第30話:ウルカンシア暴動

「さて、ここでの余の目的は果たした。あとは貴様らの好きにするがよい。娘よ、主が教団から離れたいというならそれもよし、余は止めはせぬ。もしテツヤと一緒にフィルド王国に行きたいというのであれば便宜を払ってやろう」


 ゼファーはそう言ってこちらを見た。


「主には散々手間をかけさせたからな。これくらいのことはせねばなるまい」



 まったくだぜ。ゼファーの企みのためにどれだけ苦労してきたことか。


 やれやれ、と強張っていた背中を伸ばした時、再びドアが勢い良く叩かれた。



「カ、カミウス司祭様!大変です!暴徒が!ウルカンシアが暴徒に襲われています!」



「なんじゃと!」



 カミウス司祭が窓に駆け寄ったが窓枠はびくともしない。


 そういや部屋に来た時に全部封印してたんだっけ。


 俺は封印を解除して窓を開け、外の景色を見て絶句した。



「こ、これは……」



 眼下に広がるウルカンシアが煙に包まれていた。


 町のあちこちから真っ黒い煙が伸び、町から遠く離れた教団本部からも家々を焼く赤い炎が見える。



「馬鹿な!神聖なる火を…このようなことに使うなど…」


 カミウス司祭が悲痛な声をあげた。



「それどころではありません!暴徒はここまで押し寄せてきています!早くご避難ください!」


 部屋に飛び込んできた信徒が叫んだ。


 窓から下を見るとそこには通りを埋め尽くす何百人という暴徒が見えた。


 門は閉ざされているが塀を乗り越えて入り込んできている。


 手には松明を掲げ、あらゆるものに火を点けて回っていた。



「火は生命を生み出す神聖なるもの、それを破壊に使うなどあり得ぬ、あってはならぬことじゃ」


 カミウス司祭はうわごとのように呟きながら信徒に連れられていった。



「一体何が目的…」


 その時、突然部屋が揺れ出した。


 いや、部屋だけじゃない、建物全体が揺れている?



 部屋の振動はどんどん激しくなり、床や壁が崩れ始めた。


「うわぁっ!」


「きゃあっ!」


 落ちようとするエイラに手を伸ばしたがその寸前でエイラの姿が掻き消えた。



「なにっ!?」


 見上げると崩れかけた屋根の上に二人の人影があった。



 でっぷりと太った男と長身痩躯の鋭い目をした男だ。


 二人とも体にヘルマと同じような紋様が浮かんでいる。


 燼滅じんめつ教団の暗殺者か!



 長身痩躯の方が気を失ったエイラを腕に抱えている。



「てめえらっ!エイラを離しやがれ!」



 見下ろしている二人のうち太った男が手をかざした。


 屋敷を襲う振動が更に激しくなる。



「この野郎!」


 俺は飛び上がって二人に襲い掛かった。



「気を付けろ!そやつは…」


 遠くでヘルマの叫び声がした。


 太った男が俺の拳をかわしてぴたりと胸に手を当ててきた。



 瞬間、俺の身体が弾けて屋敷の壁に激突した。



「ぐはっ!」


 衝撃で肺の中の空気が全部吐きだされ、一瞬目の前が真っ暗になる。



「そやつは振動のタイタヌスだ!貴様と同じ土属性使いだぞ!」


 身動きできなくなった俺の耳にヘルマの怒鳴り声が響いた。



「そ、そういうことはもっと早く言ってくれ…」


 俺はよろよろと立ち上がった。


 いつの間にかエイラを抱えていた男の姿が消えている。


 クソ、あいつらの目的はエイラだったのか!



 不意に目の前に影が落ちた。


 危ねえ!


 とっさにかわしたところにタイタヌスが降ってきた。



 タイタヌスの手が触れた床がまるでウエハースのように大きく砕け散る。


 床を破壊したタイタヌスは巨漢に見合わない敏捷さで安定した場所へと飛び退っていた。



「へっ、振動で物体を破壊する能力って訳かよ」



 俺は砕け落ちる床を飛び退けるとタイタヌスに意識を集中した。


「あいにくとてめえにかかずらっている暇はねえんだ!」



 タイタヌスの足下を一瞬で砂に変える。


 タイタヌスの落下地点を更に砂に変え、地上まで一気に落とす。


 更に地上にも深さ十メートルほど穴を開けてその底まで落とした。



「そこがてめえの墓穴だ!」


 俺はその穴に崩れた屋敷の石材を思い切り叩き込み、十メートルの穴を完全に埋め戻した。



「無茶をする」


 ゼファーとエリオンを抱えたヘルマが呆れた声をあげた。



「あいつらは何かあるとすぐに爆発しやがるからな。この位しとかないと駄目だろ。それよりもエイラだ!取り戻さないと!」



「おそらく燼滅じんめつ教団の本部へと向かったのだろう。あの男は死を撒く四教徒の一人…」


 ヘルマがそういいかけた時、突然地面が揺れ始めた。



「な、なんだ?」



 驚いて辺りを見渡した時、地面から何かが飛び出してきた。



「な、タイタヌス?」


 それは全身に鎧のように岩をまとったタイタヌスだった。


 岩の隙間という隙間から血を噴き出しながら眼だけが爛々と輝き、体の紋様が発光している。


 まさか爆散して岩をまき散らす気なのか?


 人間跳躍地雷かよ!



「ぬあああああああっ!」


 俺は近くに立っていた石柱をもぎ取とって宙に舞い上がり、タイタヌスを思い切り殴りつけた。


 石柱をまともに喰らったタイタヌスは空高く飛んでいき、遥か上空で爆散した。



「死ぬなら一人で死にやがれ」

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