第22話:討伐、そして…

 まずは陽動として近くにあった岩石を上空に飛ばす。


 狙いは鉱殻竜だ。


 突然上空から降ってきた岩石に戸惑っている隙をついて鉱殻竜の足下の地面を崩す。


 体勢を崩した鉱殻竜は丘の上から滑り降りていった。


 今だ!


 もんどりうったところで地面の岩石を操作して鉱殻竜の首や手足に岩の枷を付けて地面に縛り付けた。


 これで奴はしばらく飛び上がる事も歩く事もできないはずだ!


「フラム!」


 俺の合図にフラムが炎の呪文を唱えた。


 鉱殻竜が炎に包まれ絶叫を上げる。


 この位の炎では魔力耐性が高い鉱殻竜には火傷一つ与えることはできないだろう。


 だが大理石でできた鱗は別だ。


 炎にあぶられた鉱殻竜の鱗がボロボロと崩れていく。


 大理石の融点はおよそ八〇〇℃、普通の炎でも簡単にその結合を失って生石灰の粉へと姿を変えてしまう。



 それに対して俺が拘束に使ったのは石灰岩を取った後の屑岩、ボタ山に含まれているケイ素で作っている。


 ケイ素の融点はおよそ一四〇〇℃、大理石でできた鉱殻竜の鱗が溶けても縛り付ける枷は溶け落ちない。


 石灰鉱山であるここを餌場にしたのがこの鉱殻竜の運のつきだ。




「今だ!」


 合図とともに俺は岩石で巨大な槍を作り出した。


 同時にヘルマが飛び出してきた。



 その両手に構えた曲刀が魔力を帯びて青白く輝いている。



「バハル流魔刀術、断ち斬る三日月!」



 ヘルマが鉱殻竜の頭部を真っ二つにするのと俺が石槍でその心臓を貫いたのはほぼ同時だった。


 地を割るような絶叫をあげて鉱殻竜は絶命した。




「対象の死亡を確認、魔晶も沈黙しています!」


 探査役のマッチョが勝利宣言をした。



 うおおおおおおおおおっ!!!!




 すり鉢の縁部分に避難していた冒険者たちから雄叫びが響いた。



 これで一件落着か。


「大したものだな」


 刀を納めたヘルマが近寄ってきた。


「あんたのおかげだよ」


「見え透いたことを。貴様なら一人で何とかできたんじゃないのか」


「いや、あのくらいの枷だったらあいつはものの数秒で脱出できたはずだ。俺一人だったら多分無理だったよ。だからあんたがいてくれて良かった」


「ふ、まあそういうことにしておこうか」


 そう言って俺の肩を叩いたヘルマの表情がふっと柔らかくなった気がした。


 そう思ったのも束の間で、ヘルマの顔はすぐにまたいつもの冷たい表情へと戻っていた。



「討伐終了だ!引き上げるぞ!」



 ヘルマの宣言でシエイ鉱山の魔獣討伐は終了となった。





    ◆





「いやあ、本っ当に助かりました!一時は閉山も考えていたのですがこれもヘルマ様のお陰です!」


 鉱山の所長は相好を崩し、まるですがりつかんばかりに揉み手をしている。


 あの後、鉱山街に戻った俺はヘルマに呼ばれて所長室に連れていかれたのだった。


「世辞はいい、それより報酬の件はどうなっている」


「それはもちろん今回一番の功労者はヘルマ様と報告が挙がっています。報酬の方は当然払わせていただきますとも」


「私はいらん。今回は任務できただけだ。それに今回の功労者はこの男、リューだ」


 ヘルマはそう言って俺を指差した。


 リュー?ああ、そう言えば俺はここではリュエシェと名乗ってるんだっけ。




「は?え?そ、そうなのですか?…ヘルマ様がそうおっしゃるのであればこちらとしては構わないのですが…」


「ああ、私が受け取る分の報酬は全てこのリューにやってくれ。貴様もそれでいいな?」

「あ、ああ、それで構わない」


 一瞬断ろと思ったけどそうするとヘルマに余計な勘繰りをされそうだ。


「それではリュエシェ殿には今回の功労とヘルマ様の報酬分を合わせて金貨一〇〇枚をお渡しします」


 そう言って所長がずしりと重たい革袋をくれた。


「では私はこれで行かせてもらう。リュー、今回は世話になったな。いずれまた会うこともあるだろう」


 ヘルマはそう言い残して去っていった。



「へいへい、リューの旦那、ずいぶんと儲かったんじゃないの?」


 事務所から出るとキツネが待ち構えていた。


「なんだよ、結局ずっと見てたくせに調子が良いな」


「固い事いいっこなしよ。それよりもさ、結構もらったんでしょ?俺にもちいっとばかりあやからせてもらえませんかねえ」


「ちぇ、とは言ってもキツネには色々教えてもらった恩もあるか」


 俺はそう言って革袋から金貨を一枚出してキツネに渡した。


「うほっそうこなくっちゃ!」


 キツネは金貨を噛んで確かめると相好を崩した。


 そして急に顔を使づけると小声で俺に耳打ちしてきた。


「実はさ、まだネタがあるのよ。しかもとびきりの奴が!どう?買わない?」


 うーむ、正直さっさと帰りたいところだけどそう言われると妙に気になるな。


 俺は更に金貨を一枚渡した。



「流石!じゃあ教えるぜ」


 キツネは更に小声で話しかけてきた。


「さっさとここを離れた方が良いぜ。この鉱山はこれからやばいことになりそうなんだ」


 なに、それは聞き捨てならないぞ。


「あんたも気付いてんだろ?今回の討伐に参加してない冒険者がたくさんいるってことにさ。どうもそいつらは元々このどさくさに紛れて鉱山を占領しようと企んでるらしいんだ」


 確かにそれは俺も気になっていた。


 連中は魔獣討伐が終わってもどこ吹く風で立ち去る様子を見せてなかったからだ。


 しかし鉱山を占領すると言っても何のために…?



「そこまでは俺も知らねえよ。でも気付かれないように鉱山の経営そのものを奪い取ろうって魂胆らしいぜ。帝国軍のヘルマがやってきたってんで先延ばしにしてたけど連中が帰ったら決行するって話だ」


 俺もとっととずらかるからよ、とキツネは言って立ち去りかけた。


 なるほど、これは確かに重要な情報だ。



「待ちなよ」


 俺はキツネを呼び止めて更にもう一枚金貨を投げ渡した。


「確かに貴重な情報だった。それはお礼だよ」


「良いってことよ!また縁があったら会おうぜ!」


 キツネは手を振ると今度こそ本当に走り去っていった。


 さて、帰るに帰れない事情ができてしまったぞ。

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