第24話:窒息のボレアナ

「それで、その子は…」


 エリオンがエイラの方を見た。


「この子はエイラと言って、俺たちとは別件で追われていたみたいなんだ」


「ふむ、テツヤと陛下が手配されていることは知っていたけどこの子のことはまだ耳に入ってきていない、ということは新たに依頼が出たということなんだろうか…。君、その装束は火の巫女だね?」


 エリオンの言葉に食事をしていたエイラがびくりと体を震わせて下を向いた。


 体がぶるぶる震えている。


「火の巫女というのは?」


「火の巫女というのは火神信奉かじんしんぽうの巫女のことだ。火の神ウルカンの言葉を聞くことができると言われている」


 ゼファーが言葉を継いだ。


「そういや聞いたことありやすね。火神信奉かじんしんぽうが盛んな土地では魔力の高い少女は火の巫女に選ばれるのが昔からのしきたりとなっていて、巫女に選ばれた少女は成人になるまで神殿で暮らすことになっているんだとか」


 キツネがパンにチーズとハムを乗せながら口を挟んできた。


「それがなんで追われるようなことに…?巫女といえばどの宗派でも大切に扱われるのがしきたりのはず」


 エリオンが不思議そうに呟いた。


 エイラは何も言わずに下を向いている。



「ま、まあいいじゃないか、そういうことはまた後でも。とりあえず今は食事をして体を休めよう。その後のことはそれからだ」


 俺はそう言って平たいパンにかじりついた。


「ほら、チーズを食べないか?このチーズはなかなか美味しいぞ」


 そう言って隣にいるエイラにチーズを進めるとエイラは小さく頷いて食事を再開した



 その時、指先にピリッと電気が走るような感触があった。


 なんだ?何か魔力のようなものを感じる?


 指の先にあるのは…エイラの首飾り?まさか?


 俺はむしり取るようにその首飾りを取りあげた。



「やられた!」


 そう叫んで首飾りを床に叩き付ける。




「この首飾りは魔晶を使ってる!探知されてるぞ!」


 振り返ってそう叫んだ時、俺の目に映ったのは床にうずくまる四人だった。


 青い顔をして苦しそうに喉を押さえている。


 何が起きたんだ?と思う前に俺の身体が地面に崩れ落ちた。


 息が…できない?


 部屋の温度が急速に下がっている。


 まさか…この部屋の空気が奪われているのか?


 視界の片隅で外に面するドアが開くのが見えた。


 そこには黒髪の女性が立っていた。




 部屋の中の空気が急速に失われている。


 息を吸い込んでも吸い込んでもヒュウヒュウという音がするだけで全く肺に空気が入ってこない。


 これは…風属性の魔法なのか?



 女は無表情のまま詠唱を続けている。


 その顔には乾きのダリアスと同じような文様が浮かんでいた。


 まさかこいつは燼滅じんめつ教団の暗殺者か?



 クソ、このまま魔力を封じてたんじゃ窒息しちまう!



 テーブルにあったナイフを投げつけたがそれは女の目の前で弾かれた。


 空気の壁を作っているのだろうけどそれは想定内だ!


 ナイフで隙を作ってこいつの上に梁ごと家の屋根を落とす!


 と思った時、女の胸から剣が生えた。


 いや、女は後ろから深々と剣に貫かれていた。



 口から大量の血を吐きだして女が倒れると同時に部屋の中に一気に空気が流れ込んでくる。


 俺たちは床にへたり込み、喘ぎながら新鮮な空気を吸い込んだ。


 まるで無理やり全力疾走させられたみたいだ。



 でも一体誰が…?


 戸口を見上げるとそこには剣を手にした影が立っていた。



「陛下、ご無事ですか!」




「ヘルマ?」



 そこに立っていたのはヘルマだった。



 ヘルマはずかずかと部屋の中に入ってくると床に倒れているゼファーを抱き起した。


「失礼します」


 そう言ってゼファーの唇に唇を重ね合わせる。


 青かったゼファーの顔が一気に生気を取り戻した。



 ゼファーの様子を確認したヘルマは次にこちらを振り向いた。


 まさか俺たちにも?


 いや結構です、という言う間もなくヘルマは次々と俺たちに唇を重ねていった。


「助かったことは助かったけど、不思議と嬉しくない気持ちもあるね」


 苦笑するエリオンに俺は同意した。


 ヘルマのキスのお陰で即座に体力が回復したけどなんだか複雑な気分だ。


 前にゼファーとエリオンがいなかったらまた違ってたのかもしれないけど。




「ともあれ助かったよ」



「それはこちらの台詞だ。今まで陛下をお守りしてくれたことはどれだけ礼を尽くしても足りない。この借りはいつかきっと返す」


 息をつきながら礼を言うとヘルマは頭を横に振って答えた。



「しかしこいつは何だったんだ?なんで俺たちを狙ってきたんだ?」


「こいつは燼滅じんめつ教団死を撒く四教徒の一人、窒息のボレアナだ」


 俺の独り言にヘルマが答えた。



「窒息、てことはやっぱり風魔法の使い手だったのか」



「聞いたことがありますぜ。燼滅じんめつ教団には気付かぬうちに相手を窒息死させる女暗殺者がいるって。こいつに殺された者は十や二十では効かないって話っすよ」


 キツネが青ざめた顔でボレアナの遺体を見下ろしながら言った。



 恐ろしい暗殺者だったみたいだけどヘルマの敵ではなかったということか。


「いや、そちらに気を取られていてくれたおかげだな。一対一だったら私も苦戦していただろう」



 そんな話をしていると突然首筋に寒気のような殺気が走った。


 がばっと振り返るとそこに全身を血に染めたボレアナが立っていた。



 こいつ死んだんじゃなかったのかよ!


 ボレアナの全身から発する魔力が周囲の家具や瓦礫を浮かび上がらせている。



 俺の脳裏に乾きのダリアスの最期が蘇った。


 こいつも最期に何かをするつもりか!



「うおおおおおおっ!!!!」


 魔力で床板や壁を寄せ集めて作り上げたバリケードにボレアナが放った家具や瓦礫が激突する。


 ボレアナの身体がバラバラに斬り裂かれたのはほぼ同時だった。


 そして先ほどまでボレアナがいたところには剣を持ったヘルマが立っていた。


 ヘルマがやったのか?


 見渡すと床をえぐり取っていたボレアナの魔法の軌跡はゼファーを避けるように消えていた。


 ゼファーを守りつつボレアナを斬り捨てたってのか。



「相変わらずとんでもない腕前だな」


「大したことではない」


 剣を鞘に納めながらヘルマが何でもないと言うように答えた。

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