い、言ってもいい?」


「はい、どうぞ。すぐにできることに限られてしまいますけど、そこは許してくださいね」


 アリス先輩はことあるごとに、長時間穿いたパンツや靴下を要求してくる。

 年頃の女の子として抵抗があるというのももちろんだけど、そもそもすぐには用意できない。


「う、うん、大丈夫。えっと、その、耳元で、な、何度も、愛を囁いてほしい。好き、大好き、愛してる、って」


「なるほど、分かりました。任せてくださいっ」


 耳元で愛を囁く。要するに、自分の気持ちをそのまま伝えればいいわけだ。

 となると、準備は不要。

 さっそくアリス先輩の隣に移動し、耳元に顔を近寄せる。

 接近したことによって、ミルクのような甘い香りとシャンプーの匂いが鼻を通り抜ける。

 胸の高鳴りを静めるため、深呼吸をしてから口を開く。


「アリス先輩。好きです、大好きです、愛してます」


 自然と敬語になってしまった。習慣付いているので、こればかりは仕方ない。


「ひぅぅ……あ、アリスも、好き、だよ。大好き。あ、愛してる」


 アリス先輩は横からでも分かるほど顔を真っ赤にして、小さな声で、けれどしっかり聞こえるように、気持ちを返してくれた。

 私は嬉しくなって、間髪入れずに続ける。ただ同じ言葉を繰り返すだけじゃなく、一音一音にしっかりと感情を乗せて。

 二回、三回、四回、何度も何度も愛を囁く。


「好きです、大好きです、愛してます」


「あぅ、ぅ、ぁぅ」


 いまで何回目になるのだろうか。

 アリス先輩は耳まで真っ赤になって、呼吸も明らかに荒くなっている。

 ちなみに、私も同じ状態だ。

 言ってしまえば自分の気持ちを伝えるだけなんだけど、自分の気持ちを伝えるという行為は相当に照れ臭い。


「あらあら❤ わたしも今度お願いしようかしら❤」


「あーしもやってほしいな~」


「あたしは罵声を織り交ぜてもらいたいわね」


 先輩たちが望んでくれるのなら、喜んで引き受ける。

 ただ、尋常じゃなくドキドキするので、精神統一の時間はいただきたい。


「ゆ、悠理、あ、ありがとう」


 アリス先輩からのお礼を合図に、私は愛の囁きを止める。

 もともと座っていた場所に戻り、ふとアリス先輩の表情を覗く。ちょうど畳から私へと視線を移したタイミングで、磁石が引き合うように目と目が合った。

 こんなにしっかり目が合うのは、かなり珍しい。


「っ!? ひゃぅぅ……っ」


 アリス先輩の大きく丸い瞳が、驚きのあまり見開かれる。

 口をパクパクと動かし、辺りをキョロキョロと見回す。

 そのまま両手で顔を覆い隠すと、姫歌先輩たちの後方へと移動して、ダンゴ虫のように身を丸めた。


「つ、つつつ次、ま、真里亜だよっ」


 もはや隠し切れないほどの動揺っぷり。

 多分――いや、断言しよう。私だけじゃなく、本人を除く全員が同じことを思っている。


(なにこのかわいい生き物……!)


 私たちはアリス先輩が座れる状態に回復するまで、温かく見守るのだった。

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