第22話 下着売り場へ

 その後、クリスはその欧風料理の店でハンバーグとライスを堪能した。

 シュウのいうとおり、ハンバーグと白いごはんを同時に頬張る方が量が増えた感じがするだとか、後味はおかず次第かもしれないけれど白いごはんの優しい甘さが残って好きだとか、いろいろと感想を述べていたが、思うほど野菜サラダには手を出さなかった。


 さて、腹も膨れたところで二人はお買い物を続けることにする。

 順番からすると、下着、服、靴や日用品の順でまとめ買いする予定だ。


 欧風料理の店を出ると、目の前には昔は小学校だった建物があり、その前の道に沿って二人は南に進む。豚まんを売る店がある丁字路を右に曲がればデパート前である。

 相変わらずチーズケーキの店は行列が絶えず、信号付近は人も多くて騒がしい。


 シュウがクリスの下着を買うのにデパートを選んだ理由は簡単で、シュウが採寸することができないからである。各社でまた少しずつデザインなども違うのだろうが、最初は専門家に採寸してもらうのが一番いいと判断してのことだ。


 だから、歩行者用信号が青に変わると右手にクリスのサンダルが入った靴屋の服、左手には細く華奢で白いクリスの手を握り、横断歩道を渡る。

 正面の入り口を入れば、今度はその先にエスカレーターが待ち構えていた。


「シュウさん! 階段が動いてるわ!」

「ああ、そうだな……これも機械だからな?」


 いちいち魔道具だと騒ぎ立てそうになるのがたいへんだが、クリスの視線はとても純粋なのだから仕方がない。

 とはいえ、日本でも有数の繁華街である大阪の難波という街でこの燥ぎ方では身体中のエネルギーを使い切ってしまうのではないかとシュウは心配になってくる。

 一方、クリスはもうどれだけ疲れていようが関係がない。自動車という乗り物がいろんな形でつくられていることや、バスという巨大な四角い箱が人を載せて走る姿にも感動したし、たまに轟音を響かせて空を横切る飛行機を見ては「鉄のドラゴンだ!」等と恐れながらも興味を抱いた。まあ、科学でできることの一端ではあるが、それを初めて目にしたのだから仕方がない。


 さて、エスカレーター横にあるフロアガイドを見ると、女性用の下着売り場は四階である。

 するとクリスが耳元で囁く。


「ねぇ、動く階段に乗るのは難しくないの?」

「ああ、簡単だよ。タイミングを図ってまで乗るんじゃなく、一度乗ってしまってから段の上に移動するようにすればいいだけだ」


 シュウはクリスの右手を握ると先にエスカレーターに乗り、ぐいと手を引いてクリスを乗せてしまうと、更に手を牽いて一段下にまで導いた。


「簡単だろう?」

「そ、そうね……簡単だったと思う……」


 実は降りるほうがタイミングが難しい。といっても、一歩だけ足を浮かせて降りれば済むことなのだが、それを理解するのが難しいのだ。つい、タイミングを図ってしまう。


「降りるほうが難しいけど、まあ……また手で引っ張るからついておいで」

「うん、もうシュウさんに任せる!」


 クリスは完全に諦めた表情でシュウを見上げるが、シュウは何だか楽しそうにしている。

 慣れないクリスがドギマギとしている姿を楽しんでいたようだが、そのあと五分もしないうちにシュウは借りてきた猫のようにおとなしくなった。

 女性専用下着売り場への到着である。






「いらっしゃいませ、下着をお探しでございますよね?」


 女性下着が並んだ売り場に到着すると、途端にシュウは視線のやり場にこまったようで、明らかに挙動不審になった。

 それを察したのか、シュウの左手の先に繋がっている少女を見て、店員が声を掛けた。


「ああ、サイズとかいろいろと調べて最適なのを選んであげて欲しいんだけど、できますか?」

「ええ、こんなに美人でスタイルも良い方ですので、選び甲斐があります。ささ、まずはサイズ測定から始めさせてもらいますね。こちらにどうぞ」


 店員は更衣室に向けて、シュウとクリスの二人を案内する。


「今まではどのような下着をつけてらっしゃいました?」


 店員が尋ねる。

 成長するごとにブラジャーのサイズは変わるので、今までのサイズを参考に聞き出すのはよくあることだ。実際に店舗でフィッティングすると、今まではAだと思っていたサイズがCに変わるということもある。その違いを喜んでもらうのも店員にとっては幸せなことなのだろう。


「えっと、普段はシュミーズだけでしたわ」


 はじめて話すシュウ以外の日本人に、つい貴族モードの言葉が出てくる。だが、いまのところシュウは女性下着売り場にいるという緊張感からそれに気がついていない。


「あら、日本語がお上手なんですね。でもブラジャーは初めて? あ、普段はブラトップを着ておられるんですね……」


 店員は日本語が通じるところをみて安心した表情を見せているが、さすがはプロである。七分袖のカットソーの肩口に見えるインナーを見て、それがブラトップであることを見抜いたようだ。


「え、ええ……」


 クリスは恥ずかしそうに俯くのだが、シュウはフォローできる状態にない。

 生まれてはじめて女性下着の売り場に足を踏み込んだことで、最大限に緊張している。

 それを横目に店員が更衣室のカーテンを開いて話す。


「靴を脱いでいただいて中に入ってください。カーテンを閉めますのでブラトップだけを脱いだら声をかけてください。そのあと、一緒に中に入って採寸させていただきます」


 言われたとおりにクリスは更衣室に入ると、店員が速やかにカーテンを閉めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る