18話 認めたくない類の才能
今日も創作部は平和だ。
いつも通りセクハラを受けているけど、特に争いや事件は起きていない。
「ねぇ悠理、そろそろあたしをボコボコにしなさいよ」
慣れていなければ驚愕のあまり言葉を失うほどの問題発言。
溜息が漏れそうになるのを我慢しつつ、真里亜先輩に呆れた視線を向ける。
「前にも言いましたけど、私は先輩に暴力を振るうなんて絶対に嫌です」
なにが悲しくて尊敬する先輩を虐げなければならないのか。
それでなくとも、真里亜先輩が部室のキッチンを使ってササッと作ってくれたオムレツの味に感動している最中だというのに。
おいしい料理を提供してくれた先輩に手を上げたとなれば、天罰が下ってもなんら不思議ではない。
「本人が要求してるんだからべつにいいじゃない。泣き喚くのも気にせず存分に殴っていいわ」
「嫌です」
極めてシンプルに拒否する。
想像しただけでトラウマになりそうだ。
「お願いよ、一週間トイレ担当になるから!」
「トイレ担当って、わざわざ毎日家に来て掃除してくれるんですか?」
「なに言ってるのよ。あたしが悠理のトイレになるに決まってるじゃない」
ドМの世界では常識なのかな。私にはまったく理解できない。
「冗談はその完璧すぎる見た目だけにしてください」
端整な顔立ちに抜群のスタイル。さらには果実のような甘い香りというオマケ付き。
冷静になればなるほど、こうして交流させてもらえているのが奇跡としか思えない。
「褒めても料理ぐらいしか出ないわよ」
「いや、それ相当嬉しいんですけど」
「ああもうっ、いいから殴りなさいよ! もしくは蹴ったり絞めたりしなさい!」
「逆ギレするほどのことですか!?」
「だって、姫歌たちはなんだかんだで悠理とのプレイを楽しんでるのに、あたしだけずっと放置なのよ? 焦らしプレイだとしても我慢の限界よ!」
なるほど、一理ある……か、どうかはともかく。
言われてみれば、姫歌先輩は私の使用済み用品を勝手に入手したり盗撮や盗聴も日常茶飯事、葵先輩は隙あらば体をベタベタ触ってくるし、アリス先輩に至っては対面するよりスカートの中に顔を埋めている時間の方が長い。
対して真里亜先輩は、最も過激な発言をするものの、逆に言えばそれだけ。
ドМという特性上、私から行動を起こさない限り要求が叶うことはない。
真面目に考えるほど悲しくなってくるけど、真里亜先輩の言い分にも筋は通っている……のかな?
「そ、そんなに殴られたいんですか?」
内容はどうあれ、尊敬する先輩たちに求められるというのは光栄の至り。
だから日頃のセクハラに呆れる反面、喜んでもらえて少なからず嬉しいと感じている。
「ええ、もちろん!」
「幻滅するかもしれませんよ? 全然気持ちよくなくて、ただ痛くてムカつくだけかも」
「それはないわ。あたしは自分の直感に全幅の信頼を置いているし、不本意とはいえ焦らしプレイで興奮を覚えているのも事実よ」
「うーん……じゃあ、お尻を軽く叩くだけでもいいですか? 申し訳ないですけど、それ以上はたとえ先輩の頼みでも罪悪感に潰されそうなので」
真里亜先輩の要求からすれば到底納得できる内容じゃないだろうけど、最大限の譲歩をしたつもりだ。
「いいわよ! 正直物足りないけど、それでもぜひお願いしたいわ!」
相変わらず理解も共感も難しいものの、本気で歓喜していることだけは伝わってくる。
いますぐにでもラノベのヒロインを務められそうなほどの美少女が私のような一般人にこんなことを望むのだから、事実は小説より奇なりとはよく言ったものだ。
「善は急げ、さっそく実行してもらおうかしら」
言うが早いか、真里亜先輩が席を離れて空いたスペースに移動し、私の方にお尻を向けて四つん這いになる。
スカート越しにも分かるきれいな形で、大きさも立派。
この体勢でも脚の長さは一目瞭然であり、膝裏の美しさも相俟って暴力的なまでの魅力を備えている。
胸とお尻が大きくて太もももほどよくムチッとしているのに、他の場所に余計な脂肪がないゆえに印象としては細身なのがズルい。
憧れざるを得ない体型なのに、自分ではどう足掻いたところで近付けないだろうと痛感させられる。
「アリス先輩、ちょっと離れますね」
足元にいる先輩を蹴ってしまわないように一言かけてから、私も席を立った。
アリス先輩は自分の席に座り、姫歌先輩や葵先輩と同じくこちらに注目する。
創作部に入る前は、こんな状況を味わうなんて想像もしていなかった。
厳密には部に慣れたいまでも想定外ではあるけども。
とにかく、覚悟は決めた。
最もダメージが少なく済みそうだからお尻を選んだけど、全力で叩く気は毛頭ない。
かといって弱すぎても意味がないわけだから、力加減が重要だ。
「んっ!」
短いかけ声と共に、手のひらをお尻に叩き付ける。
「はぁあぁあんっ!」
パシィンッと乾いた音が響くと同時に、真里亜先輩が艶めかしい悲鳴を上げた。
跳ねるように体を震わせたかと思えば、その場に崩れ落ちてしまう。
「だ、大丈夫ですかっ? ごめんなさい、一応加減したつもりなんですけど……」
「へ、平気よ。き、気持ちよすぎて、腰が抜けただけ、だから」
床に手を着いて起き上がろうとするも、どうやら上手く力が入らないらしい。
身を寄せて肩を貸し、体を支えてイスに座らせる。
「ありがとう、助かったわ」
「いえ、気にしないでください」
「やっぱり、あたしの勘は正しかったようね。体の相性が抜群っていうのもあるけど、悠理にはドSの才能があるわ。決して痣が残るような威力ではなく、それでいてあたしを満足させる絶妙な力加減。さらには角度や位置も、なにからなにまで完璧だったわ」
「あ、ありがとうございます」
絶賛されたからお礼は言ったけど、まったくもって嬉しくない。
体の相性がいいという意見に関しては、ありがたく受け取っておこう。
「お尻は自分でも叩いたことがあるけど、得られる快感には雲泥の差があったわ! 思い出しただけで鳥肌が立ちそうよ! 電流が駆け抜けるようなあの感覚、癖になるのを通り越して虜になっちゃう!」
「へ、へぇ、そうですか」
「もう驚くほど気持ちよかったわよ! お尻を一発叩かれただけでこれなんだから、もっとすごいことをされるとどうなるか……あぁっ、考えただけでイっちゃいそうだわ!」
「あはは」
どう反応すればいいのか分からず、愛想笑いが漏れる。
助けを求めて周りに目を向けると――
「さ、さてと、今日の分を投稿しようかしらぁ❤」
「あ、あーしも色塗り頑張ろ~っと」
「ゆ、悠理の靴下、か、嗅がせて、もらうね」
清々しいほどあっさり見捨てられた。
日頃お世話になっている立場で言えることじゃないですけど、ちょっとぐらい援護してくれてもいいじゃないですか!
「ドМにとってはこの上なく初歩的な行為であるはずなのに、自分一人では到底得られないほどの快感を味わえた! これってとっても素敵なことなのよ!? 感動で胸が躍り、興奮で心が騒ぎ、期待と高揚感は際限なく強まっていく! この先もたまにでいいから痛め付けてほしいわ! もちろん悠理さえよければ毎日欠かさ――」
この後、延々と熱く語られた。
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