第62話


 ゴブリンマジシャンを討伐し終えた俺は、依頼達成の報告をするため、ギルドへと戻ってきた。

 素材を持ち帰り、受付に渡すと、受付は驚いたようにこちらを見ていた。

 

「は、早いですね……」

「そう、ですか?」


 普段依頼を受ける場合はだいたいが、新しいスキルの検証などだったからな。

 道中のんびりとしていることもあったし。

 ただ、今回はできる限り早く終わらせたというのもある。


 というのも、冒険者ギルドで情報収集をしたかったからだ。 

 ラビットカンガルーという魔物を、俺は見たことがなかった。

 簡単に聞いたことはあるが、実際に戦ったことのある人に話を聞きたいと思っていた。

 

「依頼を受けてからまだ三時間ほどですが……た、確かに十体分の証明部位がありますね」


 ゴブリンマジシャンは、紫色の角が生えていた。

 通常のゴブリンにはないものなので、それが討伐証明の素材だった。

 依頼を達成したが、俺はまだ受付に聞きたいことがあった。


「ラビットカンガルーについての話を聞きたいんですが、冒険者に聞いたほうがいいですかね?」

「私も簡単な情報であれば伝えることはできますが、実際に戦っての意見などが聞きたいのであれば、そのようにしたほうがいいでしょうね」

「わかりました。二階の食堂に行けば、聞けますかね?」

「そうですね。多少、何か奢れば聞けるかもしれませんね」

「わかりました」


 情報料としては間違いではないだろう。

 受付から二階へと移動しようか、と思ったときだった。

 にわかにギルドが沸き立った。


「……なんですかいったい?」

「たぶん、あの方でしょうかね」

「あの方、ですか」

「レリウスさんは、あの方を見たことはないのでしょうか?」

「……たぶん、ないですかね。こんな盛り上がり、初めてですから」

「先日ランクCとしてのポイントを貯めおえ、今度Bランク昇格のためにギルド本部に向かう予定が決まった、この街最強の冒険者ですよ」

「……この街、最強ですか」


 決して大きくはない街だから、Cランクもあれば驚かれるレベルだ。

 そもそも、この街ではよくてDランクだ。

 それ以上の冒険者たちは、別の街に移動して冒険者を続けることが多い。


 だから、Cランクの冒険者はそれだけで才能があるのだが、中には違法的なやり方でランクアップした人もいる。

 ほかの強い冒険者と組んで、ポイントを稼ぐことだ。

 Cランクまでであれば、そこまでギルドが目をつけて調査をするということはない。


 ギルドからすれば、その冒険者がランクを偽ろうと知ったことではないのだ。

 そのため、Cランク以下はあくまで参考程度のものなのだとか。

 それでも、これからやってくる人は、Cランクではあるがこの評判だ。


 よっぽどの腕の人なんだろう。

 その人を俺も一目見たかったが、冒険者たちが邪魔で見えない。


「お、おい……見ろよ」

「……相変わらず、綺麗だよなぁ。俺も強くなったら一緒に冒険できるのかなぁ?」

「ばっか、おまえ。あの方は誰かとパーティーを組んだことないんだぞ? お前には無理無理」

「ああ……お姉さま、今日も凛々しくお美しいです……」


 綺麗な人なのか。

 俺も是非とも一度見てみたい。

 冒険者を押しのけるようにして前にでる。


「おい、ガキ! いってぇな!」

「すみません……。ちょっとくらい俺も見た――」


 俺が彼らに絡まれながらその女性を見る。

 その女性と目が合った。


「あっ、レリウス。おっひさ」


 軽い調子で答えたのはリニアルさんだ。

 ……へ?

 俺を掴み上げていた男が驚いたのか俺から手を離した。


「リニアルさんじゃないですか……。え? 最強の冒険者ですか?」

「まあ、この街一番だと自負はしているけど……最近さらに動けるようになったのはキミのおかげ。ありがと」


 嬉しそうに微笑んだ彼女に、周囲にいた人たちが声をあげた。


「あ、あのリニアルさんがこんな冴えない男と話している!?」

「ど、どういうことだ!? あいつ何者だ!?」

「ラ、ランクはいくつなんだ!? もしかしてあいつもCランクなのか!?」

「いや、さっきあいつFランクの依頼を達成しているのを見たぞ! なんであんな奴が!?」


 周囲がうるさい。

 それを見て、リニアルさんが疲れた様子で視線を向ける。

 それから彼女は俺の手を掴んできた。

 また、周囲が騒がしくなる。


「何してたの?」

「さっき……依頼を達成しまして……これから、昇格依頼の情報を得るために二階に行こうかと思っていました」

「昇格依頼? ランクは? 何の魔物?」

「Eランクへの昇格依頼です。魔物はラビットカンガルーという魔物です」

「……それなら、私も戦ったことある。情報なら、売れるよ」


 リニアルさんが腹に手をやり、にやりと笑う。

 ……お昼代ってことか。

 元々、誰かから情報を得るためには、それしかなかっただろうからな。


「わかりました。お昼奢りますよ」

「ありがと。ここじゃ騒がしいし、別の店にする?」

「……そうですね。そのほうがありがたいですね」

「了解。それじゃあいこっか」


 リニアルさんに手を引かれる。

 ぎゅっと、手を掴まれたままであり、周囲の視線が向けられる。


「……あの、もう離しても大丈夫ですよ」

「まあ、ギルド出るくらいまでは」


 リニアルさんが少し力強く引っ張ってきた。

 リニアルさんの胸に軽く腕が当たり、驚いて離れる。

 

「す、すみません!」

「気にしないで。この距離に詰めたのは私だから」


 リニアルさんに引っ張られるままに、俺はギルドを出た。

 ギルドを出て少ししたところで、手ははなされた。

 ……よかった。


 俺がほっとしていると、リニアルさんが首を傾げた。


「周りが彼氏とかと誤解してくれたら幸いなんだけど」

「……な、なんでですか?」

「結構、誘われんだよね。そういうの、面倒くさいから」


 なるほど。

 以前リスティナさんとデートしたときみたいなものか。

 あっ、とリニアルさんが何かに気づいたような声をあげる。


「彼女いる? 変な誤解されちゃってたらごめん。私の都合しか考えてなかった」

「い、いえ……今いませんので大丈夫です」

「あ、そうなの? さっき安心したような顔してたから、てっきりそういう心配していたのかと思った」

「……違いますよ。女性との距離に緊張するもんなんですよ」

「そうなの? カワイイね」


 リニアルさんがからかうように微笑んでから、歩き出す。


「安い店とか知ってる? 私どこでもいいから、そんなに財布が痛まない範囲で大丈夫」

「……そうですか」


 安い店、という点ではうちの食堂もそうだ。

 ……ただ、最近は混んでしまっているからなぁ。


 それに、職場の人や家族に見られたら絶対あとでネタにされる。

 他の店にしようか。


「それじゃあ、ついてきてもらっていいですか?」

「うん、お願い」


 リニアルさんとともに、俺は街を歩き出した。


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