第28話:バルバルザの最期

 バルバルザは走り続けていた。


 既に戦場から数十メートルは離れている。


 国境までもうすぐだ。


 これなら上手く逃げおおせるだろう。


 クソ、とんでもない負け戦になっちまった。


 バルバルザは逃げながら歯噛みした。


 だがまあいい、戦いは最後まで立っていた奴が勝ちだ。


 俺はまだ死んでいない、いずれ力を蓄えてあいつらを全員嬲り殺してやる。


 特にあのフラムという小娘は絶対に許さねえ、殺してくださいと懇願するまでいたぶってやる。


 そんなことを考えながら口元を緩ませていると突然足下が滑った。


「うおっ?」


 なんとか残りの脚で踏ん張ろうとするものの突然地面が泥にでもなったのか全く踏ん張りがきかない。


「ぐああっ」


 バルバルザは横倒しに倒れると絶叫した。


 溶けた地面が灼熱の泥となってバルバルザの体にまとわりついてきたからだ。


 のたうちまわるバルバルザだったが、そこへ鉄条網が大蛇のように絡みついてきて完全に拘束されてしまった。



「な、なんだ?こいつは?」


「アスファルトってのはちょっとの熱ですぐに溶けちまうんだよ」


 バルバルザの背後から声が聞こえた。


 振り向くとそこにはフラムの肩を借りたテツヤが立っていた。


「て、手前か!こんなことをしたのは!放せ、今すぐ放しやがれ!」


 絶叫するバルバルザにテツヤは首を横に振った。


「やったのは俺じゃない。この子だ」


 そう言ってフラムを示す。


 そのフラムの眼は静かに燃えていた。



 その言葉とフラムを見たバルバルザは自分が今から死ぬのだと唐突に理解した。


「ま、待ってくれ!悪かった!お前の両親を殺したのは本当に申し訳ない!謝る!この通り謝るから許してくれ!」


 当然心から謝るつもりなど毛頭ないが今は助かるためなら何でもするつもりだった。


 フラムの足を舐めろと言われたら喜んで舐めただろう。


 もちろん生き残った暁には自分のそんなことをさせた報いを受けさせてやるが。



「お前は今ここで殺す。塵も残さない」



 フラムの瞳が真っ白に輝いたと思うと突然バルバルザの全身が炎に包まれた。


 しかも赤い炎ではなく氷のように青白い炎だ。


「ぎゃああああっ!!!」


 高い魔力耐性を誇るケンタウロスの体があっという間に焼けていく。


 バルバルザを拘束した鉄条網や鎧すらも溶け落ちる業火だ。


 短い絶叫と共にバルバルザは生きたまま焼かれ、灰となって風に消えていった。



「やったな」


 テツヤがまだ動く左腕でフラムの頭を優しく包んだ。


「ん…」


 フラムは肩を震わせ小さく頷いた。





    ◆





 バルバルザの死を確認した途端体の力が抜けた。


「テツヤ!」


 フラムの悲鳴が聞こえる。


 やばい、なんか猛烈に体が痛みだしたぞ。


 体が燃えるように熱くなって汗が噴き出してくる。


 フラムが涙目で呪文を唱えだすと体から急に熱が消えていった。


 そうか、フラムは火属性というよりも熱を操作できるのか。


 そんなことを考えながら地面に倒れているとみんながやってくるのが見えた。


 リンネ姫もいる。


「私に任せるのだ」


 リンネ姫が俺の前に座って詠唱を唱えると俺の体が急に楽になった。


 体を動かす事もできなかった激痛がまるで嘘のように消えている。


「ど、どうなっているんだ?」


「私の持っている聖属性は生命に深く関わっているからの。こういう治癒魔法は得意中の得意なのよ」


 リンネ姫が胸を張っている。


 俺が土属性を使って怪我を無理やりくっつけるのと違って体に対する負担も全くない。

 同じ治癒魔法でもこうも違うのか。




 辺りを見渡すと戦いは既に終わっていた。


 結果は俺たちの圧倒的な勝利だ。


 ケンタウロスたちは全員その骸を晒しているのに対してこちらの被害は軽微にとどまった。


 だが勝利に酔いしれるには気がかりなことが一つあった。


 リュースだ。



 俺たちはリュースの元に集まった。


「こいつは一体何だったのだ?」


 リンネ姫がリュースの亡骸を見下ろしながら呟いた。


 同感だ。


 結局リュースが何をしたかったのかは闇の中だ。



「俺にもさっぱり…」


「え~それって酷くない?」


 リンネ姫の言葉に返すように呟いた俺の言葉は突然聞こえてきた別の言葉にかき消された。



「うわあっ!?」


「きゃあっ!!」


 俺を含めみんなが一斉に驚愕の悲鳴を上げた。


 それも無理はない、なにせその言葉を吐いたのがリュースだったからだ。


 死んだはずのリュースが目を見開き、もぞもぞと動き出した。



「何度も言ってるじゃん、テツヤと遊びたいだけだってさあ」


 上半身だけになったリュースが手を使って器用に起き上がった。


「あれ?あたしの下半身は?あたしの可愛い下半身はどこ?あ、あった」


 リュースは呆気にとられる俺たちをよそにキョロキョロと辺りを見渡し、傍らに転がっている下半身を見つけるともぞもぞと近寄っていった。


 ひょいと下半身の上に寝転がり、くねくねと体を動かすと下半身を上に折り曲げてバネを効かせて跳ね上がる。


 アマーリアに斬り飛ばされた体が何もなかったかのように元に戻っていた。


「どう?驚いた?驚いた?」


 呆然と見ている俺にニヤニヤしながら近寄ってくる。


 そこで俺は我に返った。


 なんでか知らないけどリュースはこの位では死なないらしい。


 それよりもこいつにはまだ聞きたいことがある。


「てめぇっ…」


 掴みかかろうとしたけどその途端リュースの姿がかき消え、俺は勢い余ってたたらを踏んだ。


「残念、こっちでした」


 振り返るとリュースは人混みから数メートル離れた場所にいた。


 いつの間に?


「逃がさん!」


 即座にアマーリアが龍牙刀を構えて飛び掛かる。


 同時にソラノが弓を引き絞った。


 アマーリアの龍牙刀とソラノの放った矢がリュースの体に突き刺さる……はずだったが、その体がいつのまにか布で出来た案山子かかしに変わっていた。


 その案山子からピンク色の煙が噴き出す。


 煙幕か!?


「なんか邪魔が入ったみたいだから今日はこれで帰るね。じゃあまたね~♥」


 その言葉と共にリュースの気配が消えた。


「クソ、逃がしたか!」


 アマーリアが拳を地面に打ち付けた。


「いや、まだだ!」


 俺は宙に舞い上がった。


 実は先ほどの戦いの最中にリュースの尻尾に即席の水晶リングを付けていたのだ。


 あれさえあれば俺はリュースの位置を把握できる。


「俺が追いかける!みんなは待っていてくれ!」


 俺はリュースの消えた方角へ飛んでいった。


 リュースが向かった先、それはカドモイン領だ!

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