第350話
~ハルが異世界召喚されてから7日目~
ハルはログハウスの物置と大差ない牢屋の天井を2段ベッドの上で眺めていた。
──いつもよりロドリーゴ枢機卿の暗殺が早かったな……
ハルは横になりながら両手で後頭部を包むようにして組んでいた。
──おそらく魔法学校の襲撃、獣人国の内乱の失敗に続いて、裏切りの可能性があるサリエリさんと懇意のある家系の子供が四騎士のクリストファー・ミュラーの推薦で特待生になったからか……
マキャベリーとしては軍事を司る四騎士の内、2人が自分を裏切っている可能性があるとするならば、早々にして戦力の高いチェルザーレ枢機卿を抱き込む必要に迫られたのだろうとハルは考える。
そして昨夜、クロス遺跡でのことを思い出す。
◆ ◆ ◆ ◆
「ハル!!」
剣聖オデッサがルカに斬りかかる。ルカは突如として現れたオデッサを睨み付け、握っている鎌に力を入れ振り払った。
しかし、互いの攻撃は両者の間に入ったハルが止める。
オデッサの長剣とルカの鎌をそれぞれ片手で、摘まむようにして抑え込んだ。
「よすんだ!」
ハルの呼び掛けに尚も力を緩めないオデッサとルカ。
オデッサは言った。
「何故帝国の者が……よりにもよってコイツがいる!?」
ハルを助けようとしたのに、それをハルに止められたため、オデッサは疑心暗鬼に陥っている。
また、今の言葉でルカはハルに問い質す。
「小僧、お前フルートベールの密偵か?」
ハルは答えに悩んだ。残されたアレックスは2人の攻撃を止めているハルに見とれている。
ハルは両者に伝わるよう、心掛けながら口を開いた。
「僕は争いがしたいわけじゃないんだ」
「だったら何がしたいんじゃ!?」
ルカは更に力を入れながら問い質す。
「僕はミラちゃんを救いたいだけなんだ!その為には、まずマキャベリーと話す必要がある!!」
ハルの声が塔内部に木霊する。それを受けてルカとオデッサは一旦、ハルから離れた。
ハルは迷っていた。本当のことを告げるべきかどうかを。しかし口からミラの名前がついてでてしまった。それは本心の顕れでもあった。
ルカは突然、怒りを剥き出しにして叫ぶ。
「ミラ…ちゃん……だとぉ!?あの尊き御方にちゃん付けだとぉ!?」
ハルは思う。
──あっ、まずった……
「妾だって呼んだことないのにぃぃ!!絶対殺す!!」
鎌を握り直すルカ。殺気が辺りを埋め尽くす。
レガリアやダンジョンに現れた魔物との死闘のお陰で強くなったハルだが、以前の世界線でルカを敗った時よりも、ルカが強くなっていることに驚いた。
オデッサはハルの隣に並び、剣を構えている。ビシビシと伝わってくる殺気に耐えるハルとオデッサ。
──今、全力でやれば何とか倒せそうだけど……
ハルはそう考えていると、ルカの足元が僅かに動いた。
「来る!!」
ハルは自分とオデッサに言い聞かせる。
しかし、ルカは倒れた。
「え?」
「は?」
アレックスがルカの脛椎に衝撃を与え、気絶させたようだ。
「なんだかややこしいことになってるけど、お姉ちゃんを止めた方が良いかなって思って」
「た、助かったよ……」
ハルの一言で、アレックスは頬を赤らめ内股になって悶える。ハルはどのような行動をとるのが最適解かを考えていると、剣聖オデッサが口を開いた。
「ミラ、というのは帝国四騎士の娘か?」
「うん……」
オデッサは溜め息をつき、少し間をとってから述べた。
「私やそこにいる妖精族の娘のように、その四騎士のミラも救いを求めているということか?」
「うん……」
ハルはミラのことをオデッサに伝えていなかった。過去に戦争でミラとルカに敗れたというのを聞いていたから、相性が悪いと考えていたからだ。
「その為にマキャベリーと話し合いをすると?」
「ミラちゃんの為だけじゃなくて、前にも話したように僕らの敵は帝国じゃないと思うんだ」
「だったら急いだ方がいい」
「え?」
「ハルの言っていたように、海の老人が動き出した」
この世界線で、ハルは帝国に赴くため、聖王国の監視をオデッサに頼んでいた。
「だったら、早くいかなきゃ!!」
ハルはユリをオデッサに託して、聖王国へ向かおうとしたが、アレックスと目が合う。
「アレックス、君はこれからどうするの?」
アレックスは倒れたルカを両手で抱きかかえながら答えた。
「ん~、とりあえずお姉ちゃんの住んでる帝国にでも行こうかな?ハルも帝国に住んでるんでしょ?」
「うん、まぁ……」
「じゃあ決まり!」
◆ ◆ ◆ ◆
ルカが魔族なのは何となく理解はできる。しかしアレックスがその妹で同じく魔族であったのが今でも信じられない。
──第一、なんで人族として暮らしていたんだ?ルカもどうして帝国にいる?
ハルはメルと同じ牢屋で考えていた。
──2人の狙いは……そこにペシュメルガが関わっているのか?
そんな疑問を他所に、急いで聖王国へ赴き、メルに殺されたロドリーゴ枢機卿を第五階級魔法で甦らせた。その為、2人の狙いを聞きそびれてしまった。
──アレックスは何故だか好意的だったけど……
考えていると、いつものようにメルと同い年くらいの男の子がハル達の牢屋にやって来た。
「やぁ!おいらはレッド!見ての通りここじゃあおいら達みてぇな若い連中は凶悪な大人達に立ち向かえないんだ!だからここはひとつ仲良くしてくんねぇか?」
茶髪で色白のレッドはいつものように挨拶をする。ハルはベッドの上から首だけをだして挨拶を返した。メルは相変わらず無言のままだ。
ハルの挨拶に嬉しがる、レッドは問い掛けた。
「ところで、お2人さん?字が読めたりするか?」
「読めるけど」
ハルの返事にレッドは喜んだ。
「いよっしゃーー!!頼む!おいらに字を教えてくれないか?」
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~ハルが異世界召喚されてから7日目~
天蓋つきのベッドに横たわるルカは目を覚ました。上半身だけを起こして、いつものようにまどろみと戯れる。徐々に覚醒を取り戻すと、目をかっぴらいて起き上がった。昨夜ハル・ミナミノと争ったことを思い出したのだ。
ルカは何故帝都にある城の、それも自分の部屋に寝ているのかわからなかった。
ハルがミラのことをちゃん付けで呼んでいたことに腹を立てたところまでは覚えている。思い出しただけで、またしてもむかっ腹が立つ中、ルカは自分の部屋を出た。
すると扉の脇で、中にいるルカを護衛するために立っていた衛兵と相対する。
「お目覚めですかルカ様!?」
「あ、あぁ……」
衛兵の驚きように少々面食らったルカは控えめに返事をした。衛兵は慌てた様子でルカをとある一室へと案内する。
おそらく、何故自分がここに戻ってきているかの答えが説明されるのだろうと思い、ルカは大人しく衛兵についていった。
案内された部屋の中に入る。長テーブルが部屋の中央に置かれ、そのテーブルには真白いテーブルクロスがかかっている。そこには皺一つついていなかった。それを囲うようにして椅子が等間隔に配されている。その内の最も上座にミラ・アルヴァレスが腕を組ながら、座していた。
ルカは生唾を飲み込んで思った。
──怒ってる……
案内をした衛兵はそおっと音を立てずに退室しており、気まずい空気が部屋を満たした。
ルカは沈黙に耐えきれず、口を開いた。
「ミ、ミラ様……」
ミラは鋭い視線をルカに送る。
「ヒッ……」
自然と背筋を伸ばすルカは、伸ばした姿勢のまま頭を垂れる。そして言った。
「も、申し訳ございませんでした!!」
「自分が何をしたのか理解しているのか?」
「あっ、えっと……」
ルカは昨夜のできごとをどう説明したら良いかと答えあぐねていると、ミラはその罪状を述べる。
「特待生の予定を狂わし、意欲を低下させただけでなく自らも行方をくらまし、意識不明のまま城の前に倒れていた」
「……」
「一体どこで何をしていた?」
ルカはいつもならミラの目を見て話すのだが、このときばかりは床を見つめたまま述べる。
「…ハル・ミナミノを追っておりました……」
ミラは予想していたのだろうか、ハルの名前が出てきた時に「やはり」とでも言うかのように溜め息をつく。
その様子を見たルカは取り繕うように述べた。
「ア、アイツはフルートベールの密偵──」
ルカの話の途中で、ミラは片手を挙げて遮る。
「ハル・ミナミノは現在、クルツ・マキャベリーの任務を遂行している」
「へ?」
ルカは呆気にとられる。ミラは少し間を置いてから告げた。
「お前が何をハル・ミナミノに感じ取ったかはわからないが、今後一切奴には、いや特待生全員と関わるな」
ミラの言葉がただ流れる。何を言っているのか理解している筈なのだが、それをもとにルカは考察できないでいた。
──え、ハルが任務を?ならば妾がそれを邪魔した?
「返事は?」
ミラのこの問い掛けには即座に反応する。
「は、はい!」
ルカはシュンとしながらミラのいる部屋をあとにする。
扉に寄り掛かりながら、しばらく呆けていると、自室へと向かい、考えを巡らした。
──妾の勘違い?ハルはマキャベリーの任務を遂行していただけ?だからあんなにも焦っていた?
自室へ戻るルカ。
──でもあの金髪女…確か妾が昔退けた……ケンセイ?あの女はフルートベールの者だった筈……あの女もマキャベリーの手が加わっているのか?
ミラによる叱責を少しでも早く終わらせたかったルカは、もう一度あの部屋へと戻り、ミラに詳しく問い質す勇気などなかった。本当なら自分の魔族としての記憶が戻ったことをいち早く報告すべきだったのに、ミラからハルが任務についていることを聞いた時、頭の中が真っ白になってしまったのだ。
「はぁ……」
自室の扉を閉めると同時に、溜め息を漏らすルカ。そんなルカに声をかけるアレックス。
「大変だね、お姉ちゃん」
「大変じゃよ……色々頭を使わなきゃならんし……ってオイ!!」
アレックスの出現に驚くルカ。
「今までどこにおった!?」
「初めからこの部屋にいたよ?」
「城の者に気付かれたか?」
「ううん。気付かれてないよ!私、潜入するの得意なんだから!!」
妹アレックスの明るい発言に少しだけ、心が落ち着くルカ。しかしアレックスの問いに対してまたしても頭を悩ませる。
「それよりもお姉ちゃん、これからどうするの?魔族としての記憶が戻れば今までと同じ様に暮らすことなんてできないと思うけど……」
「む~……」
ルカは腕を組んで考える。
アレックスは続けて言った。
「それにさっき思ったんだけど、ペシュメルガ様が記憶を消す魔法をかけたんなら、その魔法が解かれたりしたら気付くのかな?」
その疑問にルカは冷や汗をかく。
「ま、まさか……ア、アレクサンドラはどうなんじゃ?」
「何が?」
「何がって、お前も自分で記憶を消したんだろ?」
「あ、そっか。でも記憶を消す魔法がかかっていることすら忘れてるからなぁ……魔法が解除されたっていう感覚はなかったけど……ペシュメルガ様のことだからなぁ……」
アレックスも腕を組んで考え始める。
ペシュメルガがルカにかけた魔法が解かれたことを既に悟っていると仮定して、今後どのような行動をとれば良いかを考える。それはルカ自身にとっての良いこととミラにとっての良いこと、それらを勘案する。
「う~む……まずは妾の記憶が戻ったことを誰にも話さない方がよさそうじゃな……」
ペシュメルガの存在が知れ渡れば、この世界が崩壊する恐れがある。また、特定の者にそれを話せばその者の命が危険に晒される。いくらその者の口が固くとも、直接記憶を覗かれれば言い逃れなどできない。
ルカが思考を巡らしているとアレックスが言った。
「あ~そういえば、ハルはどこにいるの?」
「妾はもう奴とは関われん。ミラ様にまた叱られてしまうからな……」
「お姉ちゃんは関わらなくていいよ!どこへ行けばハルと会えるかだけを教えてくれれば良いからさ!」
姉の有事に妹のアレックスが無関心であることにルカは機嫌を損ねる。
「さぁ?奴は特待生じゃから、その寮にでもいるんじゃ……でも今は任務にあたってるらしいからどこにいるか──」
ルカは柔らかな風を額に受け、会話を中断した。窓が開け放たれており、アレックスの姿が見えない。
「人の話は最後まで聞けぇぇぇぇ!」
窓から見える帝都に向かってルカは叫んだ。
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