第1148話 絶望の起床


 アシュラがその敵をゾンビだと知るのは随分と時間が経った後のことだった。


 とにかく今はその人間とも魔物とも分からない、奇妙な敵を屠ることのみに全力を注いでいた。


 ただ、それでも無数に迫り来る敵に対してはいかにアシュラと言えど手が足りず、気づけば自分にも柱にも無数のゾンビが群がってしまっていた。


 ここでゾンビについてお話しよう。


 ゾンビとは元来、死者を生き返らせた架空の存在として認識されていた。だが、近年ではゾンビというのはウイルスや細菌感染、あるいは科学実験などによって生み出されたものという設定が多くなっている。そして、このゾンビもその例からは外れていなかった。


 このゾンビは血を媒体として感染を拡大していた。


 そして、血液は骨髄、つまり骨の中心部で作られている。


 度重なる進化においてある程度の肉がついたものの、そのベースには間違いなく骨があるアシュラにとって、ゾンビというのは紛れようもなく天敵であった。


 全ての骨という骨に、骨髄という骨髄に、血液という血液に、異物が流れ込んだ。そしてそれらはアシュラを支配しようとした。


 ゾンビというのは個ではなく群として存在する。よって、一度感染してしまうと、その長の命を絶対遵守しなければならない。それはアシュラとて例外ではない、はずだった。


 しかし、不可避の洗脳に抗ったのは、アシュラの焦りからくる自己否定だった。


 このままではダメだという強い思いが、そして魔王に対する圧倒的な忠誠心が、迫り来る脳内の濁流を押し返してしまった。


 詰まるところ、生存競争に勝利したのだ。


 アシュラの血液は墨色に染まり、反対に身体は血の気が引いたことにより、精気を失った病人のような、いや死人のような真っ白な色になってしまった。


 だが、今までの筋骨隆々さは残っているため、そのアンバランスさが異様なオーラを放っていた。


 ゾンビに打ち克ったアシュラはその群を完全な支配下においていた。言葉を発さずとも、念ずるだけで意のままに操作することができた。


 アシュラによって操作されたゾンビ達は、支配権を失ったことでただの体積と化した男を造作もなく喰い散らかした。


 その様子はあまりにも無慈悲で凄惨だった。


 ただ、アシュラに生じた変化というのは何も身体的なものだけではなかった。


 克服したとはいえ、アシュラへと入り込んだ異物は何らかの変容をもたらした。なんと、今し方自ら支配し男を食べさせたばかりのゾンビ達を自らが喰らい始めたのだった。


 その行為に対して何の疑念も抱かず、さも当たり前の行動かのようにゾンビを一人残らず平らげてしまった。


 アシュラの血はより深く、より濃く、より黒く変色した。


 更なる血肉を追い求めて。




 ——これが後に、会敵したら確実な死を齎すために、「絶鬼」と呼ばれた鬼の始まりであった。でもそれはまた別のお話。





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