第10話:ベルトラン十五世
「お久しゅうございます、陛下。お変わりない御姿、喜ばしいことと存じ上げます」
リンネ姫が片膝を折って礼をした。
俺もそれを見て慌てて後に続く。
「久しぶりだな、リンネ姫。其方は美しく成長したようだ。かつてのつぼみが大輪の花を開かせたようだぞ」
ベルトラン十五世の口調は慇懃ではあるけどフィルド王国の姫であるリンネ姫を対等とは扱っていない響きが隠れているのがわかる。
ベルトラン十五世がこちらをちらりと見た。
なんだ?俺に何か用か?
リンネ姫がしきりと俺に目配せをしている。
そこでこちらが挨拶をする番だと気付いた。
「お初にお目にかかります。私はテツヤ・アラカワと申します。この度は御招きに預り恐悦至極にございます」
どういう挨拶をしたらいいのかわからないので適当なことを言ってお茶を濁してみた。
「主のことは聞いているぞ、テツヤ・アラカワとやら。なんでも二十名以上の襲撃者をたった一人で撃退したそうではないか。しかも五百名の人質を誰一人傷つけることなくな」
「あれは私一人の力ではございません。こちらにおわすリンネ姫殿下、エリオン王子殿下、セレン殿のお力があればこそでございます」
「もったいぶるのは止せ。余は回りくどいのは好かん。主は我が国の石灰鉱山にて鉱殻竜をも撃退した。そうなのであろ?」
その言葉に俺の背筋にどっと冷や汗が出てきた。
なんでそのことを知ってるんだ?
いや、ヘルマから報告を受けたからに決まってる。
つまり俺が偽名で(偽名じゃないけど)ベルトラン帝国内に侵入して暴れまわったことを知っているわけだ。
「更にどこぞの村でヘルマと一緒にゴブリンを討伐したそうではないか?」
この人はどこまで知っているんだ?
ベルトランの密偵はフィルド王国で活動しているしヘルマからの報告も受けているのは間違いない、問題はどこまで知っているかだ。
ひょっとしてベルトランとワールフィアを穿つ渓谷を作ったのも俺だとばれているのか?
今日呼んだのはそのことを確認するためなのか?
どこまで認めたらいいんだ?
…いやどうせ考えてもわからないならなるようになるまでだ。
俺は考えるのを止めた。
「仰せの通りでございます」
俺の言葉に謁見の間に静かなどよめきが起こった。
どうやら列席しているお偉方の中にはそれを知らなかった人も多いみたいだ。
「やはりか。主の力はなかなかの強さであるそうではないか。そうなのか?」
ベルトラン十五世が面白そうに聞いてきた。
俺が肯定したことよりも周りの人間が驚いていることを楽しんでいるような気がする。
「大したことはありません。今の俺…私がここにいるのは他の皆の助けがあってのことです」
「謙遜は止せ。主のことはヘルマからよく聞いておるよ。のうヘルマ、この男の力、主ならいかほどに見積もるのだ?」
ベルトラン十五世の言葉にヘルマが立ち上がって一礼した。
「はっ、ここにおられるテツヤの力は私の知る土属性の力を完全に逸脱しております。故に他者と比較するのは困難ですが、おそらくこの国で私を置いてこの者と対等に渡り合える者はいないと確信しております」
ヘルマの言葉に周囲のどよめきが更に大きくなった。
「…馬鹿な、”越えざる壁”ヘルマと対等の力を持っているだと?」
「あり得ない。彼の者は一人で一個大隊と渡り合えると言われているのだぞ」
「あのような若者にそんな力が…?」
「はっ!主と対等と言ったか!」
ベルトラン十五世が破顔した。
「テツヤよ、このヘルマはベルトランにおいて史上最強、大陸でも並び立つ者はいないと言われた戦士だぞ。主の力はそれに匹敵するほどなのか?」
「…わかりません。少なくともヘルマ…殿の剣技は私より遥かに強い。それだけは確かです」
「ヘルマ、主はどうなのだ?何故この者が主と対等だと考える?」
「確かにテツヤの剣技は私には及ばないでしょう。しかし彼の持つ魔力は既に人の領分を超えています。彼と戦うのであればそれはむしろ魔族、それも魔王クラスとの戦いに似たものとなるでしょう」
なんだ?なんだか雲行きが怪しくなってきたぞ?
なんで俺と戦うという雰囲気になっているんだ?
気付けば場内はすっかり静まり返り、不気味な緊張で張り詰めていた。
みんなの俺を見る目には恐怖が浮かんでいる。
「ふむ、聞いただけではどうにもわからぬな。それならば一つ、二人で手合わせをしてみてはどうだ?」
ベルトラン十五世の言葉が静まり返った室内に響き渡った。
やられた!これが狙いだったのか。
逃げ出すことができない公の場で俺を処刑するつもりなのだ。
「お待ちください!」
リンネ姫の言葉が響き渡った。
「この者は我が国民であり私の臣下です。私の断りなく話を進めるのはいかに陛下と言えども認めるわけにはいきません!」
帝王を前にその言葉には一歩も引くつもりはないという毅然とした響きがある。
「そう固いことを言うな、これはただの余興よ」
そんなリンネ姫にベルトラン十五世はあくまで余裕だった。
「言ってみれば親善試合のようなものだな。我が国では武闘が人気で当然余も目がなくてな。両国の強者がこうして場を同じくする機会など滅多にあるまい。ならば手合わせを見たいと思うのは自然なことではないか?」
「し、しかし…!」
「無理強いはせぬがな。余としては鉱殻竜を倒し、我が国に侵入するゴブリンをせん滅したその力を我が目で確認したかったのだがな」
そう言ってこちらを見つめるベルトラン十五世の視線で俺は悟った。
断ればそのことを追及すると暗に含めている。
鉱殻竜の時は本名だったしゴブリンの時はヘルマの要請ではあったけどそんなことは問題ではないのだろう。
この男が黒と言えば白も黒になる、そう言っているのだ。
「わかりました。そのお誘い謹んでお受けします」
俺は頭を下げた。
「テツヤ!」
「いいんだ。ただの親善試合だろ?ちょっと手を合わせて終わりだって」
俺は拒否の声をあげるリンネ姫をなだめて立ち上がった。
「ヘルマ殿との親善試合、喜んでお相手いたします」
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