第23話 想定外
カーテン内で衣擦れの音が聞こえると、すぐにクリスの声が聞こえた。
「えっと、ブラトップ……脱ぎました」
その声には少し恥ずかしさがこもっていて、小さく呟くようなものであったが、店員はカーテンのそばにいて、そっと隙間を広げると頭を中に入れる。
「お客さま、失礼しますね」
そのままカーテンの中に入ると、無言でクリスの身体を採寸しはじめる。
声に出すと、そのお客さまのプライベートな情報の中でもとても繊細なことを他の誰かに聞かれる可能性があるからである。
するすると手を服の中に入れるとサイズを測る。トップ、アンダーと二箇所のサイズを測った時点でその手がとまった。まだ幼い頃からビスチェなどで締め上げられて暮らしてきたせいか、クリスは本当に細いのだ。
クリスは何を言われるのかと少し心配そうに、跪いている店員の顔を見た。
「お、お客さま……アンダーが六〇センチなんですが、当社では六二 .五センチ以上の製品しか基本的にございません。オーダーメイドになりますがどうなさいますか?」
「オーダーメイド? えーっと、どうしましょう……」
店員が外には漏れないよう小さな声で話しかけるのだが、クリスはオーダーメイドという言葉の意味がわかっていないので、戸惑うばかりで話が進みそうにない。
これが彼女の生まれ育ったマルゲリットであれば、従者が必ずいて何も言わずに注文しているところだが、ここではそうはいかない。支払いをするのはシュウである。
「ありがとうございました。採寸は済んでいますのでブラトップを着ていただいて大丈夫です。終わったら出てきていただいても大丈夫です」
店員はそう言い残すとカーテンの外に出て、椅子に座って俯いたままのシュウに声を掛ける。
「お客さま、お連れ様のサイズが少々特殊で、既製品では合わないのでオーダーメイドになります。いかがいたしましょう?」
「えっ?」
シュウは突然の提案に言葉を失う。
オーダーメイド
どんなものでも、オーダーメイドは高額なものである。
鍋であっても、包丁であっても同じである。でも、他のメーカーなら対応するものがあるかも知れない。
「他のブランドだと、既製品で対応したものがありませんか?」
「そうですね……無いと思います。このサイズは通販でも見つけるのは難しいかと……」
シュウは初めてきた女性の下着売り場で、オーダーメイドしか選択肢がないという状態に直面し、また焦り始める。
「そ、それで……費用はどのくらいかかるんです?」
「形や素材などにもよるのですが、まあブラだけだと一万円からといったところです」
「そうですか……」
比較的安価な製品でオーダーした場合の値段である。ゴージャスなものを頼める専門店だともっとかかる。
いったいどんな育ち方をしたら特注でないと手に入らないサイズになるんだろうと考えつつも、最低限必要な枚数を考えると結構な額になってしまうことにシュウは気がつく。
そこにクリスがやってきた。店員に言われたとおり、ブラトップを中に着込み直し、七分袖のカットソーを着た元の格好に戻っている。
「どうしたらそんな体型になるんだって思ってるでしょ?」
「あ、いや……」
戻るなり掛けられた言葉が思っていたことと重なり、シュウは少し狼狽する。
クリスはまた口を尖らせて拗ねたような表情をするるのだが、仕方がないといった感じで眉尻を少し下げてシュウの左手をとった。
一方、シュウにとっては費用面の方が切実な問題だ。これ以外にも洋服を数セット、靴も数足は必要だ。化粧品やスキンケア商品も必要だろう。いったいいくらの出費になるかと頭を抱えそうになる。
だが、どんなことがあっても、この世界ではクリスを守ると自分で決めた。日本で服を着て外に出かける以上、最低限の身だしなみは整えられるようにしなければならない。
――つまり、これは必要な出費である。
シュウは肚を括った。
「クリス、生地や形を選んで決めてくれるかい? そうだなぁ……洗濯の頻度とか考えると、最初は五枚くらいで考えて欲しい」
「オーダーメイドって、たぶん誂え品ってことよね? お値段、高いんじゃないの?」
「高いな……でも必要なものだ。ここでお金をケチると、困るのはクリスだからな」
シュウはクリスを正面に見つめて続けた。
「――それはオレが嫌なんだよ。それだけだ」
「う、うん……わかった。あ、ありがとう」
クリスは嬉しそうに口元を綻ばせるが、眉は少し心配そうに下がっていて、言葉にしづらい顔をしている。
だがそう決まると、シュウは店員に向かって、作れるデザインや生地選びなどをお願いすると、少し離れたところにあるソファー席に座って宙を仰いでいた。
それを見たクリスはなんとなく、費用を出すのがシュウなので自分と店員だけで決めるのも気がひける。だが、自分が実際に身につける下着を一緒に選ぶのもどうかと感じてしまう。日本の下着はかなり露出の高いので、気恥ずかしくなる。
すると店員からの説明が始まる。
「失礼ながら、お客さまはお幾つですか?」
「年齢のことかしら? 十七歳ですわ」
十七歳という年齢を聞いて、店員は先ほどのサイズを思い出す。
どう成長すればこんな身体になるんだろうというほどの素晴らしいスタイルだ。張りのある真っ白な肌に、とても豊かできれいな形をした胸には、どんなカップを合わせるべきかと頭をフル回転させておすすめの商品を提示していく。といっても、これから暑くなるシーズンであることを考えてトップスを選ばない形状であったり、きめ細やかな配慮の上でのことだ。
再度更衣室に連れ込まれ、クリスはオーダー用のサンプル品で細かなサイズ調整等を行い、開放された。
結局、ほぼ店員の言いなりになってしまっていた。クリスには判断基準はなく、シュウは気恥ずかしくて近くで見ることもできないのだから仕方がない。
「ブラジャーとショーツを各五種類、合計で八七八〇〇円になります。仕上がりは十日程度見て頂く必要があります。こちらに連絡先のご記入をお願いします」
「届けてもらうことってできますか?」
シュウが尋ねる。店の営業があるので、取りに来るのは避けたいと思ったのだ。
「最後にサイズの試着確認などを行うこともできますし、正しい着用手順などをお教えすることができますので、ご来店いただけると嬉しいのですが……」
男性用下着なら着用手順は左足、右足のどちらを先に通すかだけで九割が決まるが、女性用の下着はレクチャーを受ける必要があるほど手間がかかるものなのだと感心しつつ、シュウは返事をする。
「なるほど、では出来上がったら連絡をください」
「はい、お会計はその際にお願いします」
もしサイズが合わないなどということがあれば、返金等が面倒なのもあるだろう。
当日に受け取りする際に会計する方がトラブルも減るという意味ではよく考えられている。
「じゃ、次の売り場に行くとするか?」
「うん……」
少し疲れた表情でシュウがクリスに声をかけると、同じように疲れた顔でクリスも返事をした。
すると店員がクリスの耳元で何かを囁くと、クリスは顔を真赤に染めて首を左右に振ると、先に歩き出したシュウの後ろについていった。
「ありがとうございました」
楽しそうな笑顔をみせて、店員はシュウとクリスの後ろ姿を見送った。
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