第22話:枕の誘惑
体が揺れている気がする。
誰かが俺を揺り起そうとしてるんだろうか?
勘弁してくれ、昨日は徹夜で明け方ようやく寝られたんだ。
寝返りを打つと何か柔らかいものが頭に当たった。
誰かが枕を置いてくれたのかな?
もうちょっと頭の方に寄せてほしいな。
手が埋まりそうな柔らかな枕を掴んで頭の方に引き寄せようとしたけどなかなかこっちに来ない。
なんだ?この枕はどこかに固定されてるのか?
「テ、テツヤ……もう少し優しく」
頭の上の方で声がした。
どっかで聞いたことのある声だな。
ってアマーリアの声か、なんでこんなところで?
うっすらと眼を開けると、目の前に巨大な双丘が飛び込んできた。
その豊かな丘は今や俺の右手によって形を歪まされ、更にその奥にはほんのり朱に染まったアマーリアの顔が。
「でええええっ!アマーリアっさん!」
俺は即座に右手を放した。
気が付けば俺はアマーリアに抱きかかえられていた。
「ななな、なんでここに?なんで俺を?」
慌てて放した右手にまだ柔らかな感触が残っている。
全く事態が呑み込めないぞ。
朝方までゲーレンたちと一緒に規格の策定をしていて、終わってから休憩所のソファでひと眠りしようと歩いていいったところまでは覚えているんだけどそこから先の記憶がない。
なんでアマーリアに抱きかかえられてるんだ?
「今朝来たらテツヤがソファに突っ伏して寝てたから運ぼうと思っていたのだ。私ので良ければいくらでも構わないが、その、もう少し時と場所を選んでもらえると嬉しいのだが」
「いやいやいや、これは不可抗力、不可抗力ですから!」
俺は慌ててアマーリアの腕から飛び出した。
心臓がバクバクいっている。
「なんだ、私のでは嫌なのか?」
「そういうことじゃないですっ!」
アマーリアがクツクツと笑っている。
そこで俺もようやく彼女が冗談を言ってるんだと気付いた。
「ま、まったく、からかわないでくださいよ」
緊張のあまり気付けば敬語で話していた。
それにしても体重八十キロ以上ある俺を軽々持ち上げるんだから流石は龍人族の血を引いているだけのことはあるな。
「それで、様子はどうなのだ?」
改めてソファに腰かけたアマーリアが聞いてきた。
夜中に食べ物を差し入れで持ってきてそのまま工房のソファで眠り込んでいたキリを膝枕している。
「規格はもう決まって、試作も作ってみたんだ」
俺は立ち上がり、工房の奥から荷車を持ってきた。
「これは俺じゃなくて職人のみんなが一から作ったものなんだ」
「ほう、これは大したものだ。我が調査隊にもほしいくらいだな」
荷車を軽く扱って、アマーリアが感心したように嘆息した。
「今までの荷車とは段違いだ。これは馬車にも転用できるのだろう?」
「ああ、馬車用の規格も決めたよ。たぶん馬一頭当たりの運べる量も輸送速度も倍以上になるはずだ」
「それは凄い!これは我が国の流通をも一変させるだろうな!」
「そうなってくれることを祈ってるよ」
そう言って俺は大きなあくびをした。
さっきは驚きで目が覚めたけどやっぱりまだ眠い。
「そろそろ帰って寝ないと」
そう言って俺は椅子から立ち上がった。
今はとにかくベッドが恋しい。
「そのことだがな、テツヤとキリはあの家には帰れんぞ」
「はえ?なんで?」
アマーリアが突然訳の分からないことを言ってきた。
「昨日凄い数の住人が押し寄せてきて困ってると言っていただろう?だからテツヤは今日から国からの依頼で留守にしていると告知してきたのだ」
そう言えばそんなことを頼んでいたような。
忙しくてすっかり忘れていた。
「私がその告知をしに行った時も凄い人だかりだったぞ。今戻ったらおそらく昨日の二の舞になるであろうな」
う、それはちょっと勘弁してほしいぞ。
そんなことになったら絶対に寝られないに決まってる。
「だから今日からテツヤとキリは私の屋敷に泊まるといい」
「へ?」
アマーリアの突然の提案に俺は再び素っ頓狂な声をあげた。
アマーリアの家に泊まる?俺とキリが?
「ああ、幸い私の屋敷は客室がたくさんあるからな。一人や二人泊まる位大したことはない。なんならずっといてもいいくらいだぞ」
「いやいや、流石にそこまで甘えるわけには」
アマーリアと同居?
つまりそれって寝食を共にするということだよな?
俺は脳裏に浮かんでくるめくるめく情景を慌てて手で振り払った。
「ならばあの家に戻ることになるが、それで大丈夫か?」
うう、それもちょっと……
「……すいません、しばらくお世話になります」
しばらく悩んで俺はその提案を受け入れる事にした。
いや、実際メチャクチャ嬉しいんだけどさ。
「うむ、それがいいだろう」
アマーリアが嬉しそうに頷いた。
「ではさっそく案内しよう!今日は非番だから案内する時間はたっぷりあるぞ!」
こうして俺とキリはアマーリアの家に厄介になることになった。
本当に大丈夫なのかな?
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