第37話 シュウの推理

 ここまでの話を聞いたシュウは、右手で顎を擦るようなポーズをとると、視線をクリスの瞳へと戻す。


「ちょっと待ってくれ。その、クリスの母上の持っていた能力というのは何だ?」

「それがわからないの。お父さまは知っているはずだけど、何も言わなかったのよね……シュウさんにはわかるの?」


 とても不思議そうな顔をして、クリスはシュウに返す。


「あぁ……うん。もう想像できてしまったかも知れない」

「え? なになに? お母さまから受け継ぐ能力って何なの?」


 自分たちが暮らしていた旧王城と呼ばれる建物の中にある引き戸を開くことができたクリスが足を踏み入れると、シュウの店の中に現れたのである。


「扉を開いたら、オレの店に出たんだよな?」

「ええ、そうよ?」


 シュウはここで深く息を吸うと、ゆっくりと吐き出して気持ちを落ち着かせる。

 それを二回、三回と繰り返しながら間違いないとは考えるのだが、念の為にクリスに確認することにした。


「そういうのって、よくあるのか?」

「えっと……神隠しとか、異界渡りとかという話は聞くけれど、根拠のない話だったりすることが多いかな?

 飢饉があれば口減らしのために年寄りや子どもの命を奪うなどというのはよくある話なの。それを神隠しだとか、異界渡りってことにしているみたい。

 そして自分が異世界に行って大活躍するとか、変わった能力を授かるとかいう作り話をする人たちもいるのよ……。

 でもわたし自身が異世界に飛ばされるだなんて思っても見なかったわ……」


 多感な年頃になる成人前くらいの者がよくかかる病気であれば、そのような話を作り上げることもある。それが何かの噂話として広がることが地球でもよくある話だ。


 クリスは胸元で両手を組み、期待に溢れた目でシュウを見つめている。

 その視線を感じつつ、シュウは自分が推理した内容を説明する。


「たぶん、時間や距離を無視して一瞬で移動する、または移動させることができる能力なんじゃないか? 空間移動や時空間操作ができる……そんな何かだろう。実際に引き戸を使ってオレの店にクリスを送り込んだのだからな」


 科学的に説明できるものではないので、シュウにはその方法がわからない。ゲームの世界であればスキルであったり、魔法や魔術といったものがあるかも知れないが、地球ではそのようなものは存在しない。


「何か……なにか……って魔法かな?」

「ま、魔法?」


 クリスは何気なくそれを魔法であると言い、シュウは地球には存在しない魔法というものがあるのかと驚いて瞠目する。


「そうよ、魔法。わたしも水と風を扱うことができるわ。ほら……」


 クリスはすっと手のひらを前に出すのだが何も起こらない。


「あれ? どうして?」

「この世界に魔法は存在しないからなぁ……店に来たときも言ってたじゃないか」

「そうだっけ?」

「ああ、だからこの世界は科学が発達しているんだ」


 またクリスは手のひらを前に出すが何も起こらない。本人は水を出そうと思っているのだが、元いた世界とは違ってイメージをしても何をしても水がでてこない。


「何をしようとしてるんだ?」

「水を出そうと思っていたんだけど、本当に出てくる気がしないの。これが日本なのね……」


 日本以外の国でも水はでてこないし、もし水が出てしまったら困るから風呂場とかでやってほしいとシュウは思うのだが、それを言ったら今度は風呂場からずっと出てこなくなる気がしてしまう。


ここ日本では魔法が使えないということは、帰りに魔法を使って帰ることはできないということにならないか?」


 シュウのこの一言に、クリスは顔から血の気が失せる。

 蒼白というのはこんな感じかと思ってしまうほど、顔色が蒼い。


「そ……そうね、でもここ日本では魔法は使えないし、それにわたし自身が空間魔法とか使えないもの……これじゃ帰れないじゃない!」


 クリスが頭を抱えてパニックに陥ろうとしている。

 ここにいてはいけない、逃げなきゃいけない。でも、逃げるにも逃げ出せない。

 不安と焦燥感ばかりがクリスの心を埋め尽くしていく。


「クリス、大きく息を吸ってゆっくり吐くんだ。聞こえてるか?」


 クリスは力なくこくりと頷いた。

 慌ててクリスの背後に周ると、シュウは優しく包むようにその大きな手で両肩を掴み、耳元で話しかける。


「何も考えるな。オレがいうとおりにするんだ」


 シュウの言葉にまたクリスはこくりと頷く。


「息を吸って、いちにっさん。吐いて、しーごーろくしちはちきゅうじゅう……」


 肩を上下させて、大きく息を吸ってゆっくりと吐き出す。何も考えず、とにかく息を吸って吐くことだけに集中させる。

 根気よく五分くらいこれを繰り返すと、クリスも少し落ち着いてくる。


「だいじょうぶか?」

「ええ、ありがとう。でもまた不安になりそう……」


 クリスは泣きそうな目をしてシュウを見つめるのだが、シュウはクリスの後ろに座っていたので、立ち上がると元いた場所に座り直す。


「だいじょうぶ。その時はまた同じことをすればいい……」

「うん、ありがとう……」


 シュウはニコリと笑みを返すと、また立ち上がってキッチンに入り水を入れた薬缶を火にかける。

 今日買った急須は届いていないので、ストックしてあったお茶のティーパックをマグカップに入れて沸騰するのを腕を組んで待っている。


「まあ、肩の力を抜いてリラックスして聞いてくれよ。まだ話の続きはあるんだからさ」


 薬缶の中で湯が沸騰し始めてくる音が聞こえると、シュウはクリスの方に向かって話しかける。


「結論からいうと、クリスは元の世界に帰ることはできる。これは間違いない」

「そうなの?」


 沸騰した薬缶のお湯をマグカップに注ぎ込むと、把手を持ってクリスの元にやってきて目の前に置いた。


「ありがとう」

「熱いから、少し冷まして飲んでくれ。

 それで、何故帰れると断言できるかというと、こちら側で魔法を使えないのだから最初から帰り道は用意してあるはずだとしか考えられないからだよ。

 空間魔法か時空魔法かは知らないが、それを扉に掛けた本人が最初からある条件――試練を満たせば帰ってこれるように術をかけたとしか考えられないだろう?」


 シュウは自分の座っていた場所に再度腰を下ろしながら話した。

 クリスは黙ってシュウの話を聞いていたが、しばらく考え込むと、瞳に輝きが戻ってくる。希望の光が見えてきたと言わんばかりに、力が漲っていく。


「でもね、その試練って何かがわからないのよ……」


 クリスはそこでカクリと両肩を落とし項垂れる。だが、見上げると、そこには自信に満ちた表情でクリスを見ているシュウがいた。


「でも、今の話で試練が帰るために空間魔法なり時空魔法なりを身につけることではないということはわかるだろう?」


 シュウの言葉にクリスはこくりとうなずいた。

 これまでクリスは自分の力で帰らないといけないと思い込んでいたのだが、シュウの言葉で少しモヤモヤが霧散した。


「たぶんだが、どこにあるかわからない場所に転移先を設定することは簡単にできないはずだ。ということは、その術者はオレの店に来たことがあるということになる。といっても……」


 シュウはまだ残っていたグラスのワインで口を湿らせて話をつづける。


「オレの店には来ていない。オレがあの店を開いたのは半年前だからわかる。たぶん、オレがあの店を始める前。もしくはその前、もっと前かも知れない。そこでだ、クリス……クリス?」


 クリスはぽかんと口をあけたままシュウを見つめている。

 自分が思いもしなかったことをシュウが話しているからだ。


「は、はいっ」

「今までの話、わかったかい?」


 シュウに尋ねられて、クリスは一瞬眉間にシワを寄せて考える。美人が台無しだ。

 だが、筋道を立てて説明されているので理解できているのか、すぐに首肯することでシュウに返事をする。


「では問題。この試練を考えて作ったのは誰だ?」

「え? えっと……」


 そもそもクリスはこの試練を秘伝を母から受け継ぐために受けている。

 母はアスカ家に嫁いで来た身であり、その前の継承者が誰なのかも知らない。


「ごめんなさい、わたしが答えるにはお母さま以外に候補がいないわ」


 考えた末の答えがこのような結果になり、眉を八の字にして困ったようにクリスは返事をする。


「ああ、そうだな。たぶん、術者はクリスの母上だ」

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