第349話

~ハルが異世界召喚されてから7日目~


<帝国領>


 朝、目が覚めた。オーウェンは夢を見ていた。とても嫌な夢だ。


 どんな攻撃を繰り出しても、相手はヒラリと躱し、オーウェンを挑発する。


 全力の攻撃、全力の魔法。


 しかしこの相手には何をしても通用しないとオーウェンは悟ったその瞬間、目が覚めた。


 オーウェンは目を擦り、夢で戦っていた相手のことを朧気ながら考えてはかき消す。


 ──夢でよかった……いや本当にそうか?これからまだ見ぬ強敵と出くわした時、俺はどうする?


 昨日の訓練で自分では到底到達できない境地を目の当たりにした。


 自分ですら、精神的なダメージを負ったのだから、シャーロットやヒヨリもきっと元気がないはずだとオーウェンは思う。


 ──アベルは……ってなんで俺がアイツなんかのことを心配しなきゃなんねぇんだ!? 


 加えてオーウェンは新人のハルについて考えた。


 ──ハルの野郎、目の前で鎌を振り払われて死にかけてたもんな?先輩の俺が元気付けてやんねぇとな!!


 オーウェンは先輩らしく振る舞おうと、少し胸を張りながら自室を出た。


 キッチンへ向かうと、自分より早起きのシャーロットが相変わらず身なりをキチンと整えて、先にその場にいた。シャーロットは何やら手紙のようなものを読んでいる。


 食卓には、朝食が並べられており、ハルは見当たらない。


「なぁ?ハルの野郎は?」


 この時初めてシャーロットをちゃんと見た。何やら怪訝な表情を浮かべながら手紙を読んでいたようだ。


 シャーロットは顔を上げて、オーウェンにその手紙を見せた。


「あん?これ、ハルが書いた手紙か?」


 オーウェンはその手紙を読んだ。


「はぁ?なんだそりゃ!?」


─────────────────────


 訓練場の簡素な赤土ではなく、緑生い茂る広大な野原に300人が整列している。それぞれが鎧に身を包み訓練用の剣を腰に差していた。


 そんな300人が整列している壮観な景色を端から端まで眺めるギュンターは、口を開く。


「今日は特待生が加わっての合同訓練だ!連携は勿論、互いの動きが合わなかった際はきちんと擦り合わせておくように!!」


 ギュンターは自分の隊の者達に言った。野原と同じ様な緑色のリーゼントが勇ましく映える。横目で自分と同じようにして並ぶ特待生達を見た。


 一際目立つのは四騎士シドー・ワーグナーの息子アベルだ。無表情からくる凛とした佇まいは、何事にも動じない強者の振る舞いを感じる。


 ゴクリと唾を飲み込むギュンター。


 次に挑発的に、にやついたオーウェン・ブレイドを見やる。


 ──前四騎士エンゲルベルトの使っていたフレイムブリンガーを所有することを許可され、自身も第三階級魔法を行使できる逸材……ブレイド家は代々気に食わん奴が多いがやはりコイツも気に食わん……


 そして、ヒヨリ、シャーロットと順番に流し見て、ギュンターは疑問に思った。


 ──4人か?ミュラー様が合格させた奴が見当たらんが……


 ギュンターはこの日、ミュラーの独断によって決まった特待生ハル・ミナミノがどれ程の者なのか、場合によっては特待生から降格させることも視野に入れながら訓練を実施しようとしていた。


 意気揚々と訓練に臨んだギュンターは、肩透かしを食らいながらも、特待生達に尋ねる。


「特待生は5人になったと聞いていたが?」


 それを受けて特待生達は顔を見合わせる。この問いに、シャーロットが代表して答えた。


「あの、欠席してます……」


「ハ?欠席?」


 一瞬の静寂が訪れ、ギュンターは勿論、それを聞いた300人がざわつき始める。そんなざわつきを今度はギュンターが代表してシャーロットに言った。


「戦争とは、相手が待ってくれるモノではないんだぞ!!むしろこちらの弱点につけ込んでくる!!お前達が欠席している間に国が滅んだらどうするんだ!!」


 ギュンターの言葉にウンウンと頷く者や、そうだ!と相槌を打つものがあとをたたない。


 一通りの罵声を浴びてからオーウェンが言う。


「しゃーねぇだろ?俺らも今朝知ったばっかなんだから」


 オーウェンの言葉にギュンターは噛みついた。


「お前達は特待生だ。他者の見本となるような振る舞いや行動をすべきだ。それに5人1組のパーティーなのだろ?パーティーのことぐらいきちんと管理……」


 ギュンターの責め立てる勢いをオーウェンが遮る。

 

「軍事総司令のクルツ・マキャベリー様の許可を得てるってよ?」


 その言葉にギュンターを含め、300人全員が黙った。


 またしても静寂が訪れる。ギュンターはマキャベリーの名を聞いて狼狽えながら言った。


「そ、それを早く言わんか」


 これに対してヒヨリがムスッとしながら呟く。


「……言おうとしたら怒られた」


 ギュンターは居心地の悪い顔して、頭を下げた。


「すまなかった。伝令を最後まで聞かなかった此方の落ち度だ。しかし、その伝令が正しいものか私はこれから確認してくる。皆はその間、すぐに動けるよう準備しておけ」


 ギュンターは早馬に跨がり去っていく。


 その後ろ姿を見ていたシャーロットは誰に言うでもなく呟いた。


「マキャベリー様の許可って本当なのかな?」


 オーウェンは肩を回しながら述べる。


「さぁ?手紙にそう書いてあったんだからそうじゃねぇの?」


 オーウェンはまるで信じていなかった。個別の任務を、入ってきたばかりの新人に託すわけなどない。きっとギュンターもそう思った筈だ。


 この嘘がバレてハルが特待生から外れることをオーウェンは期待していた。


「オーウェン全然心配してない」


 ヒヨリの言葉にオーウェンは返す。


「アイツにここはキツイ。昨日のルカ様との戦闘もそうだし、コイツらの俺達を見る目もまた、並大抵の精神力がなきゃ務まんねぇだろ?どこかでコックにでもなった方がよっぽどアイツのためなんじゃねぇの?料理つくんのうめぇんだからさ」


 シャーロットはそれぞれ思い思いに身体を動かす帝国兵達を見て、彼等の罵声を思いだし、溜め息をついた。対照的にヒヨリは口を開く。


「ライバル減るのが嬉しいだけ……」


「ち、ちげぇよ!!俺はだなぁ!!」


 300人が騒がしくしているオーウェンら特待生を睨み付けている。


 オーウェンは舌打ちをしてフレイムブリンガーを握り、素振りをし始めた。

 

─────────────────────


 通信施設、それは帝国が外敵に襲われることを想定して帝国各地に散りばめられている。主に他国との国境付近や関所にそれが付随している。


 ギュンターは帝都に戻るよりも、近くにある通信施設へと入り、軍事総司令のマキャベリーに繋いでくれるよう施設の者に頼んだ。


「ご用件はなんでしょうか?」


 流石に四騎士ミュラーの右腕とはいえ、軍事にまつわる総指揮者であるマキャベリーを呼び出すことなど簡単にはできない。しかし、特待生ハル・ミナミノがマキャベリーの許可を得て任務を遂行しているとなると話は変わってくる。


 特待生が特別任務に派遣されることはたまにあることだ。他国ならば最高戦力となりうる者であり、また年齢も若いため、どこかの国へ潜入させるにはピッタリである。


 任命書が発行されないほど急を要する任務であるならば、此方側の混乱は必至だ。ならば、ハル・ミナミノに特別任務が割り当てられたことの有無を確認するだけの権利はあるのではないかとギュンターは思った。


 ギュンターはその旨を施設の者に伝える。


「少々お待ちください」


 施設の者は奥の部屋に入っていった。


 本来ならば訓練を終えた後、いや確認などしていないかもしれない。しかしギュンターにとって印象のよくないハル・ミナミノが相手であるならば確認したくなってしまう。


 少ししてから先程施設の者が入っていった部屋の扉が開かれ、中に入るよう促される。ギュンターは疑問に思った。


 ──前回使用したときは、ただその場で質問の答えを聞けたんだが……


 ギュンターは疑問に思いながらも、部屋に入っていく。


 一辺がきちんと揃えられた正方形の部屋。その中央に台座に置かれた水晶玉が燦々と輝いていた。


 ギュンターは通信の魔道具である水晶玉を覗き込むと、そこから声が聞こえた。落ち着き払ったマキャベリーの声だ。


『新しく入った特待生に特別任務を与えたか、という質問ですね?』


「はい」


 マキャベリーの声につい畏まってしまう。相手に自分の姿は見えていない筈なのに、ギュンターは背筋を伸ばして答える。


『確かに私はその特待生に任務を与えました。迷惑をかけてしまい申し訳ありませんでした。しかし、ギュンターさんはどのようにしてそれを知ったのですか?』


 意外な答えに、意外な質問。その問い掛けに様々な疑念が沸き起こるが余計な考えを捨ててギュンターは答える。


「同じ特待生達にその旨を伝えた手紙が置いてあったと……」


『その手紙にはなんと記されていたのですか?』


「私はその手紙を実際には読んでおりません。その手紙を読んだ特待生の1人が言っておりました。欠席に関してはクルツ・マキャベリー様の許可を得ていると……」


『わかりました。その特待生のことについては口外しないようにしてください。それでは失礼します』


「ハッ!」


 水晶玉の輝きが消えていく。ギュンターはマキャベリーの答えを聞いてスッキリとまではいかないものの早馬に跨がり合同訓練へと戻る。


 ──まさか、本当に特別任務に当たっているとは……


 早馬は風を切りながら走った。耳を掠める風の音によって、ギュンターは次第にハルのことなど忘れて、これから行う訓練に切り替えた。


─────────────────────


<聖王国領>


 水晶玉の光が消えていくのをマキャベリーは眺めていた。


 背後には、チェルザーレ枢機卿が椅子に腰掛けていた。もうその厳しい顔を何時間保っているだろうか、僅かしか残っていないワインボトルの液体をグラスに注いでいる。


 マキャベリーのボソボソとした喋り声が聞こえなくなったため、チェルザーレ枢機卿は憎まれ口を叩く。


「悪巧みは順調か?」


 それを受けてマキャベリーは水晶玉から向き直り、チェルザーレを見据えながら答えた。


「ええ、しかし今回の件とは全く関係ありません」


 チェルザーレはグラスを持ち上げ、ワインを口に入れた。


「目当てのロドリーゴは生き返り、メルは捕まった……何度も訊くが貴様の息がかかっている、なんてことはないのだな?」


 チェルザーレはマキャベリーの意により暗殺計画を前倒しに遂行したことを後悔している。しかし、自分もそれに了承したのだから、そのことについては咎めていなかったが態度に出ていた。


「はい。私も同時刻に行った獣人国の王シルバーの暗殺が失敗に終わりました……」


 マキャベリーはさりげなく論点をずらす。


「それが嘘でないと証明できるか?」


「いいえ、そのような証明はすぐにはできませんが、信じていただきたいものです」


 マキャベリーの言動や表情を睨み付けるように観察したチェルザーレは、視線を逸らし、溜め息をついて思う。


 ──嘘はついていなさそうだな……


 チェルザーレ同様、マキャベリーの思考は方々に駆け巡っていた。そして先程の通信内容を聞いて確信する。


 ──ハル・ミナミノは私にだけわかるようなメッセージを送っている……


 マキャベリーはメルが収監されたバスティーユ監獄の見取り図、囚人や看守の情報がこと細かく記された紙に視線を送った。


 暗殺者メルの入った牢屋には、ハル・ミナミノという囚人の名が記載されていた。

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