第356話

~ハルが異世界召喚されてから9日目~


 ルカは豪快に鎌を振り払う。たったの一振りで多くの魔物を真っ二つにした。そして名残惜しむようにミラの後ろ姿を見た。


 今、まさに魔物を倒したばかりのミラと目が合う。


「どうした?」


「い、いえ……この眼にミラ様を焼き付けようと……」


 ルカの口上に、ミラは構わずダンジョンの奥へと歩みを進めた。


 ゴツゴツとした天井からは鍾乳石のように垂れさがる鉱物がある。かと思えば、地面から隆起して先を尖らせた蟻塚のような鉱物もある。それらはまるで、魔物の牙のようにしてミラとルカをダンジョンの腹の底へと誘う。


 先を歩くミラの背中をルカは遠い景色のように眺めた。


 昨夜のエレインとの会話を思い出す。


◆ ◆ ◆ ◆


「久しぶりね♡」


 窓枠に立つエレインを見上げるルカ。


「どうだった?記憶を失くしてからの期間は?」


 やはり記憶が戻ったことを悟られていたかと思うルカは、黙ったままだ。


「貴方はペシュメルガ様の寛大なる御心のお陰で、今まで生活ができたの」


「妾は……わ、私はどうなるのですか?」


 エレインはゆっくりと窓枠からルカの部屋へと侵入した。


「そうことを焦らないで」


 ルカは及び腰で構えるが、エレインは部屋を一望してから口を開く。


「良い部屋ね。ここの生活は気に入った?」


「…はい……」


「じゃあ選ばせてあげる。私と一緒にペシュメルガ様の元へ帰るか、死ぬか……」


 ルカは自分の瞳孔が開くのを感じた。帰れば二度とこの地上の世界に戻れない。帝国に戻ることも叶わず、ミラと会うのも許されない。


 エレインは続けて言った。


「少しだけ時間をあげるわ。明日のこの時間、帝都の南門に1人でいらっしゃい。そこで貴方の選んだ答えを聞かせて」


◆ ◆ ◆ ◆


「おい」


 ルカはミラの声にビクリと反応を示す。


「な、何か!?」


「どうした?さっきから話しかけても上の空じゃないか?」


「そ、それは……」


 ルカは答えあぐねているとミラが言った。


「それよりも、ダンジョンの様子がおかしいと思わないか?」


「え?」


「昨日、マキャベリーにも報告したが、弱い魔物ばかりが出現する……こんな時はいつもと違うことが起きるものだ。気を引き締めて進むぞ」


「はい……」


 ルカの中で、答えは既に決まっていた。


 ──妾は、もうミラ様と会えない……


─────────────────────


~ハルが異世界召喚されてから9日目~


 汗と酒、魔物の血の匂い、鎧が軋む音、一歩踏みしめる度に携えた武器が擦れる音。冒険者ギルドにはそんな匂いと音が充満している。


 ハンナは今日も同じような業務に精を出しているが、どこか浮かない表情をしていた。


 ──最近、ルチアの様子がおかしい。


 普段から凛としていて、物静かで、他者との交遊関係は希薄ではあるものの、ハンナが誘えば、夜ご飯を共にすることだってある。毎日誘うことはないが、週に二回程、ハンナはご飯に誘っては、愚痴を聞いてもらっている。


 しかし、そんなルチアがここ3日の間、ハンナの誘いを断り続けている。


 ──そして、今日は病欠で休み……


 ハンナは虚空を見上げ、サイドテールを揺らしては、仕事中にルチアのことを考えていた。


 ──もしかして、好きな人ができたとか?


 ハンナは3日前、ご飯の誘いを断られた日のことを思い出す。


 ──あの時は、確か……新しく入った特待生の子がギルドに登録しようとして……


 ルチアが珍しく、新しく入った特待生の男の子の腕をとって、意見していたことを思い出した。


 ──もしかして、あの男の子のことを好きになったとか?…いや、それはないなぁ……確かにちょっと可愛かったけど……


 毎日筋骨隆々の男達ばかり相手にしているとその反動で、年下のか弱そうな男の子にときめいたりすることもあるとハンナは聞いたことがあった。


 ──でも、あの子……ハル君だっけ?特待生に入れるくらいだから相当強いんだよね……


「…ょっと……ちょっと聞いてるの!?」


 ハンナは隣にいる同僚の言葉によって我に返った。気付けば、自分のカウンターには長蛇の列が並んでいる。


「あ、申し訳ありません!!」 


 ハンナは業務に勤しんだ。


 ──今日、ルチアの家に行ってなんか持って行ってあげよう……


─────────────────────


~ハルが異世界召喚されてから9日目~


 アベルは聖王国での任務を早々に終え、国境を跨いで帝都で任務完了の報告を済ませた。


 ハルとの面会により様々な想いがアベルの脳内を駆け巡るも、アベルは落ち着いた様子で帝都の南門を潜り抜け、自分の家であるログハウスへと向かった。


 朝早くに聖王国を出たが、今ではもう陽も傾き始めている。


 一度ハルと戦ってみたいと思った。脳内でハルとの戦闘をシミュレーションする。ミイヒルとの戦闘で刃の向きを返るあの早業、あの動きでハルのステータスを想像した。あの速度こそまさに、想像の範囲を越えているとアベルは思い、身震いした。


 そして、南門を潜ってからあっという間にログハウスへと到着する。


 玄関の扉を開けようとするとガチャリと音を立てて勝手に開いた。


「おかえり~!!」


 中から元気なショートカットの少女がアベルを迎える。


「!?」


 アベルは驚いた。知らない女の子が自分を出迎えたからだ。


 少女は言った。


「あれ?シャーロット達は?」


「お前は誰だ?」


「私?私はアレクサンドラ・メトゥス!アレクサンドラだと長いからアレックスって呼んで!」


 少女の一方的な会話によって圧され気味なアベルは、少女の名前に聞き覚えがあった。


「メトゥス……」


「それよりも中に入ったら?」


「……」


 アベルがどうしようかと悩んでいると、後ろから、今度は聞き覚えのある声が聞こえた。


「あ、アベルだ!おかえり!!」


 アベルは後ろを振り返るとそこには、シャーロットとヒヨリ、オーウェンがいた。


「た、ただいま……」


 シャーロットはアベルに駆け寄り、手をとりながら質問する。


「早かったね!お腹空いてない?」


「いや……」


 オーウェンが2人に割って入る。


「早すぎんだろ!……もしかして失敗したか!?」


「任務は遂行した……」


 アベルの報告にオーウェンは悪態をつく。そんなオーウェンにヒヨリは言った。


「哀れオーウェン。人の失敗を喜ぼうとしてた」


「ち、ちげぇって!ハルがまだ帰って来ねぇのにコイツが先に帰ってきたのが変だと思ったんだよ」


 アレックスが口を開く。


「ねぇねぇ、入ったら?」


 アベルがそれに異を唱える。


「コイツは誰だ?」


 コイツ発言にシャーロット、オーウェン、ヒヨリは慌てた。代表してシャーロットがアベルの無礼な質問に答える。


「こ、この方はルカ様のご令妹様で……」


「妹?」


 不審がるアベルにオーウェンが付け加えた。


「そう!んで、明日と明後日俺達休暇だろ?だからハルの任務を手伝ってやろうと思ってよ!」


 ヒヨリがツッコむ。


「説明省きすぎ、だからの使い方おかしい」


 シャーロットがオーウェンの発言にまたしても慌てる。


「わ、私はやめたほうが良いって言ってるんだけど……」


「どういうことだ?」


 訝しむアベルに、シャーロットが説明した。


「なんか、任務中のミナミノ君とアレクサンドラ様がお会いになられたみたいで……そしたらオーウェンがミナミノ君の任務を手伝うとか言い出して……」


「任務中のハルと会った?」


 オーウェンが述べる。


「そう!フルートベール領で会ったってよ!しかもクロス遺跡、こっからちけぇだろ?」


「クロス遺跡だと……」


 アベルは思った。


 ──聖王国ならまだわかるが……


「本当に妹なのかルカ様に確認したのか?」


 アベルはシャーロットに訊いた。シャーロットは申し訳なさそうに述べる。


「それが、ルカ様に会うためには何人もの衛兵にその旨を伝えなきゃならないじゃない?でもアレクサンドラ様はルカ様の妹であることを多くの人に知られたくないらし──」


 アベルはシャーロットが言い終わる前にシャーロットの口をふさいだ。そのまま抱き寄せるようにシャーロットの背後に周り、動けないようにする。そしてアイテムボックスをシャーロットの口をふさいだ掌に出現させて、状態異常を治す薬を口に入れた。


「ちょっ!!?」

「急展開!?」


 シャーロットは赤面しながらも、薬の効果で次第に状態異常が治っていくのを感じる。アベルはシャーロットを解放した。


 シャーロットは自分の両手を見つめながら、言った。


「こ、これって……」


「ヒプノシスだ。いや、それよりも上位の魔法かもな……」


 オーウェンとヒヨリも自分の身体を見つめ、アレックスから距離を取った。


 アレックスは言った。


「どうやら君には私の魔法が効かないみたいだね?誰にそんな魔法をかけてもらったの?」


 アベルの身体がうっすらと光輝く。


「おそらく、ハルだ」


 ハルの名前が出てきたと同時に、アレックスは雰囲気をかえた。


「ハル!?ハルは今どこにいるの!?」


「それよりも、お前は何者だ!?」


 アベルは魔法の剣を顕現させて構える。シャーロットもそれにならい、身の丈程の杖を構える。


 オーウェンとヒヨリはこの展開についてこれず、あたふたしていた。


「ど、どうしたんだよ?」

「急展開……」


 アベルが言った。


「コイツは皆に自分のことを信じ込ませる為に魔法をかけていた」


「え?」

「急…展開……」


 アベルの物言いにアレックスが弁明する。


「魔法をかけたのは、シャーロットだけだよ。それに僕は、君達に害を加えるつもりは本当にないんだ」


 オーウェンとヒヨリは自分達が信じ込みやすいタイプの人間なんだと少しだけ辱しめを受けている最中、アベルは答える。


「信じられん」


「本当だよ。それにハルに会いたいのも、ルカ・メトゥスが私のお姉ちゃんであるのも本当なんだよ」


 アベルは剣を構えてようやく気が付いた。戦闘態勢になると相手のことがよくわかる。アベルの持つ緋色の目は相手の筋肉やそれらの動きを捉え、アレックスの持つ戦闘力がかなり高いという試算を出していた。


 後退するアベルに、オーウェンとヒヨリはアベルの両脇を固めた。シャーロットはいつでもバフを掛けられるように準備をしている。もしもシャーロットが先走ってバフを掛けてしまえば、それが戦闘開始の合図になりかねない。しかしここにいる者達は戦闘を望んでいなかった。続く緊張感の中、アベルはハルの言っていたことを思い出し、口を開く。


「もしかしてお前、アジールか?」


 その言葉をきっかけに、ログハウスの前にいる全員を包むように強力な魔力が覆われた。


 その瞬間、アレックスは前進する。シャーロット、オーウェン、ヒヨリは勿論、アベルの持つ優秀な目でさえ、アレックスの速度を捉えきることが出来なかった。


「なっ!!?」

「……ん?」

「「……え?」」


 気が付くと、背後から金属と金属が激しくぶつかり合う音が聞こえる。


 咄嗟に振り返ったアベル達は、背後にいるアレックスがフードを目深に被った何者かの攻撃を止めているところを目撃した。


「え?」


 アレックスは拳を突き立て、フードを被った者の短剣を止めている。


 アレックスは踏みしめた大地に更なる力を加えて押しきった。


 フードを被った者は、後方へ1回転しながら飛び退き、大地に片手をついて着地を決める。


 アレックスは観念したようにアベル達に告げた。


「私とお姉ちゃんはアジールから抜け出した。たぶんコイツらは私とお姉ちゃんを連れ戻しに来たんだ!でもアジールのことを知った君達を殺そうとしている!!」 


 この言葉にオーウェンがアベルに質問する。


「なんだよアジールって!?」


 ヒヨリとシャーロットもアベルに注目した。アベルは答える。


「ハルやマキャベリー様が相手取ろうとしている組織だ」


「は?」


「詳しく説明している時間はない!」 


 アレックスはコイツら、と言っていた。今視界にいるのは1人だけだが、近くに最低でももう1人はいる。アレックスの言葉に嘘はないとアベルの直感がそう告げる。


 アレックスは相対する者に言った。


「その雰囲気、変わらないね」


 言葉を投げ掛けられた者は構えた短剣を下ろし、フードを取る。


 普段はポニーテールだが、今はその長い髪をおろしていた。しかしその凛とした美しい顔を特待生達は覚えている。


「冒険者ギルドの……」

「え?」

「嘘……」

「私達を殺そうとしているの?」


 特待生達にルチアは言った。


「特待生達よ聞け。お前達のステータスは全て把握している。気付いていると思うが、お前らでは到底かなうことのない者をもう1人連れている。大人しくしていれば、苦痛なく殺してやる」


 聞き慣れた声だが、その内容はまるでいつものルチアと噛み合わない。


 オーウェンが言った。


「そんな脅しで俺らが屈するとでも思ってんのか!?」


「なら、死ね……」


 ルチアの言葉を切っ掛けに、シャーロットは魔法を唱えた。特待生達にバフがかかる。しかし、シャーロットの口から血が溢れた。


「え?」


 シャーロットから沸き起こる疑問の言葉は、続々と溢れ出る大量の血によって、それ以上の言葉がでなかった。


 シャーロットの異常事態に気が付いた残る特待生達はシャーロットの腹部から剣先が顔を覗かせていることを視認した。


「「「シャーロット!!?」」」


 そして特待生達は、シャーロットの背後にいる逞しい身体つきの男を睨み付ける。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る