第5話:リュースという女

「なになに~?どしたのどしたの?」


 リュースが無邪気に聞いてきたけど今の俺にその言葉は届いていなかった。


 何が起きたんだ?


 そう言えばなんで酔い醒ましをするはずだったのに何杯も酒を空けているんだ?


 辺りを見渡すと周りで騒いでいたはずの客がみなテーブルに突っ伏して眠り込んでいる。


 バーのマスターも同じだ。


 カウンターの奥に倒れ込んでいびきをかいている。


 これは明らかに普通じゃない。


 俺はリュースを睨みつけた。


 俺が不審に思っているのを知ってか知らずかリュースは相変わらずきょとんとしている。


「お前は何者だ」


 俺はリュースの着ているジャケットの胸ぐらを掴んだ。


 深く切り込まれたシャツの胸元から谷間はおろかその先のおへそまで見えているけどそれからはなんとか目を逸らした。


「何ってえ、何のこと?」


 リュースは相変わらず何もわからないという顔をしている。


「ふざけるな!何を企んでやがる!これもお前の仕業なんだろうが!」


 俺はリュースを掴んだまま反対側の手を振って店内を示した。





「う~ん、上手くいってたんだけどなあ。なんで解けちゃったんだろう?」



 しばらくしてからリュースが口を開いた。


 まるで先ほどまでの会話の続きをしているかのような口調だ。


「てめっ…」


 更に詰問しようとした俺だったが、その時リュースの右腕が視界から消えていることに気付いた。


 視界から消えてると言うか、肩の上へと伸ばしている。


 やばいっ!


 とっさに飛び退いた俺の頭があった位置にリュースの右腕が降ってきた。


 その手には先ほどまで影も形もなかった巨大なハンマーが握られている。


 建築現場で使う掛矢と呼ばれる木でできたハンマーよりもさらにでかい。


 ドゴンッという鈍い音がして分厚い樫の一枚板で作られたカウンターが裂けた。



「あれれ~?酔ってると思ったんだけどそうでもなかった?」


 す、少し前から体内のアルコール分を消化分解しておいて良かった!



「こ、こら!そんなことしたら死ぬだろ!つーかそのハンマーはどっから出したんだ!」


 俺はリュースから距離を置きながらテーブルの上にあった水差しを取ってその中の水をがぶがぶ飲んだ。


 とりあえず早く酔いを醒まさなくては!


「女の子には秘密のポケットがあるんだよ~」


 にこやかに笑いながらリュースがハンマーを振りかざして飛び込んできた。


「ポケットに入る大きさじゃねえだろ!」


 横っ飛びしてなんとかそのハンマーをかわす。


 水差しがおいてあった丸テーブルが轟音と共に砕け散った。


 こいつ、マジで俺を殺す気かよ!


 俺は即座にリュースの持っていたハンマーを破壊した。


 そしてあたりに散らばっていたナイフとフォークを針金に変えてリュースを拘束する。



「ああんっ」


 拘束されたリュースが甘い声をあげる。


 針金で締め付けられ凹凸が露わになった体が妙に艶めかしい。



「う、うるせえっ!お前の目的はなんだ!」



「なにってえ、テツヤのことをもっと知りたいだけだよお」


 縛られているというのにケロリとした顔をしている。


「ふざけんな!これもカドモインの差し金なのか!正直に言わないと痛い目を見るぞ!」


「カドモイン~?ひょっとしてテツヤってばその人に狙われてたりするのお?」


「!」


 リュースの言葉に俺は己のうかつさを悟った。


 この女は俺の言葉のあらゆる部分から情報を得ようとしている!



「あれあれえ?ひょっとして図星だったあ?」


 口を閉ざした俺をリュースが更に挑発してくる。


 これ以上この女の口車に乗るわけにはいかない。


「と、ともかく大人しくしていろ。すぐに衛兵を呼んでくるからな」


「ええ~、それは勘弁かなあ。あたしはテツヤとお話ししたいだけなのにい」



 リュースが軽く体を震わせたかと思うといきなりその姿が消えた。


「なにっ」


 驚いて辺りを振り返るとカウンターの奥にリュースが立っていた。


 何故か全裸で身にまとっているのはニーハイだけだ。


 どんな仕組みなのか股間と胸の部分だけぼやけている。


 これもリュースの幻術なのか?



「ば、馬鹿!なんて格好してるんだ!」


 俺は慌てて目を背けた。


 さっきまでリュースがいたところには拘束していた針金とそれに巻き取られた服が転がっている。


「え~、だってテツヤがあたしのことを縛るからこうしないと出られなかったからあ」



 リュースの言葉と同時に殺気が降ってくる。


 慌てて身を躱すと同時に俺がいた場所に何本もナイフが突き刺さる。


「うわっ」


 避ける俺を追撃するようにハンマー、金床、鋸などありとあらゆる雑多なものが俺に向かって飛んできた。


 こいつ、どっから出してるんだ?



 リュースの動きに集中しようとしても裸がちらついて目がそっちに向かってしまう。



「どうしたのお?なんか前かがみになってるけどお腹でも痛いの?」


 巨大な鎖を振り回しながらリュースが無邪気に聞いてきた。


 くそう、ある意味ランメルスと戦ってた時よりもやりにくいぞ!



「ぬああああああっ!!!!」



「あら?」


 俺は床板とカウンターの一枚板を引っぺがしてリュースの周りを囲んだ。


 巨大な木箱を作り上げて中にリュースを閉じ込める。


 そしてリュースがどこからか持ってきたハンマーやら鎖やらを鉄のプレートに変化させてその木箱を完全に封印した。


「ちょっとお!出られないんですけどお」


 リュースが中からどんどんと叩いているけど知ったこっちゃない。


「そこで大人しくしとけ!」


 俺はそう叫んで店を飛び出した。




    ◆




「ほう、つまりテツヤの話を総合するとこういうわけか。みんなで騒いだ後で一人店に出かけてリュースという女性と盛り上がっていたと」


「いや、違うだろ!俺はそのリュースって奴に襲われたんだぞ!」


 ほうほうの体でアマーリアを呼んできたわけだけど、俺の話を聞いたアマーリアの言葉がやけに冷たい気がするぞ。


「まあいいさ、話はそのリュースとやらに聞くことにしよう」


 俺たちは店の中央に鎮座している木箱へと近づいた。


 中ではまだガタガタと音がしている。


「気を付けろよ、なんか変な技を使うぞ」


 俺の言葉にアマーリアが頷き、剣を構えた。


「開くぞ!」


 俺は合図とともに木箱を開封した。




 が、リュースは影も形もなかった。


 そこには大きなゼンマイ仕掛けの猿のオモチャがよちよちと歩いているだけだった。


「ば、馬鹿な!確実に閉じ込めたはずなのに!」


 俺には何が起きたのかさっぱりわからなかった。


 リュースはどこに消えたんだ?



「なんだこれは?」


 アマーリアが木箱に落ちていた羊皮紙を拾い上げた。


 ”今日はここでお別れするね。次に裸になる時はベッドの中でだよ♥あなたのリュースより”


 羊皮紙にはキスマークと共にそう書かれていた。


 いかん、なんかアマーリアがただならぬオーラを発しているのが見えるぞ。


「これは少し詳しく話を聞く必要がありそうだね。そうだろう?テツヤ」



「だから、これは誤解だああああああ!!!」



 これが後々俺に関わってくる謎の女リュースとの初めての出会いだった。

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