第19話:忘れられた地

「王がいない?」


 俄かには信じられない話だった。



「はい、ここワールフィアとベルトラン帝国の国境沿い一帯は魔素が弱いため力ある魔族にとっては魅力のある場所ではなく、またベルトラン帝国との諍いが絶えないことから王による統治がされていないのです」



 おかげで我々のような力のない魔族が暮らしていけるという部分もあるのですが…、とフェリエは言葉を続けた。



「そうだったのか…」


「申し訳ありません、力になれなくて」


「いや、それは良いんだ。でも困ったな。一応この辺の王に話を付けておきたかったんだけど」


「そういえば気になっていたのだけどテツヤはワールフィアで何をするつもりなのだ?」


 アマーリアが尋ねてきた。



「ああ、実はワールフィアとベルトラン帝国を物理的に分断させようと思ってさ」


「なにいっ!?二国を分断させる?どうやって?」


「この前フォージャスでベルトラン帝国とワールフィアの間に壁を作っただろ?あんな感じで行き来できないようにしようと思うんだ。そのために王に許可をもらおうと思ったんだけど」


「し、しかし、そんなことをしてはすぐに噂になってしまうのではないか?下手したら国際問題に発展してしまうぞ」


「そこはまあ、ばれないように上手くやるつもりだよ。でも王がいないのなら勝手にやっても大丈夫かな?」


「どうだろうか…ワールフィアの部族王の中にはヒト族が勝手にやってきて好き勝手するのを良しとしない者もいるかもしれぬな…」


 うーん、と全員が唸った。


 その時、俺の頭に電撃のような閃きが降ってきた。



「そうだ!王がいないってんなら国を作ったらいいんじゃないか?」


「国を作る?」


 ソラノが不思議そうな顔をした。



「そうだよ!ワールフィアが部族国家だというならここにドライアドの国を作ればいい!そうすれば問題解決だ!」


「そんな無茶な!」


 フェリエが悲鳴を上げた。



「私たちは魔族の中でも特に力の弱い種族です!国なんて作ってもすぐにどこかに

攻め込まれてしまいます。そうなったらどれだけの被害が出るか!」


「でも、今まで誰からも無視されてきた土地なんだろ?」


「うっ、そ、それはそうですけど…」


 俺の言葉にフェリエが口ごもった。



「いや、これは意外といけるかもしれない。国を作ればフィルド王国と国交を結ぶことも可能だ。ワールフィアの諸国は基本的にヒト族とは不干渉を決めているが協力関係を作ることはリンネ姫の望みでもある」


 アマーリアが俺の提案に同意してきた。



「確かに国という形を取り、フィルド王国と国交を結べばそれだけでベルトラン帝国も簡単に手が出せなくなるかもしれない」


 ソラノも相づちを打った。



「し、しかし……」


 それでもフェリエはためらっている。


 自分たちの未来を決めることなのだからそれも無理はないだろう。


 俺はフェリエの肩に手を置いた。



「いや、すぐに決めてくれと言ってるわけじゃない。みんなでゆっくり考えてほしい。でもベルトランは国境沿いに兵を集めているから時間はあまりないかもしれない、それだけは知っておいてほしいんだ」


「わか…りました…」


 フェリエは肩を落としながら頷いた。


 宴会の場がすっかり静まり返ってしまった。


 うう、やっぱりもっと別のタイミングで話すべきだったか。



「みなさん、お風呂の用意ができましたよ」


 その時、一人のドライアドがやってきた。



「そ、そうだ!その話は一旦置いておいて、風呂でも入りに行かないか?ほら、裸の付き合いって奴だよ!」


 俺はそう言ってフェリエの腕を取った。


「わ、私がテツヤさんとですか!?」


 俺の言葉にフェリエが顔を真っ赤にして慌てている。



「なんだ、遂にテツヤも心を入れ替えたのか。ならば私も同伴しないとな」


 何故かアマーリアが嬉しそうに立ち上がってきた。



「何を言ってるんだ?俺はフェリエと男同士で風呂に入りに行くだけだぞ?ひょっとしてドライアドにはそういう習慣はないのか?」




「テツヤ」


 ソラノが呆れたように言った。


「勘違いしてるようだがフェリエ殿は女性だぞ」



 は?え?お?女?フェリエが?



「すいません!すいません!よく間違われるんです!」


 フェリエが顔を真っ赤にして謝ってきた。



「そもそもドライアドは女性しかいないんですけど。世話になったとはいえヒト族の男性を一緒に住まわせると思いますか?」


 バーチが呆れたように言った。


 そ、そうだったのか…知らなかった…



「で、どうする?私たちはフェリエ殿と一緒に風呂に行くが、一緒に来るか?ん?」


 アマーリアがからかうように言ってきた。


 いえ、どうぞ皆さんで入ってきてください。





「いやー、いい湯だった。しかしフェリエ殿はなかなかどうして、着やせするタイプですな!」


「おかしい、服を着ている時と全然違う。これは何かの魔法ですか?」


「フェリエのあの胸は絶対にありえない」


「そ、そんなことを言われましても…これでも気にしてるんです」


 風呂から上がった女性陣が口々にフェリエに称賛を浴びせている。



 止めてくれ、そんなことを聞かされるとますます気になってくるじゃないか。








 次の日の朝、目が覚めるとフェリエがやってきた。


「テツヤさん、昨日の話なんですけど…やはりお受けしようと思います」



「本当にいいのか?提案しておいてなんだけど、嫌だったら無理することはないと思うんだ」


「いえ、昨日の夜みんなで話し合いました。私たちだっていつまでも誰かの影を窺いながら生きていくのは嫌なんです。ここが私たちの土地だと胸を張って言えるようになりたいんです!」


 緊張しているのか言葉は固かったけどその眼には決意の光が宿っていた。



「…わかった。言いだしたからには俺も協力は惜しまない。この地をドライアドやみんなの国にしよう!」


「ありがとうございます。正直言うと今でも少し不安なんです。テツヤさんにそう言っていただけると心強いです。…もし不安になった時は…側にいてくれますか?」


「任せておけって!俺ができることは何だってやるさ!」


 俺はそう言って胸を叩いた。

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