第18話:リンネ姫とルスドール

 その日の夜、俺は壁に穴を開けてラファイと共に牢を脱出した。


 見張りがいないことは事前にスキャンで調べてある。


 そしてそのまま別の房にいるみんなを助け出した。


 牢の中には俺たちの姿を模した土人形を作っておいたから運が良ければ朝まで時間を稼げるはずだ。



「こちらです」


 ラファイの案内で町の中を用心深く通り抜けていく。




「火事だ!広場で何かが燃えてるぞ!」


「あっちの公園でも火が出てるぞ!」


「水だ!水を持ってこい!」



 遠くから人の叫び声が聞こえてきた。


 俺たちに注意が向かないようにフラムにボヤ騒ぎを起こしてもらったのだ。


 ほどなくしてフラムが合流してきた。


 親指を立てて挨拶しあい、俺たちはひたすら町の外れへと向かっていった。





 町外れ、というか森の中と言っていいくらいの場所にその屋敷はあった。



「ここがルスドール様の屋敷です。まず私が報告してきます」


 そう言ってラファイが屋敷の中へと入っていった。


 周囲を警戒しているとリンネ姫の肩が震えていることに気付いた。



「大丈夫か?」


「あ、ああ、私としたことが緊張しているみたいだ」


 気丈にふるまっているけどその声が微かに震えている。


 無理もないだろうな、ワールフィアに来るのも初めてだと言っていたからこれが初めての邂逅になるのだから。


 俺はそっとリンネ姫の手を握った。



「大丈夫だ。向こうだってきっとリンネ姫に会いたがってるさ」


「ん…」


 リンネ姫が頷いて手を握り返してきた。



「入ってください。ルスドール様がお待ちです」



 扉から顔を出してきたラファイの言葉を合図に俺たちは屋敷の中へと入っていった。



 木と土壁で出来た屋敷は温かな光に包まれ、部屋の中には数人の侍女と従者が立ち並んでいる。


 広々としてはいるもののどちらかと言えば簡素な室内で、言われなければこれがかつてこの地を治めていた者の屋敷だとはわからないくらいだ。


 そして部屋の真ん中に白髪の老人が立っていた。


 胸まで届く口ひげも雪のように真っ白で顔には深いしわが刻まれている。


 その髪から突き出た長い耳が老人がエルフであることを告げていた。


 落ちくぼんだ眼窩の奥で輝く瞳の色はリンネ姫の片目と同じ金色だ。



「リンネなのか…?」


 老人、ルスドールがリンネ姫の姿を認めて口を開いた。



「はい、私がエルニア・ミッシンネラ・マスロバの孫娘、リンネ・ミッシンネラ・フィルドです」


 リンネ姫が固い声で返答した。


 まだどういう対応をしていいのか分かりかねているみたいだ。


 ルスドールは側の椅子に腰を下ろして両手を前に広げた。



「もっと近くによって顔を見せてはくれないか」


 リンネ姫が近寄るとルスドールは手を伸ばしてその頬に触れた。


「その顔立ち、瞳の色、孫のエルニアに生き写しだ…リンネよ、よくぞ来てくれた。お主に会いたいとどれほど月に願ったことか」


「はい…」


 リンネ姫の眼に涙があふれた。



 ルスドールがその頭を優しく抱えた。


 かき抱かれたリンネ姫の肩が細かく震えている。


 ルスドールはそんなリンネ姫を優しく見つめていた。


 それは久しぶりに出会った祖父とその孫娘としか見えなかった。




「…良かった」


 アマーリアが目尻をぬぐいながら呟いた。


「ああ、本当にそうだな」




「あなた方がリンネをここまで連れてきてくれたのだな」


 しばらく経ってルスドールが顔を上げてこちらを振り向いた。



「私の玄孫をここまで連れてきてくれたことに感謝する」



「もったいなきお言葉」


 アマーリアとソラノが跪いて頭を下げたのを見て俺も慌てて後に続く。


「いやいや、そのような態度は必要ない。私はもはやおさでも何でもないのだ。ただの森で暮らす哀れな老人にそのような気遣いは無用ですぞ」



 ルスドールがにこやかな顔で手を振った。



「お茶でも淹れましょう。ゆっくりしていってください」





    ◆





「そのようなことがあったのか…」


 エルフの国に来て俺たちが遭遇した出来事を聞いてルスドールが顔を曇らせた。



「全く酷い目に遭いましたよ。牢の中でラファイさんに会わなければどうなっていたか」


「そういえばラファイを救ってくれたことも感謝いたします」


 ルスドールが頭を下げた。


「いえいえ、おかげでこうしてルスドール様にも会えたことですし」


「様など付けずとも結構ですぞ。こちらはおさの荷が下りてすっきりしているくらいなのですから」


 そう言ってルスドールはカラカラと笑い、それから真面目な顔になった。



「あなた方がここへ来たのは私をリンネを会わせてくれるためだけではないのでしょう。お話を聞かせてはくれませぬかな?」



 その言葉に俺たちは頷き合い、リンネ姫が懐から亜晶を取り出した。



「私たちはこれが何なのかを調べるためにワールフィアに赴いたのです。お爺様なら何かご存じではないでしょうか?」



「ふむ…」


 ルスドールは亜晶を手に持って光にかざした。


 手のひらに乗せてもう片方の手をかざし、目をつぶって何かを読み取っている。



「これはエルフ族の間で非石と呼ばれているものですな。魔石とよく似ているが魔素を持たない石、故に非石と呼ばれておるのです」


 やっぱりエルフのおさなら知っていたのか!



「ではこの石がどこで採れるのかもご存じなのですか?」


 勢い込んだリンネ姫にルスドールは申し訳なさそうに首を振った。


「残念なのだがこれはエルフ族にとってはあまり意味を持たない石でな。装飾品としても価値が低いためにほぼないがしろにされてきたのだ。故に私もこの石について詳しいことは知らぬのだよ」


「そう、ですか…」


 リンネ姫が残念そうに肩を落とした。



「ともかく今日はもう夜も遅い、寝床を用意したから皆もゆっくりしていってくだされ。詳しいことはまた明日ということにしてはいかがかな」



 言われて初めて眠気が襲ってきた。


 ここまで緊張で碌に寝てなかったのだ。


 キリは俺の腕の中で頭をゆらゆらと漂わせている。


 ルスドールの言葉に反対する理由もなく俺たちは用意してもらった寝室へと向かった。

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