第三章
34話 鏡の世界
今日は白髪の教授ではく、黒髪でありながら所々寝癖で跳ねてる教授であった。アルベルト・マーゼンフリー、彼はボーア・シュトレイゼンと並ぶ権威ある研究者である。彼の授業はこうであった。
――――
何もない世界に、一つの光と二つの鏡がありました。鏡は向かいあっていて、反射率は100%とする。ならば、向かい合った鏡は永遠に光を反射しつづける。創り出されたのは鏡の世界、それこそが〈空間〉だったのです。何もない世界にはじめて〈空間〉が生まれたのでした。
別に合わせ鏡がなくても、私たちが見ている
――――
授業を終えるとマリーは王宮に帰宅した。もっとも、授業は午前だけで午後は生徒にとっては自学自習の時間であった。その足で図書館に通いつめるもいいし、友達と集まって部活動なるものをしてもいい。マリーはいつも中庭の木陰で昼食を取ったあと、適当に学院で過ごすのだけど、今日は違ってすぐに帰宅した。
いつもの中庭に陣取っていたカトレアとマーガレットが、来ないあるじに疑問を抱く。
「あれ? マリー様は?」
「さあ?」
***
その頃、マリーは自室にいたのだった。手に持ってるのは本である。
題名は『想いの力概論』
かのカエルがじきじきに執筆したその本は《想いの力》について真実がかかれているのだった。研究者たちはこの本を読めばいいと思ったのだけど、理解できないとか、証明も否定もできないとかで棚上げされてるらしい。
――まあ、確かに。〈正当なる観測者〉っていきなり言われてもね。
〈正当なる観測者〉をこの目で確かめたマリーはその内容もどことなく納得できるのであった。
――――
《完全な世界の再現》
並行世界の一部を
ちなみに、《完全な世界の顕現》は歪められた世界を元の世界に戻す力だ。これは経験則によって言われだした説明であり正しい解釈ではない。
《想いの力》は並行世界の一部を現実にする力である。ただし、実現可能な事象しか現実にできない。水の入ったコップを召喚するにも、実際に水を汲みに行ったという過程を省いて、水の入ったコップという結果だけを現実にしているのである。ようは、《想いの力》は根源は因果の圧縮である。
1.想像できるものは実現可能である。
2.実現可能なものは現実にできる。
3.並行世界の一部を現実にできる。
この三つから「想像は並行世界の一部である」という結論が得られる。
よって並行世界に異常がおきれば想像する世界に異分子が紛れ込むことになり、それを感知できるのが〈正当なる観測者〉である。
――――
人々がこれを信じないのは《正当なる観測者の権限》を使えないからである。《想いの力》は黄金の球体の一部を身につけていないと使えない。王宮とそれ以外では《想いの力》を知らない者もいるのだ。
「じゃあ、学院の皆はなんで使えるのかしら?」
ふと、学院の制服を見ると水晶の中に花の文様が描かれたバッジを見つける。その花の文様は黄金に輝いていたのだった。
***
読書を済ませるとマリーは洋服部屋にいた。
――この世界に帰ってくるっていったけど、具体的にどこに帰ってくるか、決めていなかったわ。
この世界といっても広い。王宮に帰ってくるか町の噴水のところに帰ってくるのかが分からなかったマリーは、いるかも分からない殿方のために街へ出かけようとしていた。
「てか、なんでここにはドレスしかないのかしら? もっと可愛い服があってもいいのに。あら?」
洋服部屋には幾つかの姿見があるのだが、ちょうどマリーが見ていた姿見が別の鏡に映って合わせ鏡になっていた。連続する自分の像に対してマリーはふと思う。
「並行世界の自分が見えたらこんな感じなのかしら? まあ、鏡は私を映してるにずきないけど、もっと向こうの自分は別の行動をとるかも……なんて」
ゾクゾクと寒気がした。自分で言ったことなのに怖くなってきたのだ。けど、その怖さみたさに合わせ鏡に映った遥か向こうの自分を凝視する。
――まあ、動くわけないか……。
そう思いながら無意識に鏡の向こうの自分を指さす。日本人おける二を表す指で人差し指と中指を立てた状態である。そこから人差し指と中指を付けて親指を立たせる。この指の形は《想いの力》を詠唱するとき、他者に対して使うときに用いられる。対して、自分に対して使うときは、拳を握りながら中に空洞を明け自分の胸に当てて願う。
それはいつもの癖であった。なんとなく指さしたその形がいつもの癖で《想いの力》を詠唱するときの指の形になっていたのだ。
ピチョーンと水面に水滴が落ち、世界が歪んだようにみえた。
「あれ? 一瞬世界が歪んだような……?」
マリーが辺りを確認するが特に変化はない。さっきと同じ洋服部屋である。手を開いたり閉じたりして、もしかしすると、利き腕変わってるかもと思い確かめるマリーであった。でも、マリーは両利きであったので確かな実感が得られない。
「まあ、気のせいか」
マリーは勘違いだと思いそのまま洋服部屋をでる。結局、いつもと同じ白いワンピースと麦わら帽子を被っていた。
いつものように忍びながら王宮をでようとしたら流石に毎回上手くいくわけではなく、メイドに捕まってしまったのだった。
「見つけましたよ! マリー様!」
その声はマーガレットのものであった。マーガレットは、マリーの行動に前々から不審に思っていたらしく、昼食をとった後、門の所で待ち伏せていたのだ。
――やば、見つかっちゃった。しかも男と会うなんてバレたら、マーガレット、絶対怒るだろうな。
「ごめん。みんなに内緒で出かけようとしてたのは謝るからさ」
「また、あの殿方と会うつもりですか?」
――また?
「あれ? マーガレット知ってたの? 私が男と会ってるなんて、いつかは話そうと思ってたんだけど、そもそもいるかも分からないし……」
あの殿方の話になると急に恥ずかしくなるマリーであった。密会してたことにマーガレットが気づいていたことに驚きつつも、傍付きなら有り得なくもないと納得しつつ、モジモジしながら言い訳したのだ。
「知ってるも何も、マリー様みずから仰(おっしゃ)られたではないですか。当然男を連れて王宮に帰ってきたと思ったら、」
マーガレットはあきれた様子で言った。
「カルネラ・アルスバーンは私の婚約者だと、」
――ん?
「仰られたではないですか。まあ、私は男なんて信じていないのですが」
――ちょっと、いまなんて?
「マリー様が決意なさったことに反対する気はありません。でも、もうちょっと信頼できる男はいくらでも」
「ちょっと、ちょっと待って、マーガレット。か、カルネラ・アルスバーンが、わ、私の何だって?」
マリーは
「だからカルネラ・アルスバーンは、マリー様の婚約者でしょう?」
――はい? そんな事実はないのですが、そもそも、私、カルネラアルスバーンがどんな人かなんて知らないし、それが婚約者?? 私から紹介したって……。
マリーは辺りを見回す。普通気づかないであろう世界を変化を察知した。それは、木が一本足りないとか、外壁の劣化が違うとか、些細なことであった。しかし、その違和感を実感したマリーは気づく。
――もしかして、私、別の世界に移動してる!?
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